表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

353/1237

第八十八話 南道十日記 その8


 盆地の日の出は、遅い。

 早発ちした俺たちは、後詰めになるどころか、開戦前に間に合ってしまった。

 「オラオラ」を迎え入れた李紘が、苦笑を見せている。


 先遣部隊の指揮官に、断りを入れた。

 右翼、異能者大隊の後ろに回ると。


 戦力比を考えれば、左翼の混成大隊に、「参加する」のが良いのかもしれない。

 ただ、そちらには、ファンゾ者の集団がいる。メル本宗家に近いポジションにある俺が参加すると、大将株に仰がれてしまう。

 そうして大集団を率いる十騎長が現れれば、学園勢も「憚り」を感じるだろう。それが「またアイツかよ」ということになれば、微妙な空気が流れる。

 初陣の者も多い中、この5日で経験を積んで、集団としてのまとまりを得てきたところだ。不協和音を引き起こすべきではない。与しやすい相手とはいえ、戦は戦。命がけなのだから。


 異能者大隊のマグナムにも、連絡を入れに行く。

 すでに190cmを越えたであろうマグナムが、悠々と配置の指示を出している姿は、なかなかの見ものであった。

 

 アランもいた。

 敵本陣を、細めた糸目で、じっと見つめている。

 まだ、落ち着きを取り戻してはいなかったか。


 ……今のアランを、ほうってはおけない。

 本能的にそう感じたから、問い質した。


 「アランさん、何か問題でも?」

 

 「敵の中枢に注意を払うのは、当然でしょう?」


 突っかかってきた。やっぱり、余裕を失っている。


 「アランさんが戦う必要は、もうありませんよ?」


 アランが、ちらりと俺の後方に目をやった。


 「老師から、聞かれましたか。ならば、隠しても仕方ありませんね。むこうの頭目ですが、『まとまって一丸で戦おう』などと考える、殊勝な男ではありません。それがこうして、堂々と本陣を張っている。どうにも怪しい。」


 「いずれにせよ、今日で終わります。アランさんが戦う必要はありません。」

 もう一度、同じ言葉を、叩きつけた。

 

 「あの男は、逃すわけにはいかない。」


 会話が成立しない。

 成立していないけれど、通じてはいる。

 ああ、これも、そうなのか。

 

 「分かるような、分からぬような。」


 アランが、噴き出した。

 「そこでそれを口にしますか。……いや、参った。適切な用法です。」


 「アラン、もう良かろう。ダグダは生まれ変わる。カンヌやファンゾ同様、豊かになる。もう、お主のような思いをする子供は、出なくなる。それで十分であろ?お主が手を下す必要はない。」


 「老師……。そうですね。今日で、終わる。でも、私は。私の罪は、消えない。」

  

 「お主には、罪は無い。ヒロ君に、そう教えられたよ。山に住んでいたヴァガンは人を傷つけたが、お主はその罪を問うたか?同じ事であろうが。人間扱いされず社会から弾き出されていた者に、人の世の道義を問うのは、筋違いではないか。」

 

 老師の顔は、苦しげに歪んでいた。 


 「去るだの死ぬだの、考えてはならぬ。忘れよ。今日限りで。いや、忘れてくれ、アラン。……お主がそれでは、私など、どうすれば良いのだ。」


 老師は、ズルをした。

 自分の命を人質に取って、自責という選択肢を、アランから奪い取っていた。

 時々やるんだよな。「深遠」を覗き込みそうになっている者を、無理に誤魔化してでも引き戻すってことを。……みんな、それで助かってるんだけどさ。


 「老師の命とあらば。」

 

 下を向いていたアランが、一転、顔を上げた。


 「ご安心を。そうと決まれば、何をする必要もなさそうですね。ここに留まっています。……老師、ヒロさん。後ろから、呼ばれていますよ?」


 ジョーが、すいすいと歩んでくるところであった。

 ずんと重心が定まっているのに、足運びは滑らかで、軽やか。

 背筋もピシャリと伸びている。身体がふた周りぐらい、大きく見える。

 なにやらオーラのようなものまで漂っていて……、そう、まさに、精気横溢。

 これが、戦場におけるジョーの姿というわけか。

 つい昨夜は、セクハラを糾弾される冴えないおっさんだったのに。何このギャップ。


 「分かるかい?この感じ。覚えとくと良い。そろそろ始まるよ?早く後ろに下がらないと。」


 ふだんと同じ口調なのに、腹の底まで言葉が響く。

 これが大音声の号令であったら、どこまで届くのか。

 まともに相手をするとなると、こちらも気合を入れずにはいられない。

 それがちょっと億劫だったから、アランの方に向き直る。


 「では。くれぐれも自重してくださいね、アランさん?」


 「ええ。それでは。」


 ジョーを意識しないように、馬を飛ばして後方の高台に場所を移す。

 振り返った直後、盗賊達が大声をあげて突撃を開始した。


 中央のメル郎党衆が、賊の集団を柔らかく受け止める。

 少し、食い込まれていた。

 と、言うよりはこれ。食い込ませたのか。


 ぶつかったところから、意外と前に出る「ことができてしまった」盗賊達。イケると思ったか、大喚声を上げていたのだが。

 メル陣の、左右の備えがじわりと前に出た直後、その声は阿鼻叫喚に変わっていった。

 台風に吹かれた稲のように、人が次々と倒れていく。

 賊が後ろに下がろうとする勢いと、中央メル隊の左右が前に出る速さとの競走が始まった。


 どうにか中央の部隊をかわした敵が、広く逃げ惑い始めた直後。

 ジョーが、苛立たしげな声をあげた。

 「左!」


 左翼の混成部隊だけが、敵を「食う」勢いがやや弱い。

 もともと年少者が多いところではあるから、仕方無いと言えば仕方無いのだが。

 あまり無様では、学園の沽券に関わる。


 それでも、時間が経つに従って、前に出る勢いがつき始めた。

 よくよく眺めてみると、小部隊が代わる代わる吶喊しているようだ。

 

 「車懸かりとは、若いのう。」


 車懸かり。あるいは、リターンダッシュ。

 余程鍛え抜かれていない限り、「本職」には通じない。

 しのがれて、体力を失ったところで一気に押されて終わり、ではある。

 しかし相手は、ただの盗賊。すでに敗勢でもあった。無理無茶無謀が通ずる相手。

 急造部隊のため、統率が取り切れていない若手だ。付き合いが深い仲間同士で小さな部隊を組んでは、勝手に攻撃を加えているだけ。

 意図せぬ車懸かりに過ぎないが、今回ばかりは有効に機能していた。

 未熟という意味もあったろうが、実際に、「若い」。良くぞあれだけ走れるものだと思う。


 左翼も安心だ。さて、敵本陣は?

 と、そちらに目を向けたところ。

 

 何と、芸も無く再び突撃。

 これはいただけない。前を見ていないのか?


 メル郎党衆も、戦況を理解した。左側にやや手厚く兵を配して、再び包囲殲滅にかかる。

 この第二波を打ち破れば、戦は終わり。死傷者が少なければ良いのだが……。


 と、楽観視し始めた、その時。


 「アラン!」 


 老師の声に右翼を見る。

 敵本陣方向へと馬を飛ばす、アランの姿が目に入った。


 老師が馬腹を蹴る。

 俺もすぐさま続きたいところだが……。


 「右翼の異能者大隊に合流する!」

 このひと声をかけてから行動するのが、隊長職。


 爛々と目を輝かせたジョーが、馬を寄せてくる。


 「ヒロ君。アランさんは、どうしたの?」


 「敵本陣をつぶさに観察していたようです。敵の大将が、逃げ出したと察知したのでしょう。」


 因縁がある相手だから行動を予測できたとは、説明できない。


 「老師もアレだけど、天真会ってのはすごいんだねえ。……ともかく、大将が見つかった場合について、密命を受けているんだ。マグナム君を単騎行動させ、大将に向かわせよと。異能者大隊の部隊指揮は、僕が代行する。ヒロ君、手伝ってあげてくれるか?」

 

 「密命があるという証拠は?」 


 「そう来なくちゃね。はいこれ、命令書。」

 

 「了解です。」


 異能者大隊の本陣は、戦闘中なりの忙しさはあったものの、静かなものであった。

 すでに戦は終わりかけているのだから、当然か。

 そこに騒がしい一団が乗り付けてきたというわけで、まずは多少、驚かれた。


 「マグナム君、指揮を代われ。これが命令書だ。」

 

 そこに開口一番、これだよ。ジョーさんさあ。


 異能者大隊も、20日の付き合いを経て、ひとつの集団となっている。

 外から来たおっさんの切り口上に、反発が広がった。

 戦争映画であるよなあ。「参謀本部から政治将校がやって来て、いい感じに輝き始めている若手将校から指揮権を奪っちゃう」みたいな。

 そういう政治将校って、大概はエリート然とした痩身メガネだったりして、まるで重みが足りなかったりするもんだけど……。


 「中央本陣に近い側に、もたつきがある。前に押し出すように伝えろ。そちらが出た後、ここにいる全員で、突出してきた敵中央に逆撃をかける。僕に続け。それで仕事は終わる。手柄のチャンスだぞ、諸君。」

 

 精気で体をぱんぱんに膨らませながら、確信を持った口調で語りかけるジョーに、猛者ぞろいの異能者達も気を呑まれていた。


 「お、伝えるまでもなく、前に出始めたか。精鋭部隊はこれが良い。何だ諸君、仲間の動きぐらい感じ取ってやれ。全員騎乗!突撃準備!」 



 そんな声を背中に感じつつ、俺は俺で指示に追われていた。


 「ヴァガン!『翼』に俺と二人で乗ってくれ。……マグナムは『嘴』に。アランさんを追う。」


 「どういうことだ、ヒロ?」


 政治だ。 

 が、今言うべきことではないだろう。事が終われば、言うまでも無く、気づく。マグナムなら。

 

 「アランさんが、頭目の逃亡を察知した。単騎駆けは危険だから、俺達が付く。」


 「カンヌを荒らすヤツの親玉か。逃がすかよ。」


 

 突撃の号令と同時に、二頭のグリフォンも空へと飛び上がる。


 すぐと、李老師の姿が目に入った。その先を、アランが駆けている。

 両軍の動きとはまるで違う方向を目指していたので、上空からは一目瞭然。


 騎馬のアランが、木々に覆われた、分かりにくい間道に入っていった。

 軍として、あらかじめ地図を作っていたとしても、この間道に気づけたか。気づいても、マークすることができたか。怪しいところだ。

 出身者ならではの、土地勘。あるいは、相手の手口を知り尽くした者ならではの、直観。

 最後の詰めは、そうした微妙な「あや」で決まるものなのか。

 ダグダの盗賊は、己が生み出したものに、滅ぼされようとしている。 


 「ヒロ、アランさんを止めないと。やっぱ良くないぜ。俺も同じ庶民だから、気持ちは分かるけどさ。あんまやり過ぎると、その、何だ?家に帰りにくくなっちまうんじゃないか?こういうのは、軍人の仕事だろ?」

 

 「家に帰りにくくなる」か。

 何か一番、しっくりくるな。その感じ。

 

 「そうだな、マグナム。止めるぞ。」

   

 ちょうど、下から悲鳴が上がっていたところだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ