表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

343/1237

第八十七話 もとの水にあらず その6 


 「堰を逆用する」ためには、2つの手順が必要となる。

 ひとつは、河原に敵を誘き寄せること。

 もうひとつは、堰を切って落とすこと。



 前者は、「交渉に出て来い」と言うだけで良い。

 「出て来ないのであれば、ダイゼンの街を攻撃する」と申し向ければ、出て来ざるを得ない。

 さらに、「軍を引き連れてきても構わない。それは当然の心得だ。こちらは高台に兵をとどめて、首脳陣だけで待つ。そちらも河原に兵をとどめて、少数で会いに来てくれ。」というわけだ。

 以上を、外交文書らしく優雅にまとめて、使者に持たせる。


 「これでひっかかるものかな?河原が危険なことは、連中も承知しているだろうし。」

 

 「ひっかかります。……ヒロさん?初陣の際、聞かせてくれた話を。」


 郎党が述べた疑問に対し、毫も揺るぎを感じさせない声で、フィリアが答えた。俺に説明を求める。

 

 「はい。敵を罠や策にはめようと思っている者は、得てして、自分が罠にはめられるとは思っていないものです。鼠を狙う蛇が、後ろから人に狙われているとは気づかないように。」


 幹部衆の多くが、頷いた。

 みな、やったりやられたりした経験があるのだろう。

  

 

 問題は、後者だ。

 

 「では、誰が堰を切って落とす?」 


 アレックス様の声に、多くの者が立候補した。「ぜひ、自分の隊を」というわけだ。

 危険はあるが、だからこそ「手柄」になる仕事である。これを見逃す手は無い。

 俺も、真っ先に手を挙げていた。手柄欲しさゆえではない。「敵兵に情けをかけている」という疑いを晴らさなくてはいけないからだ。

 

 「ダミアン、君は立案者だ。遠慮したまえよ。」

 「セルジュ、君もすでに十分功績を積んでいる。それに川沿いの細道は、騎兵向きではあるまい。」

 「我が隊は、ミッテランの不名誉を、雪がねばならぬのだ。」

 「気持ちは分かるが、そちらはナイトが主体だ。機動力に難があろう。」 


 みな、困っていた。


 はっきり言えば、適任者は俺なのだ。

 森や川沿いの細道は、レンジャー技能持ちの歩兵に任せるのが一番である。騎兵では持ち前の機動力を活かせず、鎧が音を立てるナイトでは、機動力のみならず隠密性にも欠けるから。

 対照的に、装備に金がかけられない「メルの吹き溜まり」は、隊長李紘がレンジャーだと言うこともあって、そちらの技能だけは「まずまず、見られる」水準に達しつつある。


 陽の目を見なかった連中に自信をつけさせる機会にもなる。

 隊長であるカレワラ十騎長が、疑惑を払拭することもできる。

 政治的にも、悪くない。

 

 カレワラ十騎長が、メル家の人間でありさえすれば。

 

 他家の軍人貴族には、ある程度功績の機会を譲る必要は、ある。

 それに、この演習は、アレックス様とフィリア様にとっては、王都系・本領系との顔合わせという意味合いが強い。フィリア様の客将には、ある程度手柄を立てておいてもらいたくも、ある。

 だが、少し頑張りすぎている。若手に対し、そういう遠慮をしろと言いたくは無いが。やはり、メル家郎党の見せ場が欲しい。

 ……そういう計算が、幹部衆に渦巻いているのがよく分かった。

 分かりやすい人達だ。いや、知力20ポイントアップのおかげかも知れない。



 会議の空気がグダつき始めたところに、鶴の一声が落ちてきた。


 「では、カレワラ十騎長にお任せします。……私達は武家。政治は戦の前後に行うものであって、戦の中に持ち込むものではありません。」


 「時としては譲り合うこともあろうが、本質は奪い合うものでは無かったかな?手柄とは。」


 フィリアとアレックス様の言葉に、幹部衆が、うなだれた。

 

 「そう気落ちするな。まだ南の大道が残っている。あちらは手柄が立て放題だぞ?……さて、細かいところを詰めるか。」


 何度目であったろうか。

 アレックス様が話題を切り替えれば、郎党がそれに合わせて気持ちを切り替える。

 大まかなルート選択に決行の合図、出立の時刻などがすいすいと決まっていく。

 将軍と士官、両者の呼吸は、すでにぴったりと合っていた。

 アレックス様が自らに課した宿題、「求心力の強化」は、ほぼ達成されつつあるようだ。


 「ヒロ、いやカレワラ十騎長、何か要望は?」

 

 ほぼ全ての手筈が決まったところで、アレックス様から声がかかった。


 「異能者大隊から、マグナムとヴァガンの借り出しをお願いします。川や自然を良く知る2人ですので。他の諸隊からも、参加させたいという人があれば、ぜひ協力をお願いいたします。」 


 「隠密行動を取るには、人数が多すぎはしないか?支隊長殿。」

 

 「第一支隊全員で向かうことはしません。李紘中隊を中心にします。」


 「セイミ様やミーディエのご令嬢がいたのだったね、君の隊には。何かあっては困るか。」


 「結局、政治を持ち込まざるを得ませんか。」


 「戦力の話としておこう、フィリア。明日は使者のやり取りをし、決行は明後日。各人、必要な準備をしておくように。」


 これで解散か、と全員が重心を浮わつかせたところで、フィリアが口を開いた。


 「ミッテランの件ですが。」

 

 さりげない声に、全員が硬直した。急所に後ろから刃物を突きつけられたかのような気分だ。

 呼吸ものと言えば千早かと思っていたが、フィリアもなかなか恐ろしい。


 「交渉相手の裏切りに、怒りと責任を感じた末の急死。いわゆる憤死・悶死の類であったと、メル本宗家としては認識しております。将軍閣下?」


 「征北大将軍府にも、そのように記録される旨、約束する。……第一大隊長、ミッテランの亡骸は丁重に扱うように。」

 

 フィリアも課題を果たしつつあった。

 「入り婿である義兄を立てつつ、自分の権威も見せつける」という、少々厄介な課題を。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ