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第八十三話 演習へ その4

 


 学園では、7月いっぱい授業が行われる。

 平日には、また寮にとんぼ返りして、参加メンバーに役職を割り振っていく。



 学園メンバーの統率は、ジャックに任せることにした。

 

 「ナイト」から「竜騎士」に名乗りを変えたスヌークには、本隊との連絡将校をお願いする。

 小柄なスヌークは、重装備を諦め、体重の軽さを活かした軽装騎兵へと方針転換していたから。

 変な力みが抜けつつあるのは、いいことだと思う。


 ヒュームとキルト、ノブレスには、俺付きの副官を頼んだ。

 キルトにはミーディエとのつなぎ、ヒュームにはメル・ウッドメルとのつなぎの役割も任せる。

 トラブルを避けるため、あえて「縁が無い」家との担当にする。


 ノブレスは、副官ではあるが……目の届く範囲に置いておく、という意味合いが強い。

 うろちょろされて、「ご近所トラブル」を起こしでもしたら、困るから。

 彼とも長い付き合いになりつつある。今なら、取扱説明書を作れそうだ。



 こうしてスタッフとラインを配置してみて、思う。

 これが、人の縁。

 あるいは、コネ。



 出世が約束されている学園の生徒だから、「必死さ」「生々しさ」を感じずに済んでいるけれど。

 「俺と交流がある者は、『いい思い』をしている」ということもまた、確かなわけで。

 

 ……

 やめやめ!

 みんな優秀だ。副官や中隊長を任せるに足る。

 それだけのことだ!

  

 7月の強い日差しは辟易ものだが、ねっとりとした雑念を蒸発させるには、もってこいだ。

 あえて日影を通らず、堂々と道の真ん中を行く。

 

 だが女子寮の前に立って、気づく。

 呼び出したのはサラとティナ、クリスティーネ。

 これもまたひとグループ、「ミーディエ閥」だということに。

 その形成に、自分が一枚噛んでいたということに。

 

 結局、人の縁に頼らなくては、何もできない。

 変に嫌がる方がおかしいということか。……そういうことね、モリー老?

  


 

 「ティナとクリスティーネ、ほか参加を希望する女子は、学園メンバーから離れて、ミーディエ隊のサラについてもらおうと思っているんだ。」


 「女子は一ヶ所にまとまってもらう、ということですか。」


 「そういうことだ、サラ。……取り纏めは、クリスティーネに任せていいかな?」


 「分かりました。サラ様と、ミーディエと、学園のつなぎ役。努めます。」


 「で、ティナは、サラに直属してくれ。……サラ、ミーディエ隊の幹部から、許可を得られるかな?」


 「言う事を聞かせることはできます。ただ、感情的にどうか、となると。」


 「今回はさらに、ウッドメルと肩を並べるという問題がある。統制を取るためにも、顔合わせをお願いできるかな?」

 

 「側仕えを納得させるためには、あたしも腕を見せるしかないしねえ。良いじゃないか、ヒロ。だがね、武家は頭を押さえりゃ、それで回るんだよ。サラを組み敷いちまえばいいのさ!」


 サラが裏拳を飛ばす。両手で受けたティナの二の腕に、力瘤が膨れ上がった。

 やっぱ説法師(モンク)は怖い……けど、怯えた顔とか見せちゃいけないわけで。


 「おいティナ、主人を売るようなヤツに側仕えは勤まらないぞ?」


 「忠告どうも。そのサイズじゃあ、誰も従いそうになかったね。悪い悪い。」


 「言葉には、気をつけてくださいね?私もヒロ先輩も、上官なんですから。」


 「上官かあ。じゃあ、ヒロが『やらせろ』って言ったら、従わなくちゃいけないのかい?」


 「いい加減にしないと、演習メンバーから外すぞ?」


 「そうそう、それぐらい怒鳴れよ、ってね。」




 顔合わせのために訪問した新都のミーディエ屋敷は、極東道政庁の東隣に建っていた。

 学園から見ればほぼ真南、天真会極東総本部からは西、並木街からは北。

 「在外公館」としては、文句無しの一等地。


 だが、ミーディエ辺境伯家としては、不満があるらしい。


 「川沿いに、小さな港湾施設込みで改築したかったのですが、差し止められたそうです。」 


 極東道政府の差し止め、実質はメル家の横槍。

 サラは言外に、そう告げている。


 だが、この件に関する限り、メル家は意地悪をしたわけではないのだ。

 その地域の川沿いは、軍事施設として開発される予定だというだけのこと。


 とは言え、ティーヌ河以外に新都への交通手段を持たぬミーディエとしては、困る。

 極東道南東にある、「公共施設としての港湾」しか使えないのでは、不便でもあり、有事のことを考えれば問題も大きい。



 「憶測に過ぎないけど。『荒河との合流地点より南側、学園の北北東』だったら、許可が下りるんじゃないかな。今の屋敷を『上屋敷』として、そこに『下屋敷』を建てるのなら、行けると思う。」


 「学園の東に港を作るとは聞いていましたが。なるほど、どちらかと言えば南よりも北が空くと。……ヒロ先輩には、借りを作ってばかりですね。統制の件、任せてください。」


 「ヒロ、十騎長ってのは、そんなことまで知ってなきゃいけないのかい?」


 「千騎長以上を目指すなら必須ですよ、ティナ先輩。百騎長でも、持っていて損する感覚ではないはずです。」


 「貴人の側仕えとしても、な。千早もこれぐらいのことには頭が回るぞ。」




 ミーディエ三人娘に、ヒュームとキルトを連れて訪れたミーディエ屋敷では、思っていたよりは、すんなりと話が進んだ。


 俺やティナ、クリスティーネの情報をしっかりとつかんでいたから。

 「ミーディエは諜報を好まない」というヒュームの評価には、少々バイアスがかかっていたようだ。


 ミーディエ辺境伯は、諜報を好まないのではない。

 「裏の諜報」や、「必要以上の情報」を好まないだけであったのだ。

 

 「領邦を例とするか。国力とは、つまるところ人口と生産力、ならびに社会の風紀である。区々たる情報を集めても、惑わされるばかり。表に出ている情報さえ集めていれば、大きな判断を誤ることはない。」


 ……それが、我らが主君の言葉です。

 ミーディエ屋敷の責任者は、―要は「新都駐在公使」だが―誇りに満ちた顔で、俺たちにそう告げた。


 ミーディエ辺境伯、決して無能ではない。政治経済に明るいことは、誰しもが認めるところ。

 どうやら、腹も据わっているようだ。

 器量人・故ウッドメル伯爵の親友であったと言うのも、頷ける。

 ただ一度の失敗が、「よりにもよって」の場面で出てしまったというだけのことなのだろう。

  


 「感服いたしました。」


 口を突いて出たのは、正直な感想。


 公使が穏やかな笑顔を返してくる。


 ミーディエの流儀に従い、「表に出ている情報」をまとめるならば。

 ヒロ・ド・カレワラ十騎長の人間像は、以下のようになるはずなのだ。


 フィリアの側近・メル家の客でありつつ、ミーディエとは因縁が無い少年。

 叙事詩「ウッドメル大会戦」で、ミーディエを貶めなかった少年。

 他流試合で、サラに対して無礼を働かなかった少年。


 で、実際に会ってみると、やけに古風な挨拶で、辺境伯に敬意を示す少年。

 向こう意気と、毛が何本かは足りぬようだが。


 排除する理由は無い。

 「政のトワ」ならば、そう判断してくれるに違いない。



 それでも、同席した武官は、「腕を見せて欲しい」と言い出した。


 たとえ「政のトワ」の観点から合格点が与えられる少年だとしても、「辺境伯家」としては、それだけでは、不安なのだ。

 できの悪い指揮官のせいで、サラお嬢様の初陣にケチをつけられては、たまらないから。

 ミーディエ家は、もう二度と、戦場での失態を犯すわけにはいかないから。


 「初陣と、ファンゾ遠征の成功。カレワラ様は、統率の経験はお持ちでしょう。しかし、隊内トラブルを抑止するのは、やはり『腕力』です。」


 「控えなさい。ヒロ先輩が、戦斧を装備した私に木刀で勝利を収めていることは、承知のはず。」


 「ひと当てして実感できねば従えぬ。それが武家であること、サラ様もご存知でしょう?なればこそ、自ら挑まれたはず。『下の者に見せる必要がある』のです。」


 つっかかってくる感じではない。

 最後のひと言が本音ね。上層部は情報を持っているけれど、「下」はそうも行かないと。


 「こちらからお願いしようと思っていたところです。」


 「それでは、早速。……対戦相手ですが、数打ちの武器・防具で手柄を立ててきたベテランです。」


 数打ちだから、壊しても構わない。朝倉を使って派手にやれ。

 その代わり怪我をさせないでくれよ?

 ……と、いったところか。

 

 「委細、承りました。」 

 

 「話が早くて助かります。演習でも、どうぞよろしく。」

 

 やはり軍人貴族は率直だ。

 ただ、同じ率直でも、李紘の部下とは趣がだいぶ異なる。「話が通じる」のだから。

 まあ、ミーディエの精鋭とメル家の「吹き溜まり」とを比較してはいけないのだろうけれど。



 試合そのものには、特筆すべきことはなかった。

 盾を断ち落とし、剣を斬り飛ばして、収める。

 

 いつだかレイナが言っていたっけ。

 「さりげなくしている方が、凄みが出る」とか。

 その言葉を意識して、郎党衆を睥睨したりしないように、気を配る。

 こういうところも、李紘の部下を相手にするのとは、やり方を変えていかないと。


 

 無事に顔合わせを終えたところで、駐在公使から話しかけられた。


 「ミーディエの郎党は、いかがでしょう。」


 「精鋭の名に恥じぬ、規律正しい軍人かとお見受けしました。確かにお預かりいたします。」


 ん?

 顔が、緩んだ?


 「万事、お任せいたします。規律を遵守し、指示にも全て従いますが、名誉に関わる問題となれば、立たざるを得ません。ウッドメルの手綱捌きを間違わぬよう、くれぐれもお願い申し上げます。」


 くっそ。

 「預かると言ったな?素直に従ってやる。かわりに、トラブルの責任はお前とウッドメル持ちだからな」ってかい。


 やられた!

 最初から最後まで、笑顔で気分良く応対している「ように見せていた」だけか。

 李紘の部下とはまた別の意味で、やっぱこいつらも面倒くさい!



 公使め、ほくそ笑んでる。腹立つなあ。

 そういうことなら。 


 「サラ君。隊内の統率は、君にかかっている。遺漏あれば、軍法に従って処断されるということを、忘れないように。」


 なんなら粗探ししてでも、責任をサラに押し付けるぞこのヤロー。


 公使め、青くなった。

 よしよし。



 「ヒロもだいぶ馴染んできたわねえ。」


 俺にだけ聞こえてくるアリエルの声は、少し機嫌が良さそうだった。

 

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