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第八話 おとな その1


 夜が明けた。


 フィリアと千早は、聖神教の神官として、また天真会の会員としての仕事を頼まれていた。

 霊能方面ではなく、「知識を有する者」としての仕事である。

 

 村の人間では治せない病気についての助言、薬などに関するここ数年の新たな知見。

 里では何か便利な道具が発明されていないか、経済や社会情勢はどうなっているか。

 

 浄霊師(エクソシスト)であり、説法師(モンク)であるとして、それぞれの教団から認められるだけのもの。

 学園が、実習に出して良いと判断するだけのもの。

 二人は、それをすでに身に着けている。振る舞いはすでにおとなであった。



 その頃俺は、ハンスの荷物を売り捌こうとしていたわけだが……。

 実際のところ、困り果てていた。


 塩は文句なく売れ筋であった。

 「何なら全部買い取ってもいい。」

 そう、「鷹の翼」は言う。

 おまけのように持ってきた生活雑貨も、高評価を得た。何でもないようなナイフや火口箱、ちょっとした布製品などは、山の民では生産できないものであったから。


 ハンスは、大喜びしていた。

 初めての行商で、自分の見立てや仕入れが完璧に当たったのだから、無理も無い。


 ただ、問題もあった。

 山の民は、あまり貨幣を持たない。

 山の民同士、あるいは里に出て行くときでも、物々交換をすることが多い。


 そのため、塩の対価を支払おうにも、持ち合わせの貨幣が足りないのだ。

 「何か、俺たちの手持ちの『良い物』と交換できないだろうか。」

 鷹の翼は持ちかける。


 さあ大変である。

 持ち込まれる物の価値を鑑定しなければならない。

 行商に出て、まさかそちらの能力を試されるとは思っていなかったハンス、仕事ができてうれしいやら、鑑定間違いがあってはならないので緊張するやら。

 いざ鑑定しようと思っても、幽霊のハンスは自分の手で触って確かめることができない。そのもどかしさに、身をかきむしらんばかりにして悶えている。


 「執着が、思いが足りないのか!震えろ俺の右手!燃え上がれ俺の商魂!」

 半ば錯乱気味である。

 

 使役されている霊が悪霊化することがあるのかどうかも含めて、鑑定のためにはフィリアや千早の知恵も借りるほうが良さそうだ。


 「取引については、俺たちがここを出るまでに決める、ということにしないか?」

 そう、持ちかける。


 「そうするか。まだ何かあるかもしれないし、後で獲物が手に入るかもしれないからな。」


 仕事がひと段落したので、フィリアと千早と合流し、集落を散歩した。


 山の民一族もここに移動してきてまだ日が浅いらしく、今日のところは狩に出ることもなく、荷物の整理や家畜の世話、道具類の手入れをしている。

 

 

 「待てー!」


 子供の声に振り向く。

 大きな白い犬が飛び込んできた。

 

 「こら、タロウ、だめじゃないか!」


 遅いよ、坊や。

 タロウはもう俺に飛びついて、ウレションしてるよ。

 フィリアと千早が距離を取る。ハンスも「エンガチョ」とか言いながら飛びすさる。

 お前幽霊なんだから、かからないだろうに!


 それにしても、この「タロウ」、幽霊犬「シロ」とそっくりである。

 間違いなく親子か兄弟だ。……でも、事情をこの子に聞くのはなあ。

 

 子供が駆け去ったところに、ちょうど「梟」が通りかかったので、聞いてみた。

 あの犬、「タロウ」には兄弟がいなかったか、と。


 「ああ、いた。ジロウという名前だ。なぜ知っている?……見たのか?」


 そうだ。そう言ってうなずくと、フィリアと千早も近寄ってきた。……まだいつもより距離をとってはいるが。


 「俺たち山の民は、犬と共に過ごす。子供には良き兄であり、おとなには良き友であり、老人には良き孫となる。今の子供は、『猪』と言う。タロウとジロウは、『猪』の父である、『大猪』の犬だ。」


 言葉を切る。

 

 「お前たちも会っただろう、大きな獣だ。俺たちはあいつ等を『大足』と呼んでいる。『大足』は、本来ならば山の深いところにいる。人の近くには滅多に現れない。ただ、お前らも会ったあいつは、『はぐれ』だ。普通の『大足』とは違い、体も大きく獰猛で、人を恐れない。」


 「大足」、か。

 そこに目をつけて、名前を付けるんだ。


 「危険でもあるし、狩の邪魔にもなる。俺たちは『はぐれ』を狩ることにした。が、あいつの方が一枚上手だった。追い込みをかけている途中で回り込まれ、『大猪』は怪我を負った。タロウは『大猪』をかばい、必死に村へと連れ帰り、ジロウはその時間を稼ぐために『はぐれ』に立ち向かったそうだ。……してやられた俺たちが追い着いたと見るや、『はぐれ』は逃げ出した。最後まで噛み付いていたジロウは振りほどかれ、崖の下に落ちていった。その後どうなったかは分からないが……。死霊術師(ネクロマンサー)であるヒロが見かけたということならば、もう死んでいたということか。」


 こちらからも言い添える。

 「俺たちに会った時も、俺たちをその『はぐれ』から逃がそうとしてくれたんだ。その後で『はぐれ』に噛み付いていた。」


 「やはり、無念なのか。俺たちが『はぐれ』を倒さないと、ジロウも安らげないのか。」

 顔を見られたくないのだろう、「梟」は、「すまんな。」と言い捨てて大またに去っていった。

 

 

 三人で顔を見合わせたその時、集落の真ん中から、呼び声がした。

 「ご飯にするよー!」


 しかたない、この話はまた後だ。

 そう思って、帰ろうとしたところ。

 

 「ヒロ殿。」

 「服を洗ってください。」

 

 あれだけ「梟」の話に聞き入っていたのに、よくぞまあ覚えているものだ。




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