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第八十八話 南道十日記 その7


 「南の大道」を東へ進むこと3日、5つ目の廃集落に辿り着いた。

 先発隊は、一日にひとつのペースで、賊の住処を陥落させてきたようだ。

 

 生焼けの柱が、くすぶっている。

 曝された死体からは血が流れ落ち、まだ固まっていない。

 ここは、滅ぼされてからまだ間が無い。


 廃集落を追いかけていて、ひとつ気づいたことがある。

 東へ向かうほど、集落の規模が大きく、防御施設は堅固さを増している。

 その割りに、死者の数には、それほど大きな変化が無い。


 「エリザ君、フリッツ君、イーサン君。これを、どう見る?」


 ジョーは、文官連中や背広組に対してのみ、質問していた。

 俺やキルトと言った、いわゆる制服組には聞かない。

 「制服組には分かることだよ?」と、言外に彼らを煽っているのだ。

 

 「レイナ君の言うとおりだったかな、これは。大層な気晴らしだ。おっと、そもそも僕は、ヒロ君についてきた身だったか。」

 

 俺と顔を見合わせるや、皮肉を口にしたイーサン。

 その後しばらく、ジョーの方を見ようともしなくなった。

 確かに、イーサンを馬鹿にした質問だよなあ。


 エリザとフリッツも、当然のように正解に辿り着いた。

 

 「東へ行くほど、集落の規模と死体の数との間に、乖離がありますね。しかし、上がってくる報告はみな、『全滅』です。」 


 「あらかじめ逃げ出した連中がいるのでしょう。東に行くに従って、頭目らしき者の死体も見られなくなりましたし。」


 山賊の幹部連中、下っ端に情報を知らせず、置き去りにして逃げたのだ。

 逃げたところでどうなるかは、知れているのに。

 南の大道は、東方で南北に分かれている。

 北の道は、高岡城へ続く。そちらへ逃げれば、挟撃されて終わりである。

 南の道は、険阻な山道。必死に逃げても、行き着く先はカンヌ州の平原だ。騎馬と弓をふんだんに有する、征北大将軍府の戍兵が待ち構えている。駆け散らされ射すくめられて、これもおしまい。


 カンヌ州も、その西北部は、ダグダの盗賊に手を焼いていた。

 しかしそれは、連中がゲリラ的に出没するせいで捕捉しきれないというだけのこと。

 碌な準備もせずに逃げてくるのであれば、正規軍にとっては好餌に過ぎない。


 何も問題はない。

 「南の大道」掃討……いや、宣撫作戦は、最終段階を迎えようとしていた。

 気持ちが軽くなる。



 気持ちが軽くなった理由は、それ以外のところにもある。

 3つ目の集落からは、マグナムとアランが死体を作っていなかったのだ。


 マグナムは、大隊長だ。

 怒りを抑え、部下や他の隊に手柄を譲る落ち着きが生じたということだろう。

 冷静に、軍事活動の一環として行動している。フィリアの目論見どおりだな。


 アランも、冷静さを取り戻してくれたのだろう。

 あるいは、周囲に止められたか。手柄の機会を譲ってほしいと言われて、それに素直に応じられるようになったのだ。

 良い傾向だ。心配はいらなくなったか?


 お?これはうちの流派の太刀筋だな?

 シンノスケか、大山三郎善治か。彼らの腕なら簡単なことだが、お手柄には違いない。

 


 俺の機嫌がだいぶ上向いたところに、派遣していた伝令が帰ってきた。

 先発隊と連絡が取れたのだ。

 うむ、順調順調……って、あれ?

 コードネーム「オラオラ」を随伴している?



 「おやじ!……いえ、千人隊長殿!」

 

 「この隊の長は、カレワラ十騎長である!報告はそちらにせよ!」


 ジョーが、顔を真っ赤にして怒鳴りつけていた。

 

 「何やら面白い話が聞けそうだ、の。」

 同感です、老師。 


 そうか。

 初日から、「十騎長」の権威を感じていなかったのも。

 「死者の山」から帰ってきた(この表現、なんか大冒険みたいだ。)俺とジョーに軽口を叩けたのも。

 そういう理由だったのか。

 ああ、そういえば、レオの病室でも……。


 などと考えている間にも、伝令が「オラオラ」を連れて俺のところにやって来る。

 

 「報告します!明日、この先の平地で、小規模ながら野戦が行われる見込みです!詳しくは、遣わされたこちらの兵よりお聞き取りください!」


 「ん。頼む。」 


 塚原流の返答は、こういうときに便利だ。


 「はっ。各集落から頭目が逃げていたのは、どうやら示し合わせた上での行動の模様。最東部に巣食う、最大規模の盗賊団が音頭を取っているとの報告がありました。陣形を見るに、ただ逃げるつもりではないようです。ここで我らを迎撃・殲滅し、時間を稼いだ上で、夜陰カンヌ州方面に抜けるつもりかと思われます!」


 「迎撃、殲滅のための陣形?無茶な。」


 「玉砕の間違いじゃないのか?だいたい、連中が陣形なんか理解してるのか?」


 「玉砕ってお前!連中の場合、まさに瓦解と言うべきだろ。」

 

 異口同音とは、まさにこれ。

 兵の数で、質で、装備で劣る側が、攻めに出ようとしているのだ。結果は見えている。


 「逃げ回られるよりは、向かってきてもらう方がラクだよねえ。」

 

 気が抜けた声でそう言いながらも、ジョーは、「オラオラ」が持ってきた地図から目を離すことがない。さすがに油断の無いことで。

 その地図だが、以下のような配置が示されていた。


 敵に対して、真正面にメル家郎党の兵達。

 左翼(北側)に、本隊第四大隊を中心とした兵。ファンゾ者や、学園の生徒など、雑多な混成部隊だ。

 右翼(南側)に、マグナム率いる異能者大隊。

 

 突っ込んでくる連中を、半包囲。

 これは、手柄の立て放題だ。

 両翼は、「おいしいところ」を、メル家の郎党に譲ったのであろう。

 何せ左翼は、エリートの学園生徒と、実家に帰れば「若君」のファンゾ者。右翼は、兵としての能力が高く、出世が見込める異能者大隊である。ここで功を焦るよりは、メル家との関係を、その心証を、良くしておく方がお得である。


 それぐらいの事情はすぐに理解できるジョーが、「オラオラ」を睨みつけた。


 「で、君は、なぜ伝令に回されたのかな?『手柄立て放題』のチャンスをもらえなくなったということは、何か失敗をしたんだよね?」


 「はい、実はその。物陰に隠れていた盗賊から不意討ちされて、後ろを見せて逃げ回ってしまい……。」


 「この馬鹿者が!」


 息子だとバレたジョーは、体裁をかなぐり捨てていた。

 まあ、あれだ。今回は余裕もあるし、フォローしますかね。


 「事情は全て把握した。明日は、未明に出立する。馬を飛ばすぞ。ジョーさんは、無理の無いペースで、文官諸君を先導してください。では、解散!」


 飛ばせば、参戦ぐらいは、させてやれるでしょ。

 少なくとも、後詰にはなる。

 

 夕飯を食い終え、何となく皆が集まる中、ジョーと「オラオラ」が口を開いた。


 「ヒロ君、ありがとう。」

 「大隊長殿、ありがとうございます。」


 「親子なんですって?その話でチャラってことではどうです?」


 「あ、私も聞きたい。」  


 「そうですね、エリザさんは聞く権利があるかも。」


 「何それ、ヒロ君?」


 「いいからほれ、話していただけぬかのー。」

 

 「親子と言っても、名義としては、猶子なんだけどね。」


 猶子。

 訓読みすれば、「なお、子のごとし」。

 養子制度に近いけれど、家名を名乗ったり財産を相続したりすることは、できない。

 その意味では、「身元保証人制度」や、「(未成年)後見人制度」に近いかもしれない。

 とにかく、養う側は、「なお、親のごとく」に振舞うわけだ。


 「血統」をゆるがせにするわけにはいかないのが、貴族社会。

 一方で、孤児を引き取って親代わりをしたい、する必要がある、という社会的な需要もある。

 そこで、「猶子」というわけだ。


 「オラオラ」は、ジョーの戦友の遺児だという。

 「戦争遺児は、男の子であれば親族が、女の子であれば婚約者の家が、引き取って立派に育てる」のが、王国社会では名誉とされている。

 しかし、名誉を求める余裕がない家もあれば、関係者が全滅してしまう家もある。


 「そういうときに、遺児を預かることにしているんだ。養子にしないのはね、大きくなった後で、『実の父の家を、名を継ぎたい』って言い出すこともあるだろうと思ってるからさ。」

 

 ドメニコに、「子どもが多すぎても大変だ」って言ってたな。

 ずいぶん引き取っているんだろう。

 

 「兵士になんて、なるもんじゃないよ。子ども達だって、理解してる。だから手に職をつけさせようと思って、まずは読み書き計算。ある程度の年になったら、商家や職人、あるいは貴族の家のお手伝いに送り込む。そういう教育をしてるのに。」

 

 千人隊長は、庶民の間では「物語の英雄」に等しい。絶大な信用がある。就職先の紹介は、それで何とかなるのだろう。

 その信用を裏切らぬ子供を送り込むべく、きちんと教育しようと思えば、それは養育費がかかるわけで。

 だからジョーは、報酬にこだわる。良いおとっつあんじゃないか。


 「このバカ息子は、読み書き計算もできなければ、手先も不器用。近所の悪ガキとケンカしてばかりで、兵士になるって言い出したんだ。止めたけど、『父の跡を継ぎたい』って言われちゃあ、止められないじゃないか。それを、大失敗してちゃあ世話が無い。」


 「オラオラ」の後頭部をはたく。 

 叩かれた本人は、しょぼくれかえっていて。


 「参加してみたら、どうにもならなくて。『ゴツトツコツ』や『画伯』みたいに、アホでも腕自慢のヤツは、ギュンメル隊にスカウトされてました。器用なヤツ、『ガヤB』あたりも、『ウッドメルに来るか?』って言われてたし。せめて読み書き計算がきちんとできれば、レオみたいに兵站部門ってこともあっただろうけど。俺は、何もかもが中途半端なんですよ。」


 「ヒロ君が家を立てたって聞いたし、送り込めないかと思ったんだけど、ねえ?」

 

 そんなことを言いつつ、俺の傍らに控えるピーターに目を向けるジョー。


 「読み書き計算、世故の知識に身元、ヒロ君を補うレンジャー技能。うちの『オラオラ』は、全てにおいて、ピーター君の劣化版だ。甘い話は、無いもんだ。」


 親子して、へこんでいる。ちょっと切ない。

 ……そんなに悪いばかりじゃないと思うんだ。

 20日以上一緒に過ごしてきた情もあるし、見てきて分かったこともあるんだよな。

 

 「いいところも、ありますよ。武術の腕だって、決して悪くは無い。空気が読めるし、仲間の取り纏めなんかは、結構上手だと思うんです。」


 「本当かい?でもそれで、何かできることあるかな?兵士としては、出世するには力不足。商工業は、無理。官吏になるには、学とコネが無い。」

 

 「勘弁してくれよおやじ!分かってても言われるとクルんだから!」 


 「農家の息子なら、良かったのかもしれないですね。ちょっとした騒ぎなら、鉈をおっ取り駆けつけて。寄り合いに出ては、皆をまとめる。村のちょっとした顔役には、なれたかも。」


 「やっぱりそう思う?僕もね、考えたんだよ。一応農地も持ってるし、農作業は嫌がらないから、勧めてみたんだけどさ。」


 「分かってくださいよ、大隊長殿!村に居着いたら、千人隊長の跡継ぎですよ?重すぎますって!だからせめて、百人隊長を目指してるのに。」


 「じゃあ後は、村の駐在さんとか?」


 「警察かあ。そっちなら、まだ可能性はありそうだねえ。十人隊長にはなれるだろうし、その頃には僕も爺さんだから、帰って来てもらえばちょうどいいか。」


 「ネイトの署長さんなら、知り合いですけど……。確か貸しもひとつあったような。」

 

 立花伯爵引取りの件である。

 レイナにしても署長さんにしても、あれは理不尽だったと思う。


 「こういうことでは、本当に頼りになるねえ。十騎長としては、もう何一つとしてケチのつけようがないんだけどさあ。」


 「おやじ、なんでそう偉そうなんだよ!頭下げてくれって!ありがとうございます、大隊長殿!」


 「なるほど、空気が読めるの。」

 

 この話をしている間、李老師は、始終にこにこしていた。

 居場所を失った子供を引き取って、社会に送り出す。

 そういう話を聞かされれば、天真会の会員が、不機嫌になろうはずもない。

 

 「老師もヒロくんも『空気が読める』って言うけど、本当かい?僕にはとてもそう見えないんだけど。」 



 この演習の間、ジョーにはいろいろ言われてきた。

 教育的指導ってことは分かってるし、実際に役に立つことも多かったけど。

 でも、腹立つことも多かったわけで。

 ちょっとした仕返しぐらいは、してもいいだろう。



 「そうですね、たとえば。……『オラオラ』、君はエリザさんと会ったことは無かったよね?」


 「ええ、親父から話を聞いていただけで。」


 「でも、レオの病室では、一発で見抜いた。エリザさんの話を聞いていたから分かったんだろ?で、仲間を止めた。空気が読めるってのは、そういうところだよ。」

 

 「うっ。それは……。」


 「何て聞いてたの?『オラオラ』君。」


 「いや、そのですね、エリザさん。」 


 「あ!そういえばあの時!!ちょっと、ジョーさん!そういう説明したんですか!セクハラですよ!」


 「何と言っておったのかの、ヒロ君。」

 「いいケt……」

 「違いないの。」

 

 「ヒロ君!きみからフィリア様とソフィア様に伝えて!ジョーさんに痛い目見せてって!」


 「勘弁してよ、ヒロ君。頼む!」


 それぐらいは我慢してくださいよ、ジョーさん。


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