第九話 「はぐれ大足」 その2
「はぐれ」狩りが始まった。
各チーム、別々のルートをとりつつ、「はぐれ」を追い上げてゆく。
時々、犬が遠吠えをあげ、お互いの位置を確認しあう。生身の犬がいない俺たちのチームからは、千早が背の高い木を揺することで応答する。
「目指すは一番槍でござる!」
「ええ、私たちで引き受けましょう!」
二人は意気軒昂。
俺としては、できればプロである「山の民」のサポートチームでありたいのだが。
まあ、二人はこれで良いのだろう。
霊力は、本人の気力に影響を受けるようだから。大ジジ様が好例だ。
いまの俺の役割は、周囲に気を使うことだ。
幸いにして、坂道にも森にも影響を受けない、幽霊犬のジロウがいる。やや広めに探索をかけることができる。
一方の「はぐれ」。
やや焦っていた。
また大規模な襲撃を受ける羽目になった。それは良いとしても、逃げ道が少ないことに、今になって気づいたのだ。うかつだった。
調子に乗って、人間の集落に近づきすぎたかもしれない。
(連中は、統率が取れている。一頭一頭はそれほどでもないが、数が多いと面倒な、犬も連れている。まともに当たるのは、やや厳しい。ここは前回のように、うまいこと回り込んで、一点を突破して逃げるか。)
周囲の様子を窺う。
(均一に、包囲網が狭まってきている……。ん?一箇所だけペースが遅い。犬の気配が少ない。よし、ねらい目だ。物陰から平地・広場に飛び出し、足場の良さを利用して助走をつけて突進。一撃を加えてそのまま正面突破することとしよう。)
そんなことを考えていたのであろう。
だがその意図は、残念ながら、こちらに伝わっていた。
「はぐれ」の手口も、「大猪」の体験談を通じて、全員に共有されている。
道中ももちろん警戒は続けていたが、戦闘が予想されるポイントが近づいたところで、ジロウには特に念入りな索敵をさせたのだ。
案の定、広場の出口付近の暗がりに、「はぐれ」がいた。
こちらが広場に踏み込み、十分に入り込んだところで突撃をしかけようとしているのだ。
いつもの「テレパシー的な何か」を使い、ジロウに指示を出す。
のこりのメンバーは、広場に足を踏み入れる。
「はぐれ」は、飛び出すタイミングを窺っていた。
(連中が、広場に入った。……もう少しこっちに来い。ひとりが、前に進んできた。武器は持っていないな。後ろにいる連中も、強そうには見えない。よし、大丈夫だ。)
「はぐれ」が俺たちの前に姿を見せた。
前衛に立つ千早を目がけて突進をかけようとして……棹立ちになる。
回り込んでいたジロウが、思い切り後ろ肢に噛み付いたのだ。
その隙を見逃す千早ではない。
スライディングするように走り込み、地面に付けた手を支えにして、そのまま体を回転させる。
「穢土を離れよ!昇天脚!」
ヒグマ、いや「大足」を相手にしても、理法を説くことは欠かさない。
全体重と遠心力を乗せた肢払い、というかたちをとった説法である。
あれを食らったら、そりゃ物理的に大地から吹き飛ばされ、天に昇ってしまう。
まずは後ろ肢にしっかりとダメージを与え、飛び退った位置から、再び接近する。
俺の目には、地面と平行に移動しているように見える。
そしてそのまま、助走の勢いを乗せて……。
「慈悲を知れ!菩薩掌!」
渾身の力を込めた、掌底。鳩尾に叩き込まれた。
「大足」に鳩尾なるものがあるのかという問題は、この際考えないことにした。やや前かがみになったのだから、間違いなく効いてはいる。俺のような凡俗にはとても理解できそうもない、大慈悲の心である。
足を止めた千早が、さらに言葉を継いだ。
「浄土に香るは君子の清心!その目に見よ!白玉蓮華!」
パンチのラッシュ。確かに、連打された拳の痕跡が目に見える。蓮華と言うより蓮根だ、と指摘するのは無粋であろう。
一連の流れるような攻撃を決めた千早が、「はぐれ」から距離を取る。
全てがしっかりヒットしているのに、「はぐれ」は倒れない。
それどころか威嚇するかのように大きく口を開け、咆哮した。
ジロウの攻撃と同時に合図を打ち上げたが、必要なかったかもしれない。
大概の生物を萎縮させてきた「はぐれ」自慢の咆哮。
だが、それも途中でかき消されてしまった。
フィリアの発した光弾が、口に飛び込んで喉を灼いたのである。
理屈は良く分からないが、そのように見える。
「ゴゲガハア!ゲフッ!」情けない声をあげる。やや意気消沈した模様。
ピンポイントで狙いすまし、最大の効果をもぎ取ってくる、フィリアの怜悧さが今は頼もしい。
再び千早が接近し、立ち上がっている「はぐれ」の後ろ肢に対して重点的に攻撃を加えていく。
だが、やや姿勢が低かったかもしれない。
「はぐれ」が、振り上げた右の前肢を撃ち下ろそうとしている。




