表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

315/1237

第八十二話 下から見ると その3


 「本当に、締まりませんわねえ。フィリア様のおっしゃる通りですわ。」

 馬車の中でも、クレアのお説教。


 「足踏むことはないだろう!?」


 「『痛くなければ覚えませぬ』と申しますでしょう?それに……あ、いえ、下の者の憂さ晴らしと思ってください。」


 「どこまでも、いじられ役か。それはそうと、何か食べてから帰ろう?」

 

 俺の奢りで。

 いや、「奢り」なんて言葉は、この社会・このメンバーでは、あてはまらないのだと思う。

 当然俺が負担するのである。


 

 「並木街で、お茶でしたら、あのお店が……御者さん、そこで止めてください。」

 

 お昼は、ブルグミュラー商会でいただいていた。

 時間帯としても、ちょうど「お茶」といった頃合。


 馬車のメンバーは、異世界人、郊野出身、ファンゾ者、王都育ち。

 新都一番の商業地・並木街を知るオシャレ女子は、クレアだけだ。


 「あるじが指定しない限りは、従者が店の段取りをつけることになります。皆さんも、新都のお店を、押さえておくように。」

 

 従者も従者で、覚えることが多いのね。



 俺のテーブルマナーに、お珠とデニスは意外そうな顔を見せていた。

 失礼な!こちとらアリエルに80年前の古式ゆかしき作法を叩き込まれたんじゃ!


 おうピーター、何か言ってやれ!

 ……って、お前もテーブルマナーでいっぱいいっぱいか……。



 「こういうところは、隙がないのですよね、ヒロ様は。」

 

 「なんか引っ掛かる物言いだね、クレア。……いや、構わない。正直な感想を聞かせて欲しい。」


 「アンバランスなのです。しっかりしているところと抜けているところの差が大きすぎて。『上』の方々にはご愛嬌に映るのかもしれませんが、『下』からすると苛立ちを感じます。」

 

 叩き込まれたところだけは、しっかりしているのです。

 つまりは基本、間抜けであると。

 ともかく、大事なのはそこではなくて。


 「苛立ちって?」


 「どう言えば良いでしょう?」


 「『そこに居てください、降りてこないで。こちらは私達の居場所ですから。』という感じでしょうか。」


 お珠?


 「抜けていることは構わないのだと思います。それは下から見てもご愛嬌です。ただ、『品が無い』、いえ、下品さではありませんね……その、『威厳が無い』姿には、どうしても抵抗を覚えます。」


 デニス?


 「腰が軽すぎます。武人ですから、戦場では身軽でも良いのかもしれませんが、その……。どうか、ネイト館にかかっている、公爵閣下の肖像画のように。『丈夫(おのこ)はああでなきゃおんね』と思います。」


 ちょっと興奮したのか、方言が出ている。


 メル公爵。フィリアとソフィア様の、父親。今年51歳だったか?

 どうやら、お珠には、理想の男性に見えているようだ。

 14歳にしては、渋好みですこと。

  

 大剣を地面に突きたて、その上に両手を重ねた、雄偉な威丈夫。

 銀色の長髪を風になびかせ、真っ直ぐに正面を見据える武将。

 額は秀で、眉太く、がっしりと張った顎に、これまた白銀の美髯。

 それが、肖像画に描かれているメル公爵である。

 

 「公爵閣下、どれぐらいの体格なの?」


 「あの肖像画は、かなり精確に描かれています。2m近い、いえ、越えていますわね。アレクサンドル様よりは、頭ひとつ大きく見えます。胸板厚く、腕は太く。下手な説法師よりも力強い、まさに武人の棟梁です。」


 アレックス様を「かわいがった」って聞いたしなあ。

 婿殿の側には遠慮もあったんだろうけど。



 「ヒロ様は細すぎます。ちゃんと食べていらっしゃいますか?」


 お珠よ、おまえはお祖母ちゃんか。

  

 「心配しなくても、大食いで有名になるぐらい食べてるよ。千早に聞いてみ?」


 「お珠、男性の身体に厚みが増してくるのは、30歳ぐらいからだそうですよ。アレクサンドル様も細身でいらっしゃるでしょう?」


 「細い男性は、好みではないのです。想像すると鳥肌が立ちます。」


 鳥肌って。言い過ぎだろ。何を想像してるんだよ。


 「いや、お珠。それなら、がっしりした彼氏を作ればいいじゃないか。」


 「千早様を差し置いて、先に殿方を作るなど。それに、ヒロ様の『お相手』をする可能性もあるからこそ、せめて好みに合わせていただきたいと申しているのです。」


 お茶を吹いてしまった。

 正面に座っていたクレアの目の、冷たいこと冷たいこと。


 「何言ってんの?」


 「ヒロ様と千早様が一緒になれば、そういうことはあり得ますわね。諸般の事情で、あるじがお相手できない時に、侍女がお相手を務める。」

 

 ハンカチで顔を拭いつつ、クレアも爆弾を投下してきた。



 「ヒロ殿?」


 モリー老。分かったからその槍を下ろそう?なっ?


 「冗談にござるよ。なれど、あり得なくは無い。千早がこのまま出世しすぎてしまうと、『本人は位が高いゆえ、相応の相手を選ばねばならぬのに、実家の力が弱いどころか、そもそも家が無い』という、嫁入り婿取りにはまことに難しい状態に陥るゆえ。まして、武人であの馬鹿力となると。」



 モリー老の声が聞こえていないはずのクレアも、似たようなことを言い出した。


 「まあ、お珠も半ばは冗談で言っているのですよ。ただ、下の者は、『あるじの周囲にいて、連れ合いとなる可能性がある異性』には、アンテナを張り巡らせておく必要があることも、確かですわね。」


 半ばは本気なわけね。

 何がどう転がっても、鳥肌ものとまで言われたら、そういう気にはなりません!


 「フリッツ様もそろそろというお年ですが、まだまだ嫁取りの話はできません。春にドメニコ・ドゥオモ様とお友達になって、『ああなりたいものだ』とおっしゃっていました。ドゥオモ家のレベルになれば、引く手も数多なのでしょうね。」


 思わず、クレアに目が向かう。

 あれ?俺だけ?

 ああ、従者3人組は、まだ事情を知らないのか。

 

 机の下で、また足を踏まれた。

 ぐりっと。

 だから痛いって!


 「下世話に流れすぎましたわね。上の方にお聞かせする話ではありませんでした。」


 「気をつけないと、ヒロ様はすぐにこちらに降りてきちゃうんですよね。」



 まさに「下」、足元から声が聞こえてきた。


 「全くだ。気をつけたまえよ?」

 

 私が下世話なのは、半ばはあなたの影響なんですけどねえ? 

 好奇心の女神さんよ!

 


 


 「会長とクララ殿は、いかがでござった?」


 「会長はますます気力充実といった趣だったよ。クララさんも、赤ちゃんも、元気そうで。名前はヨハネス、男の子だ。……その、『今後もよろしく』ってさ。」

 

 「ああ、そうでした!私たちも行けば良かった。今度、お祝いを持って会いに行きましょうか。ええ、『今後とも、よろしく』お付き合いしていきたいものですね。」


 フィリアが俺を見て、頷いた。

 委細承知、か。ベルンハルト父さんも、安心だろう。



 「お祝いと言えば、2人にも、昇進のお祝いをって。預かってきたよ。」


 「実用品では、ブルグミュラー商会に勝るところはござらぬ。」


 「軍への卸などは、お願いできないのでしょうね。あくまで個人向けの小売り、という姿勢でしょうから。」


 

 「ご歓談のところ、失礼致します。フィリア様、千早様。ヒロ様について、報告いたします。」


 おい、俺の「あるじ」スキルの採点をクレアに頼んでたわけ?

 何をどう評価したのやら…


 「ヒロ様は、Mではなさそうです。足を踏んでも喜ぶ素振りは見られませんでした。ただ……。」


 そっちかい!


 「ひとのSっ気を誘発するところは、あるかもしれません。」


 

 「なるほど!『Mと言われればそうかも知れぬが、何か違う』と思っておった。これは的確にござる!」

 

 「クレアに任せて、正解でしたね。」



 「ヒロ君は、ひとのSっ気を誘うって?これは僕のお仲間かも知れないねえ。」 


 え?あなたは……。

 お久しぶりです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ