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第八十二話 下から見ると その2


 「なるほど、それで皆さんをご紹介いただいたわけですか。」


 「ええ。今後は、彼らを通じて買物をすることが増えるかも知れません。」


 「メル館に来ていただくわけには?」


 「デニスさん、当商会は、少なくとも今しばらく、貴族への出入りには手を出すつもりがありません。いろいろと厄介ですので。」


 目を見開いたピーターに、ブルグミュラー会長が目敏く気づいた。

 「そちらは、ヒロ様の……。何か疑問がおありですか?」


 「私の従卒は商家の出です。……ピーター、説明を頼む。私も聞きたい。」


 「いえ、商家にとって貴族への出入りはひとつのステータスと言いますか、商機と言いますか、いずれにせよ、飛びつくのが常識と思っておりましたもので……。まして、これほど大きな商会ならば、すでに手を出していて然るべきかと。」


 「しっかりした方を迎えられたのですね、ヒロ様。」


 「私には欠けている感覚を補ってくれています。……ハンスのように。」


 「その名を覚えていていただける。」


 「決して忘れません。忘れようもありません。」


 「ピーターさんが微妙な顔になってしまわれましたね。失礼しました。……ピーターさん、貴族への出入りに名乗りを挙げるとなると、仕入れ先から再検討の必要が出てきます。お屋敷に直接赴く時間が私にはありませんので、従業員を行かせることになりますが、そうなると礼儀作法の教育をするか、万全を期するならば、もともと素養のある者を雇い入れる必要が出てきます。」


 「ええ、それで苦労するとは伺っております。しかし、こちらのように大きな商会であれば、それをする余裕がおありではないかと。それにその、何かあっても大丈夫ですよね。」

 

 「『何か』とは?ピーター。」


 「はい、マスター。その、トラブルと言いますか、中には性質の悪い家もあって、品物に難癖をつけるのです。迷惑料で小銭稼ぎをするような貴族もおりますので……。商家としては、名前を売り、格式を買うための『貴族への出入り』ですので、出費は覚悟します。我慢の時というわけです。」

 

 「大きな商会であれば、迷惑料も負担にならないと言うわけか。」


 「は、マスター。……加えまして、メル家や、その直参に近い各家であれば、そのように下品なことをするわけもありませんので、何も不安はないはずだと思ったのです。」


 デニスの視線を感じたな、コイツ。

 ブルグミュラー会長も笑っている。 


 「ハンスよりも、よほど頼りになりそうな方ですね。……ええ、ピーターさんのおっしゃる、そうですね、『バッファ』は、当商会にもございます。ただ、やはり煩わしいのですよ。今のところ当商会は、庶民向けの生活用品で回せておりますので。本業重視というわけです。少なくとも、息子にそちらの経験を積ませるまでは、格式は不要と考えております。」


 虚名は不要、か。

 腹が据わってるわ、やっぱり。


 「……ご納得いただけていないようですね?」


 ピーター?


 「説明せよ」の言葉を言わなくても、視線で分かるようになってきたらしい。

 ピーターが即座に口を開いた。 


 「いえ、ブルグミュラーという家名をお持ちでもいらっしゃいますし、やはりこの規模になりますと、格式はおのずと備わっていらっしゃるのではないかと。」


 「ははは、これは失礼。ヒロ様がご出世されたのに当てられて、格好つけて見得を切ってしまったかもしれませんね。『私は庶民として立つのだ』と。年甲斐も無い。……いえ、家名は若い頃に、少し無理して買ったものなのです。」


 家名を買う。

 正確には、没落貴族にお金を渡して、養子縁組することを言う。

 

 「それで、仲間内で変に浮いてしまいましてね。たかが行商人が、家名を持ってどうするんだというわけです。資金繰りは苦しくなるし、散々な目に遭いました。」


 この人にも、そんな失敗談があったのか。


 「格式や名誉といったものが悪いというわけではありませんが、実力も無いのにそれを求める心は、危ういものだと思っております。私の代では、まだ早い。そういうことですよ。貴族への出入りは次代から、です。」


 「こちらに来るたび、勉強になることばかりです。」


 「ありがたいお言葉です。……クララ!」



 奥さんのクララが、赤ちゃんを抱いて入って来た。


 「息子のヨハネスです。弟の名から取りました。」


 ヨハネス。

 そうか、亡くした弟さんと同じ名前だったのか、ハンスは。

 ヨハン司祭といい、つくづくこの名前には縁がある。


 「引き続き当商会にお目をかけていただければ。」 

 

 ベルンハルト・ブルグミュラー、50代。

 期待を渾身に込めて俺に対峙する男は、父親の顔をしていた。


 「良い名です。この縁は大切にしたいと思っています。」

 

 「これに勝る幸いはございません。」  

 

 ちょっと気合入れすぎたかな。


 「元気な赤ちゃんですね。千早とフィリアにも、伝えておきます。」 


 ブルグミュラー会長も、ちょっと気恥ずかしかったみたいだ。

 慌てて商売の話を始めだした。


 「行商の友100個、確かに学園にお届けいたします。……そうそう、大事なことを失念しておりました。ヒロ様、十騎長ご就任、おめでとうございます。当商会には、『つまらないもの』しかございませんが……。」


 「去年のこと、まだ根に持っていたんですか!?」

 

 「いえ、先ほどのお話ではありませんが、貴族向けの贈答品を扱っていないのです。本当につまらないものですが、どうか、お納め願います。」


 高級、というか高機能そうな、靴下だった。

 助かるんだよね、こういうコモディティ。

 特に足回り……靴や靴下の大切さは、武術を始めてからよく分かるようになった。

 道場では裸足だけど、行軍となると、痛感する。


 「これは、ブルグミュラー商会ならでは。軍人貴族への出入りなら、今すぐにでも喜ばれると思いますよ?」

 

 正直な感想。

 社交辞令としても、満点のはず。

 

 「あがっ!」


 足を踏まれた。

 クレア!?何がいけないの?


 品物を受け取ろうとした肘を、絞るようにして捕らえられていた。

 その間に、会長がピーターに、箱を渡している。


 ああ、荷物やお金の受け渡しは、従者の仕事と……。



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