第八十四話 ダグダ盆地 その2
今回の演習は、複数の隊に分かれて行われる。
こちらの世界では「旅団規模」なのだそうだ。
大隊が集まった本隊が「連隊規模」。
その他に支隊がいくつかあるから、「連隊が複数あるのと同様に考える」ということで、「旅団規模」なのだとか。
支隊は、俺の「混成大隊(?)」や、千早の「特殊部隊(?)」の他にも、いくつか設けられていた。
それぞれ、若手の有力者や有望株が隊長に指名されている。
兵站部隊も存在していた。幸い、幹部にエリザ・ベッカー十騎長が配されている。
後で、具体的な運用を聞いておこうっと。
それはともかく。
俺が率いる第一支隊は、「先遣隊」の任務を命じられていた。
「本隊に先行し、情報を集め、受け入れ準備を整える」のが最大の仕事。
「必要があれば、『遊撃部隊』(千早率いる、異能者大隊)や兵站、工兵等の手助けを借りても良い。」と言われている。
誰の、何を、どう借りるかまで含めて、「やってみせよ」ということらしい。
早速だが、ヴァガンの「兄弟」であるグリフォンの「翼」を借り出す旨、千早にお願いした。
仕事のひとつとして、「地図を描く」ということが求められているはずだから。
グリフォンとピンクがいれば、ほぼ完璧な仕事ができる。
そうやって完璧な地図を作ることは、悪いことではない。
しかし、今回の俺は隊長。
「尖った異能を持つ個人頼り」ではなくて、「一般兵を使った仕事」をこそ、求められているはず。
と、言うわけで。
本隊から先行して郊野を行く間に、斥候と地図作成を誰に任せるべきか、テストをしようと思い立った。
ありがたいことに、指導者として、ヒューム・キルト・李紘がいる。
やっぱりこの大隊、運用のしようによっては、かなり応用が効くんじゃないか?
……なんてことを思ったのは、初日の朝のみであって。
帰ってきた斥候の地図を見て、暗澹たる気分になった。
「実際の戦争は、ゲームじゃないんだ!」なんて言葉を、よく耳にされると思う。
歴史SLGじゃあるまいし、知力56とか政治力73とか、生身の人間はそういう数値で表されるもんじゃないと。
そんなことは、なかった。
俺も初めて知ったのだが。中世~近世的な、封建制(?)社会においては、「知力・政治力ひとけた」の「武力全振り」が、生身の人間として存在するのである。
「ああうん、この、ぐりぐり塗りつぶされてるのは、そこの岩ね。このブチ模様は猫かな?でもさあ、猫って動くよね?地図を作る時の、目印にはならないよね?」
「牛であります!岩と大きさを比べていただければ、分かるのであります!」
そういうことじゃないんだけどな。あれ?何だか腹立ってきた。
何を言うべきか考える間もなく、李紘がそいつを殴りつけていた。
「大隊長殿に向かってなんて口を!紙を無駄にしおって!」
その点ミーディエ中隊は、さすがの精鋭部隊であった。
道や目印がきちんと描かれている。
「サラ、全員がこの水準と見て良いのか?」
サラが、傍らに立つ副官を振り返る。
「レンジャー数人と、家柄の良い者のうち数人に限られます。」
そうか、地図を描くって、特殊技能なんだな。
考えてみれば、俺だって、ピンクがいなけりゃ怪しいもんだ。
「よろしい!各中隊、斥候を得意とするレンジャーやニンジャと、絵心のある者を選抜してくれ。その二人を組ませて地図を作成する。」
初日の夕方には、まずまずそれなりの地図が仕上がっていた。
彼ら全員に、ピンクの「模範解答」を示し、ポイントを指導する。
カレワラ大隊長の株が上がった瞬間である。
と、ほっとしたのも束の間。
恐れていた事態が早速起きた。
ミーディエ中隊とウッドメル・ギュンメル中隊の睨み合いである。
各中隊長と副隊長、斥候を集めて地図に関するミーティングを開いている間に、夕飯の支度をするよう、指示を出していたのだが。
李紘の部下であるメル中隊が、「ウッドメルの取り分が多くないか?」と言って騒ぎ出し。
ウッドメル隊の者が、「なら、これやるよ」と言って、鶏ガラを数本投げつけたところ。
通りかかったミーディエの一人にうまいこと命中。しぶきでべちゃべちゃ。
頭に来て投げ返した被害者が強肩だったために、ギュンメル隊の一員が顔に青あざをこさえて激昂。
ケンカはまずいと思った仲間が、そいつをなだめる為に言った言葉が悪かった。
「ガラを投げるたぁ、まさにミーディエの骨なしチキンだぜ!怪我するわけねえんだから、お前も大げさに騒ぐなよ!」
剣を抜くのを必死で自重する仲間のために、ミーディエから援護の野次が飛び。
「骨はあっても毛が足りぬ、それが猪突猛進のギュンメル産イノシシだ!相手にするな!」
その言葉にギュンメル隊が剣の柄に手をかけたところを、ウッドメル隊が前に出てかばって。
……という顛末を、学園中隊の一人がそっとご注進にやって来たという次第であった。
どうするよ。
とりあえず叱り飛ばさんことには……。
などという迷いを顔に出してもいけないんだよなあ。
「調理をしている者以外は整列せよ!何事か報告を!」
強い口調で、無表情で。
最初に名乗り出たのは、ミーディエの「べちゃべちゃ」であった。
「何でもありません!鍋の扱いを誤り、頭から被りました!周囲の者は、囃し立てていただけであります!」
めちゃくちゃな言い訳を。
でも、そう言えば。「ウッドメルやギュンメルと騒ぎを起こしたら、サラの責任にするぞこのヤロー」ってプレッシャーを事前にかけていたのは、俺だった。
やっぱ機転が利くわ、ミーディエ隊。
で、ギュンメルの「青あざ」に思わず目を留めてしまった。
目が合ったせいで、おたついている。
しまった、見なければ良かったか?
「私が鶏ガラを鍋から引き上げようとしたところ、この者が近くにいて、怪我をさせました!」
最初に投げたウッドメル隊員か。ウッドメルも、頭は回るようだな。
よし、お前は「鶏ガラ」だ。
コードネーム(?)はともかく。
あくまで、調理事故として報告すると決めたんだな?それならば。
「分かった!君たち3名は、鍋の正しい使い方を知らぬようだ!罰として5日間、鍋洗いを命ずる!」
李紘が、一歩前に出た。
「我が隊にも、鍋の使い方を知らぬ者がいた模様!食事の後までに調べて合流させます!」
最初に騒いだ連中を処罰する、か。悪くない。
そいつらのコードネームは「ガヤ」だな。アルファ、ブラボー、チャーリーで。
ただ、このままではまずい。
学園隊だけが浮くわ、これじゃあ。
「申し上げます!自分は鍋の使用法を知りながら教えませんでした!」
報告に来た、君か。
軍隊では、密告はタブーだもんな。密告とまで言えるかどうか分からんが。
ともかく、さすがは学園の生徒。各中隊、歩調をそろえる必要があると感じてくれたか。
同窓だということが、誇らしくなる。
「よろしい!君も同罪である。鍋洗い5日を命ずる!」
お前のコードネーム(というか、俺が勝手につけているあだ名)は……「タレコミ」はあんまりだし。どうしよう。
よし、「たれ目」で行こう。ちょうどいい。
「諸君、以後は気をつけるように!」
幹部は、集まって食事をする。士官とは、そういうものだ。
まあ俺たちは俺たちで、コミュニケーションを取らなきゃいけないし。
ウッドメル・ギュンメル中隊とミーディエ中隊の副隊長が、敬礼を見せる。
ケンカと認定すれば、隊長であるセイミやサラの責任を問わなくちゃいけなくなる。それを避けたことへの感謝か。
「ん。」とだけ言って、敬礼を返す。
塚原先生が、「ん。」で会話を済ませる理由が、そこはかとなく分かったような。
「ジャック。」
「分かってるよ、大隊長どの。あいつ(たれ目)へのフォローだろ?そんなことまで心配するな。俺に任せとけって。」
「そうだったな。任せる。」
「やるじゃん、ヒロ。ウチに来てサ……は、マズイな。あたしをファッk」
言葉を終える前に、サラがすかさずパンをティナの口に突っ込んでいた。
ナイスフォロー。付き合いが長いってのがよく分かるよ。
「見てたよ、ヒロ君。見事なもんだ。」
「ジョーさん!?あれは、最初に発言したウッドメル隊の彼(べちゃべちゃ)の機転ですよ。私は乗っかっただけです。」
「憎いね、このこの~。」
どこまでも、おっさん臭い。
ちょうど鍋も運ばれてきた。
ジョーさんもご一緒に……と、彼に顔を向けた俺の背後で。
ガシャン!
何事かと振り返れば。
その鍋が、倒れていた。
すぐにフォローした者がいたので、こぼれた量は大したことがなかったけれど。
「レオ!お前はまた……」
「すみません!李隊長!私も鍋洗いをいたします!」
あの鍋洗いは、実質はケンカの処罰だって分かって……いないのか?まさか。
いずれにせよ、間が悪い。
「鍋の使用法を知らぬ」という建前で処分を決めた直後に、本当に鍋で粗相をするヤツがいるかよ!
勘弁してくれよ、本当に~。
「良い!下がって君も食事を取るように。」
「あの、鍋洗いは……。」
「大隊長殿の命令が聞こえなかったか!必要ない!下がれ!」
「締まらないねえ。」
そう口にするジョーの目は、意外にも笑っていなかった。
「彼、レオ君か。いつもああなのかい?」
「いつもあの調子です。物覚えは決して悪くないのですが、とにかく、間が悪くてツキが無いんです。申し訳ありません!私の指導が至らず……。」
「君の指導は間違っていない。鍛錬場でも、部隊のみんなを見てたから知ってるんだ。立派なものだよ、李紘くん。……いや、ゴメンゴメン。さあカレワラ大隊長殿。食事開始の命令をお願いするよ!」