第八十六話 鞘当て その4
4人の様子について報告に来たのは、アランと、ジグムント・クビッツアであった。
ジグムント・クビッツア十騎長。聖堂騎士。
この件に関する報告、あるいは採点は、宗教枠にお願いしたということらしい。
ジョーは、純粋な軍事活動については卓越した見識を持っているが、政治・経済・外交は専門外だから。
「まさかまた、閣下のお役に立てる時が来るとは。幸いに存じます。」
「いつそのような他人行儀を覚えた?ジグムント。」
そのアレックス様の言葉に、ジグムントが相好を崩した。
「まさかメル家に婿入りとは。でも俺だってやっと聖堂騎士になって、これで縁切りできると思ったのに。またこき使われるなんて思いもしませんでしたよ。子分はいつになっても子分ってことのようで。それならナマ言わずに可愛がられる方がマシってもんスよ。」
クビッツア家は、メル家の郎党。事務官系で、家柄は、まあ普通。
だがジグムントは、男ばかり五人兄弟の五男坊。
十代前半、王都にいた頃の彼は、やり場のない鬱屈を抱えた、不良少年だったそうな。
「このジグムントは、李紘の部下と同じということさ、諸君。」
「何です?アニキ、いえ、閣下。私の如き者が?」
「無理するな、ジグムント。しかし聖堂騎士か、お前が。名簿を見た時には驚いたが、考えてみれば、何もおかしなところはないな。腐っても聖神教団、目の付け所は悪くないようだ。」
エリート部隊の聖堂騎士団。
品行方正が要求されるかと思っていたが、意外にがらっぱちも多いのだろうか。
いや、実力主義と言うべきかな?カルヴィンに言わせると知勇兼備が要求されるらしいから。
「閣下のおかげです。こればかりは素直に感謝いたします。……で、その、李紘君ですか。出世の目は?下の者は、おこぼれにあずかれそうですか?」
「李紘だがな、今回はそこの、カレワラ十騎長の下についている。」
「よろしければ、第一支隊にお越し願えますか?李紘の部下に訓示をお願いいたします。」
社交辞令ではない。
絶対に励みになるはずだと、そう思ったからこそ、口を突いて出た言葉。
「私で良ければ、喜んで。主の御教えについて語り合えるのは、何よりの幸いです。……と、取り繕っても、今さらでしょうねえ。如才ないご挨拶、十代半ばで十騎長。直参の上流貴族ですか。こちらはご出世確実というわけだ。李紘君は、おこぼれにあずかれそうですね。」
「だいたい当たりだ。ではヒロ。君は、ジグムントをどう見た?遠慮は無用だ。」
「若手の採点を任されるということは、猪武者ではない。事務官の家柄とも伺いました。そちらの素養も深い方なのでしょう。ガラの悪い言葉遣いは、隠れ蓑でしょうか。」
「買いかぶりです。アレクサンドル閣下に拾われ、おこぼれで十人隊長になった後ですよ、真面目に勉強し始めたのは。若い頃、もう少しちゃんとしておけばと。」
「こうなってみると、ジグムントを聖神教団に取られたのは、惜しかったな。」
「閣下、やっぱりこき使うつもりだったんスね?……まじめな話、私も元はメル家の郎党、協力できることは協力いたしますが、いまは教えに身を捧げています。どうかご理解を。」
「分かっているさ。では、頼んでいた報告を。」
「本当に分かってます?お願いしますよ?」
そう前置きして、ジグムントは語り始めた。
「セルジュ君とドメニコ君の二人は、シルトになめられていましたね。即座に反発しましたから、まずは合格でしょう。……意外だったのは、接待の主任を務めた、ミッテラン副隊長でした。相当頑固でプライドが高い人でしょう、彼は?メル家を馬鹿にするような態度を取られたら、率先してぶち切れるかと思ったら、うまくなだめて『ほとけ役』に回っていました。」
ミッテラン副隊長。本隊第一大隊所属。
俺に嫌味を言ったおっさんであり、セルジュをかばったおっさんである。
俺だって誰だって、ジグムントと同じ予想をするところだけど……。
「本領系」のまとめ役を任されてもいるぐらいだから、案外やり手なのかもしれない。第一印象だけで人を判断するってのは、危ないことなんだなあ。
「その後は見事なものでしたよ。ミッテラン副隊長の意図に、セルジュ君はすぐに気がつきました。じゃあ自分は『鬼役』だと、あえて殺気を放ち出して。相当な腕ですね、彼。いや、腕はともかく。やはり地元でお互いを良く知っているからこそのコンビプレーなんでしょう。」
セルジュなら、それぐらいはやれる。間違いないところだ。
頭を使わずに、殺気だけ放っていれば良いというのであれば、彼にとっては楽な仕事だろう。
「それに、ドメニコ君ですね。彼は、あえて気が利かないふりをしはじめた。じゃあ自分は『道化』だというわけでしょう。シルトが苦しい言い訳をする度に、『では直接伺いましょう。話しあえば分かりますよ。』とか、『決闘で決めるのではないのですか?母からはそう教わりました。』とか、無邪気な顔でどんどん物騒な言葉を投げ込んで。……で、シルトが言葉に詰まると、ミッテラン氏がフォローする。」
やるな、ドメニコ。
でもまあ、考えてみれば。
面の皮の厚い、いや失礼。細腕で家を切り回す、偉大な母上を毎日相手にしているんだった。
手強い相手をいなすのは、これも手馴れた仕事なのだろう。
「最後には、『コース家と繋ぎをつけ、使者を出させる』ことを確約させていました。3人のお手柄です。特にセルジュ君とドメニコ君は、今すぐにでも、文官仕事を任せられます。」
「ご苦労であった。しかし、ジグムントよ。私達の若い頃とは、えらい違いだな。」
「私はともかく、アニキ、いえ閣下は、当時から頭もキレキレだったじゃないですか。」
「私は、一人で動くばかりであった。周りと協力するなんて、考えもしなかった。そうだろう、ジグムント?」
アレックス様の目が、こちらを向いた、気がした。
が、その目は、すぐに逸らされた。
軽口を叩くジグムントのほうへと。
「『使えない手下しかいなかった』って言ってますよね、それ?」
「言わせるな恥ずかしい。同じメル家の郎党なのに、なぜお前は。」
「使える手下を集められないのは、上に問題があるんスよ?」
「言ったなコイツ!ははは……いや、失敬。」
溌剌とした若さを見せたアレックス様だが、思い出話に溺れるような甘さは見せない。
すぐと顔を冷たく引き締め、重々しい将軍の顔に戻る。
「アラン、報告をお願いする。」
ジグムントに比べれば、10歳近く年上であろうアラン。
いかにも宗教家らしく、年少者に優しい微笑を見せていた。
その調子を変えることなく、報告を始める。
「ダミアン君とフリッツ君は、若さが出てしまいました。フィストに対して譲歩を迫ろうと、しつこく絡んでいましたね。いや、見事な嫌味のつけ方でしたよ。」
「そちらでアランに評価されるとはな。しかし、それが『若さ』とは?」
「初めは誠実に受け答えしていたフィストも、これまでと思ったのでしょう。静かに見つめるだけで、まともに取り合わなくなりました。……ダミアン君は、それで気づきましたね。『ただ果てるよりは、せめて首ひとつでも取られてはいかがか』と申し出て、テントの外で真剣勝負ですよ。いや、お若い。」
「どうなったの!?」
疑問に思ったのは、レイナだけ。
他はみな、分かっている。
挨拶に来たフィスト、気魄は十分であった。
しかし、あの腕では、ダミアンには絶対に勝てない。
「得物を弾き飛ばして、終了です。で、その場に座り込んで首を差し伸べたフィストに、土下座ですよ。『お覚悟を見誤っていたこと、お詫び申し上げます。しかしながら、メルとフィストの差は、ちょうど私とあなたの腕の差のようなもの。どうか短慮を起こさず、ご辛抱を。ご自重を。三十年ずっとお味方いただいたフィストの誇りを傷つけるようなまねは、絶対にいたしません。』と来たものです。」
「うわっ、キザ!」
だからレイナ、台無しだって!
頼むよ、武家とか男の子とか、そういうの大切なんだから!
という表情は、いつものように目ざとく見とがめられて。
「何よヒロ、『ダミアンにも意外と熱いところあるんだな』とか思ったんじゃないでしょうね?」
「え、違うの?」
「バカじゃないの!?自分の見込み違いに気づいた時点で、どう振舞うべきかの最適解をはじき出したのよ、ダミアンは。フィストがアホなら感涙して成功、賢ければ意図に気づいて、乗っかってくるから成功。それだけのことじゃない!」
「領地存続の言質を与えてしまったという傷は、後で取り返せば良いということなんだろう。だが、ダミアン君のことだ。もともとアレックス様やフィリア君が、フィストを滅ぼす気が無いと予測しているんじゃないかな。それなら傷にもならない。『お二人の内意を受けての発言でした』ってことになるんだから。」
レイナにイーサン。
うへえ、としか言い様が無い。
「メルの郎党に、デクスターが外交で遅れを取るわけにはいかないよ。」
「しっかりしてよね、直参のカレワラさん?」
俺も散々だが、もうひとり。
「フリッツ君は、何が起きたか分かっていないようでしたね。それでも、真剣勝負が始まった辺りからは、きちんと作法どおりに振る舞い、立会人を務め、無難に場を収めていました。そのあたりはダミアン君よりも見事でしたよ。」
「王都から来たばかりの半年前なら、取り乱していただろうな。だいぶマシになったようだが。」
「官僚的な事務仕事は任せられますが、政治や外交はまだ任せられませんか。」
アレックス様もフィリアも、相変わらず手厳しい。
いっしょに頑張ろうな、フリッツ(泣)。




