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第八十五話 死者の山 その2


 「丘」に向かう俺達3人から、李紘が顔を逸らした。

 ジョーから因果を含められたのだろう。

 俺も、何を言っていいか分からなかった。



 夏の日ざしを浴びて、目に眩しく映る「丘」。

 それ自体には、特筆すべきことはない。


 遠くから見ていても、危ない感じはしない。

 俺にはフィリアのような感知能力はないけれど、悪霊はいないと推測していた。

 もし悪霊がいれば、山に入る人が襲われる。

 強力な悪霊であれば、ふもとの集落に降りてきてまで人を襲うであろう。

 しかしそういう報告は、上がってきていない。


 実際に登るについても、とくに困難は無かった。

 満足に食べていない村人が、老人を背負ってでも登れる山なのだ。 

 日本なら、ハイキングコースと呼ばれる程度かもしれない。

 

 が、俺の気は重い。

 レオを先行させ、俺の隣を歩むジョーには、相変わらず表情が無い。

 何をさせたいかは、分かっている、が。


 道が険しくなってきた。

 崖が近い。

 

 ジョーが、俺の肩を叩いた。

 斬れと言うのか、蹴落とせと言うのか。


 「できない!」


 「やれ!」

 そう叫ぶジョーの肩越しに、別の風景が見えた。

 

 「珍しくたくさん来ましたねえ。」

 「それに若いのもおる。」

 「あら、きれいな娘っこだねえ。」

 「うわ、犬。ワシ犬は嫌いなんじゃ。」

 「ワシは好きだぞい。おおそうじゃ、骨かじるか?与五郎の肋骨、残っとったろ?」


 だからさあ!

 幽霊ジョークは毎度笑えないんだよ!


 って、そうじゃなくて!


 「君にももう分かっているはずだ!能が無いくせに余計なことをする兵は、殺すしかないんだ!」 


 「ジョーさん、あなた兵卒上がりでしょう!同じ釜の飯食ってたんでしょう!?」


 「将が、兵を語るな!こっちへ降りてくるんじゃない!」

 

 お珠と、同じことを……?


 「将は、兵を殺すのが仕事だ!敵兵を殺すために、部下を殺すのが仕事だ!履き違えるな!」


 「ぐっ。だが!兵はそれでいいんですか!納得できるんですか!」


 「無能な将の下につけば、全滅だ!いいかヒロ君!兵にとってありがたい将軍とは、水あたりの心配をしてくれるヤツでも、医者の手配をしてくれるヤツでもない!冷酷で、悪辣で、だからこそ戦に勝てる将軍なんだよ!上がそうあってくれないと、下は生き残れないんだ!」

 


 「ケンカみたいですよ、おじいさん。」

 「そうじゃのう、ばあさんや。」 



 「今の君を百騎長にするぐらいなら、僕はダミアンを推薦する!味方だろうが何だろうが、自分の目的のためならば効率的に排除できるあの思考、彼こそが軍人だ!」



 「比較はいかんのー。若い者はへそを曲げるで。」

 「いや、そんなことでへこたれるようではのー。」



 「無能な将は、存在が許されない!知らないか!多くの兵に守られているはずの将がなぜ戦死するか!よほどの乱戦でもない限り、1000人からを率いる百騎長以上が、そう簡単に死ぬわけが無い!」

 

 「まさか……。」


 「ウッドメル大会戦で、僕はアレックス様の輝きを見た。凄まじいまでの将器だった。それだけじゃない。王都に帰ったあの方は、やって見せたんだよ!出世のために!自分が出世することで、王国のために!引いては兵と民のために、無能な上官を……。」


 「嘘だ!」

 

 「真相は闇の中さ。だが僕は、アレックス様がやったと信じている。そして、やっていればこそ、将として仰ぐことができると思っている!」


 ジョーが、「しまった」という顔を見せた。

 勢いで口にしてしまった、関係ない話。 

 それは、あまりに重くて。


 「とにかく、上官ですらない!レオはただの兵だぞ?何を恐れる?君はもう、何人も斬り殺してきただろう!重い軍律違反があれば、部下を殺すはずだ。それと何が変わらない!」


 「いやだ、できない!」


 ジョーが、俺を殴りつけた。

 話を聞いているレオのことなど、見向きもしない。

 レオなど、いざともなれば、簡単にやれるから。

 

  

 「ジョーさん!やめてください!」


 レオ!?

 

 「だ、大隊長殿。自分でも、薄々は分かっておりました。これでも、すでに初陣を経ております。無能な上官は、いけません。そして、どうにもならぬ兵というものも、いるのであります。自分がそうかもしれないとは、思っておりました。」


 背中を向けて、崖の前に座り込む。


 「せ、せめて、家の者には。軍法違反ではなく、名誉の死と伝えていただきたく。」


 「ヒロ君!ここまで言わせているんだ!さあ!」


 「レオ!最後かも知れないんだぞ?本音を言え!」


 「大隊長殿……。」

 

 「いいから!命令である!言え!」


 「で、では。なぜ、なぜなのでありますか?自分の何が悪いのでありますか?ツキがないのが、そんなに悪いのでありますか?偉いさんはツイているのに、なぜ自分は?い、いえ、大隊長殿が運頼みであるとか、そうではなく。偉いさんは、きっと私どもより、ずっとずっと努力している。私の努力は、足りぬかも知れない。でも、でもせめて、人並のツキがあれば。出世はできなくとも、ここでこんな目には。い、いやであります。いやだ。死にたくない。」


 「君が生きていては、兵が死ぬ!兵卒上がりだからこそ、仲間達がくだらない理由で死ぬのを、僕は座視できない!」


 ジョーが、槍の穂先をレオに向けた。

 反射的に、朝倉に手がかかる。


 「やれるのか?レオを殺せぬ君に、僕がやれるのか?」


 「とにかく、槍を下ろせ!」

 

 ぃええ!

 気合とともに突き出された槍。


 両断する。

 穂先を崖の下に蹴落とす。

 残った柄で、ジョーが俺に殴りかかってきた。


 「貴様は!レオだけじゃない!貴様が生きていては、兵が死ぬ!」


 「うるさい!俺は部下を無駄死になどさせない!」


 根拠もないくせに、自分の将器など分かりもしないくせに。

 そんなことを言いながら、ジョーを殴り返していた。

 

 そうだ、俺はすでに、部下を死なせている。

 兵にとっては異郷の、南ファンゾで死なせている。 

 だが無駄死には、させていない。

 無駄死にだなんて、言わせない。


 槍の柄も折れるほど、殴られた。

 みっしりと身が詰まった大人の体重を乗せてくるジョーの拳は、重かった。

 だけど、負けるわけにはいかない。

 ツイていないなんて、それだけの理由でレオを闇に葬るなんて、許されちゃいけないんだ。 



 「お、ケンカじゃケンカじゃ。」

 「いいぞ!青二才なんぞに負けるな!」

 「ワシは若い方だと思うがの。」

 「頭蓋骨賭けるか?お前の頭、物運ぶのにちょうどいい。」

 「おやめよ、じいさん。為三さんの骨は、もう頭しか残ってないんだから。」

 「しかし、死ぬの殺すのと、お武家はやっぱり嫌だねえ。」

 「生きている間は苦しみばかり。ワシらだってそうじゃったろう?」

 「ここに来る者はみんなそうだ。もう、絶望しきった顔をして。」

 「死んでみれば、まさに極楽なんだがの。」

 「そうだねえ。だからここに集まっては、通りがかる人にいつも言ってるんじゃないか。」


 「「「「死ねばいいのに。」」」」



 数十人の幽霊がいっせいに声をあげれば、霊感がない者にも聞こえるらしい。

 レオが、ジョーが、怯えた顔を見せた。

 「何だ!何だ今の!」

 

 「幽霊ですよ。姥捨てで死んだ幽霊達。死ねば楽になれるって言ってます。」  


 3人が3人とも、力が抜けた。

 レオを殺すどころか、殴り合いをする気力も失せる。 


 息を切らせたジョーが、天を仰いで、大の字になった。

 へたりこむレオ。

 俺も、腰を下ろす。

 

 強い陽射しの下、涼しく吹いてくる山の風。

 おかげで頭が冷えたからだろうか。

 ひょいと、口が動いた。


 「ジョーさん。ツキだの運だのって、そういうのが、もしあるとするなら。駆け上がっていく人、将軍になる人には、ツキも味方している。そうなんでしょう?」


 「そうだよ。アレックス様の出世ぶりがいい例だ。何故かは分からないけど、そういうものなんだ。」

 

 「なら、やっぱり俺はレオを殺さない。1000人、10000人の中には、レオみたいなヤツがいるはずなんだ。部下にそういうのを抱え込んでも、自分の運で踏み越えていかなくちゃ。それができないような人は、将軍になっちゃいけないんですよ。」


 理屈になってないが、これで押すと決めた。

 メル家直伝の作法、ごり押しで行くと決めた。


 「君にそれほどの運があるとは、僕には思えない。」


 「私は、ツイてますよ。ここの崖なんてもんじゃない高さから落ちて、生き延びた。記憶はなくしたけど、フィリアに拾われた。大メル家直系のフィリアに。そんな幸運、ありますか?それでアレックス様とソフィア様にチャンスをもらえて。14で十騎長。学園を卒業すれば、16の春には、百騎長になることが決まってる。アレックス様よりもペースが早いぐらいだ。それに庶民のはずが、実はアリエルの孫、けっこうな貴族だった。こんな人間、他にいますか?」


 俺は、死んでしまった。

 好奇心の女神のせいで(怒)。


 だけど。

 まさに「天文学的な確率」で当たってしまった不運の埋め合わせなのか、女神の罪滅ぼしのせいか。

 こっちへきてからは、たぶん、普通にはありえないような「幸運」を引き当てた。


 「どうにもツイてないのがいる。軍に不運を呼び込むやつがいる。」

 そういうオカルトが、まかり通るならば。

 「偉いさんは、ツイているから偉いさんなんだよな。」という、李紘の部下の言葉。

 そっちのオカルトだって、まかり通っていいはずなんだ。

 いや、そっちのほうが、確信できる。だって俺の実体験だもの。

 


 「アレックス様だけじゃない。ジョーさんだって、そうでしょう?実力ももちろんあるけど、ツイて無い人が庶民の一兵卒から千人隊長になれるはずがない。」


 ジョーが、上半身を持ちあげた。


 「そうだね。僕も、ツイてた。レオみたいな同僚がいた。それどころじゃない、まさに豚のクソ以下の上官もいた。何人もいたけど、みんな死んで、僕は生き残って、駆け上がってた。ヒロ君も、信じられないほど、ツイてるよね。」


 ジョーが、殺気の籠もった目を、俺に向ける。

 「信じていいんだね?君は、兵を無駄死にはさせない。……いや、君にはこう言わなくちゃいけないな。君は、味方の兵を効率的に殺すことができる人間だと、判断力と決断力がある人間だと、信じていいんだね?」


 それが、ジョーの「芯」か。

 無能な上官は、絶対に許しちゃいけない。兵を無駄死にさせる存在は、抹殺しなくちゃいけない。

 それが、ジョーの誓いか。

 

 朝倉を数センチ引き抜き、鍔を鳴らす。

 金打をしたのは、春以来、2度目だ。

 

 すさまじいまでの粘度と湿気を帯びた声で、ジョーが呻く。

 「納得は、しきれない。だけど、あの寄せ集めを、吹き溜まりを率いて、水準を越えた統率力は、見せてくれている。君は豚のクソではないということだけは、信じられる。……頼むから、冷たさを覚えてくれ。殺すことを、死なせることを、躊躇うな。躊躇えば兵が死ぬ。君が死ぬ。戦に負ければフィリア様やメル家、極東の民にまで累が及ぶ。そのことだけは、絶対に忘れないでくれ。」


 

 言い終えるや、一転、いつものオッサン顔に戻った。

 「さあ、帰ろうか。大隊長殿、この山に霊的な危険は?」


 この切り替えも、軍人には必要なんだろうな、たぶん。


 「ありません、千人隊長殿。レオもご苦労。帰りも気を緩めないように。」


 「大隊長殿、このご恩は決して……。」


 「なら、そのツキの無さをどうにかしてよ、レオ君。大隊長殿にご迷惑をかけるんだからね?」


 「お払いとか、効くのかなあ?……そうだ、ミケ!何か変な神様に取り憑かれてるってことは?」 


 ミケが、ぷいと横を向いた。興味を見せない。

 好奇心の女神から見て、特段気になる存在ではないということは、「そういうこと」ではないみたいだ。ひと安心か。

 

 それと。

 「幽霊のみなさん、ふもとの子孫達に伝えたいことは?」


 「なんだい?話せるのか?」

 「まさかねえ。……よし。試しちゃる。軍人の癖に、このヘタレ!」


 「聞こえてるぞ。ヘタレじゃない!」


 「なんだ、本当に話せるんだねえ。」

 「ならそうだな、ワシらのことを気に病むのはやめろと言ってくれ。」

 「『自分は親を捨てたのに、自分は捨てられもせず……』なんて悩まないでって。」

 「死んでみれば、極楽だよ。ダグダの四季がこんなに良いものとは思わなかった。」

 「『死んだ後、どうしてもつらければこの山に来い』って言ってくれ。説教してやる……というか、しばらく一緒に過ごせば分かるでな。」

 「ワシらも、もうしばらくしたら輪廻の輪に還るよ。息子や孫、悩んでる連中がいなくなったらな。」

 「世話が焼けるのー。」

 「子供はいくつになっても子供なんですよ。」


 

 帰りの足取りは、軽かった。

 が、ジョーとの約束。これから俺が覚えなくてはいけないこと。

 それを思うと、膝に震えを覚えなくも、なかった。


 違う。それを認めることも許されない。


 膝の震えは、下り坂だから。

 それ以外の理由は、あってはならない。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] もうちょっと不運さを出しても良かったかな~落石とかかな? 例が不運と言うより不注意って感じが大きくて、それを不運のせいと言われると確かに殺したくなった(笑)
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