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第八十六話 鞘当て その2


 そうか、お前だったか。

 ダミアン・グリム。


 「フィリアに、いえ、フィリア様に、報告を行っておりました。」


 言葉を、選びなおした。眉を顰められたから。

 フィリアを呼び捨てにしたのが、気に食わなかったのだろう。郎党としては当然の感情か。


 「この時間に、ですか?」 


 話を、促してくる。

 フィリアとその側近が、何のやり取りをしていたか、知りたがっている。

 出世のためには、上層部のそうした情報をいち早く掴むことが大事。それは分かる、が。

 まあ、釘は刺しておくべきだろうな。フィリアの「客」としては。


 「フィリア様が、ほめておいででしたよ。グリム副隊長のお名前を直に挙げたわけではありませんが。『その行動、愛すべきところがある。軍人はそれぐらいでなければ。』と。」

 

 「これは……」


 笑顔を浮かべ、何か言おうとしたが。

 それはさせずに、言葉を継ぐ。


 「フィリア様が、浄霊術(エクソシズム)の使い手ということはご存知でしょう。が、極東では随一と言っても良い腕であることは?霊的な探知能力には特に優れ、不意討ちはまず不可能です。」

 

 「まさか……。」


 「ご安心ください。フィリア様は、『誰かがいる』ことは必ず察知しますが、『それが誰か』を判定しようとは、されません。」

 

 「できない」とは言わない方が良かろう。


 「いや、その……。」


 「そうそう、落とした私の扇子を拾ってくださったそうで。部下の幽霊が報告してくれました。」


 「え?そんなことは……。」


 「袂にお持ちだと、幽霊は言っております。」


 ピンクに、やらせた。

 盗み聞きに必死になっているであろう男のどこかに、扇子を放り込んでこいと。

 それが分からぬダミアンではない。


 「誰であるかを探知するのは、あなたの仕事ですか。死霊術師(ネクロマンサー)のカレワラ十騎長。そして千早さんの剛力。フィリア様ご自身の異能も、特別に優れていると。」


 渋い顔で扇子を俺に渡しながらダミアンが口にした言葉には、中身が無かった。

 何を言うべきか、頭を整理している、か。

 押し切れれば良いのだが。


 「フィリア様は、誰であったかをご存知ありません。ご安心を。私も男、告げ口するほど野暮ではありませんよ。王都や本領の皆さんと会うのは、私にとって、これが初めて。お近づきのしるしになれば。……それにしても、グリム十騎長のニンジャ技能も、なかなか。いえ、アサシンですか?」 


 自分ですら信じていないことを、口にした。

 「覗きに来たんだろ?いや、いいよいいよ、言い訳なんかしなくても。分かってるから!」って。

 非難はしないように見せて、でもゲスな方向で決め付ければ。


 「覗きの趣味などありません。」


 すさまじく苦い顔に変わった。

 いかに冷静だと言っても、ダミアンとて貴族。しかもまだ十代。

 覗きが趣味などと思われては、たまるまい。

 

 「それに私は剣士(フェンサー)ですよ?」


 「おや?槍使い(ランサー)かと思っていました。」


 その僧帽筋と背筋。得意は長物だろうに。


 「……新都の皆さんは、武張った方であるとばかり。認識を改める必要がありそうですね。」

 

 ダミアンが、隙の無い背を見せて去って行く。

 フィリアとの会話を教えずに済ませることができた……ことは確かだが。

 これだけ叩いたのに、どうにか優勢勝ちに持ち込めただけ。

 面の皮の厚いヤツを相手にするのは、骨が折れる。

 


 「ヒロ、冴えてるじゃないの今夜は。……って言いたいところだけど。うまいこと会話の主導権を握ったようで、情報を与えたのはあなたの方よ?ダミアンからは大した情報が取れてないじゃない!」


 「アリエル、それは違うぜ?ヤツは片手剣と槍を使う。それが確証できただけでも十分だ。ヒロの見立てどおり、それにニンジャかアサシン技能。長短投擲、隙の無いヤツだ。」

   

 「霊能は、持っていないな。だからこそ、努力で身につくニンジャ技能か。涼しい顔して、もがいてるんだな。ダミアンも。」


 「何やらひと皮剥けたでようござるな、ヒロ殿も。」 

 

 「昨日のあれか。……うひっ。ふひひひ。」


 「なんだピンク、気持ち悪い。」


 「あたしのこと、『きれいな娘っこ』だって!あの丘にいたおじいちゃん達。」


 「浮かれる気持ちは分かるでござるが、ピンク殿。某もファンゾ百人衆。領主経験者としては、ダグダの荒廃ぶりに寒気を覚えたでござるよ。」


 「『ピンクのレベルでも、領主や野盗に連れて行かれちゃった』ってことよね、やっぱり。」


 「ちょっと!二人とも!酷いよ!」


 騒ぎを余所に……というか、俺の脳内の騒ぎは、誰にも聞こえていないわけだが、ともかく。

 遠くに去ったダミアンが、こちらに一礼を施して、テントの中に消えた。

 

 「ゲス野郎かと思っていたが、そうでも無いのか?」

 

 「朝倉殿。策士は、見た目は紳士的なものと決まっておるでござるよ。」


 「いや、モリー。今のあいつからは、そういう『たくらみ』が感じられない。」


 「『使い手』ならではの感覚ってこと?……そうね。宮廷貴族のあたしから見ても、さっきとは違う。……うふふ、やだ、そういうこと?かわいいところもあるんじゃない。」


 「何だよアリエル。」


 「自分で考えなさい?『汝、アリエルの名を継ぐ者』!そうね、片手剣に槍、霊能が無いからニンジャ技能。それがヒントよ。」



 何だ?武術?それが「かわいい」?


 考える間は、与えられなかった。

 テントの周りを探し回っていたピーターにかち合ってしまったから。


 「マスター!夜遅く一人で出歩かれるとは、何事ですか!何かあったら……。あ、いえ、そういうことでございますか。マスターは刀術の腕をお持ちで、幽霊を護衛に連れ歩いていらっしゃるのでした。そうでしょうとも。しかしですね、仮にも名のある貴族が、従者も連れずに歩くなど。人に見られたら何を言われるか!私の面目というものが!いえ、私の面目などどうでも良いのです。カレワラ家の名折れにございます!」


 「いい子じゃない、ヒロ。」

 「さよう、得難い若衆にござるよ。」


 「はっ!?まさか。そんな大胆な方とは!いえ、喜ばしくないこともないのですが……。しかしマスター、『そういう理由』であっても、一人で行動するものではございません。必ず従卒を連れ歩くようにしていただかなくては!」


 「ちょっと色ボケ気味みたいだけどね。」

 「ピンク、お前にだけは言われたくないだろうぜ?」


 「『そういう』話ではない『が』、と言えば分かるか?ピーター。ただ、そうだな。出る前にひと言断っておくべきだったか。」

  

 「くれぐれもお願いいたします。」


 「うちの若にも聞かせたい話にござる。目を離すと気配を消しているのですから、たまりませぬ。」


 「ハクレンか。聞かせたいのはピーターの話ではなく、俺が何やら夜歩きしていた件だろう?」


 覆面から見える目が、細められた。

 笑っていることだけは、わかる。

 思わず舌打ちが出た。


 「君が報告するまでも無く、つかんでいるか。ヒュームなら。」


 「若のことをよくご存知で。……話は伺っておりまする。今後とも、なにとぞよしなに。里にあっては、若はどうしても『友』を得られませぬので。」

 

 「余計な話をいたすな、ハクレン。」


 ハクレンよりも一回り小さな影が、彼の後ろからぬっと現れた。

 

 「それでは、御前失礼申し上げまする。」


 「ピーターも下がれ。……ヒュームと腹の探りあいをしても仕方ないな。『上官が救いがたい無能であった場合に、どうするか』。それを話し合いに行ったんだよ。」


 「ふむ?」


 「『何らか処置はする、動く』という結論には、達した。相談相手が悪かった。覚悟が決まってる連中だからねえ、俺達の周りの女子は。……って、ヒュームもだな。聞いても仕方無い。どうせ、『暗殺一択』だろう?」


 「なぜそれを選ばぬのかが、某には分からぬ。幽霊に頼めば苦労はござるまいに。」


 「安易すぎないか?」


 「安易に済ませられるなら、それが『べすと』にござろう?」


 「言われてみれば、そうだね。安易・安直、何が悪い。そのはずなんだけどなあ。」


 「また何か考えてござるな?まとまったら教えてくだされ。人に考えさせて、結論だけ盗む。これもまた、安直にて。」

 

 含み笑いを漏らしながら、ヒュームの気配が消えて行った。

 さすが本職。ダミアンでは比較にならない。

 ため息が出る。 


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