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第八十話 薔薇の季節の終わりに その5


 

 「え?自殺?」


 「遺書があるそうだ。……神学の徒が、主の教えを何と心得るか!過ちは生きて償うものであろうが!」


 カルヴィンは、強い。

 ため息が出るほどに。


 「読みます。」 


 フィリアは、あえて抑揚を殺していた。

 感情の昂ぶりを防ぐため?いや、事実関係を精査するためか。  




 「集金は、元は自殺したとされた○○(以下、Aとする)の、悪戯でした。」


 Aは、決闘クラブの一員。

 「体育会的悪ふざけ」で、仲間からお金を巻き上げていたのだ。


 この社会は、現代日本に比べて、「大らか」なところがある。

 日本に寄せて表現するならば、戦前の「バンカラ」が生きている社会。戦後直後的な野性味が溢れる社会。

 

 「募金お願いします~」と言って仲間を騙して、大笑い。

 それぐらいは、「しょうもない悪戯」でお互いに済ませるような空気は、ある。

 

 が、それでもここは神学校。

 そういう行いは、文句無く犯罪行為。不祥事。

 

 ともかく。

 フィリアが、手紙を読み上げていく。



 私は、Aと付き合っていました。彼は、前の恋人との関係を清算してくると言って……そのまま帰って来ませんでした。自殺のはずが無い。それなのに、ろくな調査もされず、自殺扱い。前の恋人が誰かは、教えてもらっていませんでしたから、犯人も分からずじまいです。

 私は、Aの行動をまね、エスカレートさせました。必ず誰かが調査に入ると信じて。教育実習生のマヌエル先生がいらっしゃった時には、「ひょっとして」と思いました。

 案の定、マヌエル先生は、私に目をつけたようです。後は、部屋まで誘導して、そこで全てを話そう、協力していただこうと、そう思っていたのに……。今度は、マヌエル先生が行方不明に。

 今日、マヌエル先生が解放されました。捕り物の最中、褐衣団の者が、「もう終わりだ、Aのことがばれたんだ」と言っていて……。犯人は、判明しました。厳罰に処されるでしょう。

 私のしてきたことも、明確な犯罪行為です。自らを罰したいと思います。それに……あの人が、Aがいない世界で、これ以上生きていくのは、つらいのです。 


  

 

 「……これで、終わりでしょうか。」


 ベンジャミン司祭が、話をまとめにかかったところで。

 慌しく、部屋の扉がノックされた。


 千早と、視線を交わす。朝倉を、引き寄せる。


 「バジルです。失礼致します。報告しなければならないことが、あるのです。」


 「どうぞ。」


 「今朝、死体で発見された××(以下、Bとする)ですが。彼は自殺ではありません!」 


 よほど急いで来たのか、息を切らせている。



 フィリアの声が、低くなった。

 「根拠を。」 

 

 この切り口上、軍人モード。

 こっちの背筋が、伸びてしまう。



 「は、はい。昨晩のことです。Bが、『良かった。自殺じゃないって証明された。犯人がどんな罰を受けたか、Aに教えないと。』と涙を流していました。……危ないとは、思いました。Aの墓前に報告した後は、ひょっとしたらと。でも、昨晩ということは、ありえません。」


 「バジル殿、B殿とは仲が良かったのでござるか?」


 「ええ、親友でした。」


 聞きにくいことは、俺が。 


 「恋人では、なかったんだな?」


 「Bは、Aのことだけを一途に思っていました。私は、Bとそういう関係ではありません。」


 「では、親友として、他に知っていることは?」

 

 「『Aのためとは言え、僕は罪を犯した』と言っていました。」


 全員が、顔を見合わせる。


 「Bさんが、募金詐欺をしていたことを、知っていましたか?」


 フィリアの言葉に、正直で、少々間抜けなバジルが、目を見開いた。


 「まさか!Bが犯人だったのですか!?私はてっきり、その、Bが言っているのは『姦淫の罪』のことかと……。」


 口にした内容の恥ずかしさに、真っ赤になっている。


 「他に、何かBさんから聞いていたことはありませんか?」


 「言われてみれば。『Aを他殺と認めさせるために、危ない橋を渡っている』と。『僕の身に何かあったら……』」 


 「それまで!」


 フィリアの一喝に、バジルが飛び上がる。


 「失礼しました。ここで言うのではなく、直接私達を案内してください。」



 Bの部屋の壁板。その一枚は、外せるようになっていた。

 中に、小さなスペースがある。


 「『ここにあるものを、持ち主に返しておいてくれるか?見れば分かるはずだ』と。」


 「恐らくは、金子にござろうな。」


 「でも、何もないぞ。」


 「他に、知っている者がいた、と。そういうことでしょう。やはり、Bさんの死は自殺ではない。」


 


 「ベンジャミン司祭。」


 シンノスケが、口を開く。

 入り口とバジルを背にして。


 「あなたでは、ありませんか?」



 「何を!?私には、人を殺めることなど……。まして自殺を他殺に見せかけるなど、そのような技を持っていません。」


 「それは、嘘でしょう。昨日、学校長の前に出たヒロを、あなたは咄嗟に止めようとした。通常の感覚なら、間合いに入っていなかったのに。妖刀を帯びたヒロの間合いが通常よりも長いことに、あなたは感づいていた。」


 「私は、武術には素人なものですから。ヒロさんが一歩前に出ただけでも、恐れてしまって。」



 すでにアイリンを背にかばっていたカルヴィンが、シンノスケに代わって口を開く。


 「あの時の動きは、通常の神官のものではありませんでした。聖神教徒が、司祭が、偽証の罪も重ねられるのですか?」


 アホのカルヴィン。

 信仰と武術だけは、「本物」の少年。

 

 「無駄です。そちらの3人は、私より腕が良い。気づいていないはずが、ありません。」


 周囲を見回すベンジャミンに、もうひと言、そのカルヴィンが声をかけた。 



 彼の目の前には千早、後ろにフィリア。

 窓の前に、俺。

 部屋に入った時点で、すぐにそう動けるようなポジションを、取っていた。



 「参った!」


 「殺人を、認めますか?」

 フィリアの目が、ベンジャミンに注がれる。

 

 「いや、私ではない。弁明させて欲しい。」


 「どうぞ。」

 

 「君たちの推測は正しい。私も、密偵だよ。だが、殺人や寄付詐欺のような小さな事件は、管轄外だ。聖堂騎士団員だと言えば、なぜここにいるか、分かってもらえるかな?」


 殺人が、小さな事件!?

 驚いたのは、俺とシンノスケだけ。

 ベンジャミンの一言で、彼が何者であるかに、他の4人は気づいたようだ。


 「異端狩り、ですか。」


 「カルヴィン君。きみは聖堂騎士を目指しているのだったな。正解だよ。元々神学校に貼り付いている、異端審問官の下働き。それが私さ。」


 「それならば、私達について回るのは、おかしいのでは?誰にも気取られぬように、いち教員として振舞うべきでしょう?」 


 「厳しいな、フィリアさん。だが実は今回の件、通常業務とは別に、私もピウツスキ枢機卿猊下からご下命を受けていてね。」


 急に、俺に向き直る。


 「ヒロ君、きみを中心に、皆さんを評価するようにと。そういうことさ。……異端者でもないBを、こんな小さな罪で狩ろうなどとは思わない。私の身体検査や部屋の捜索をしてくれ。お金を持ち逃げしていないことが分かれば、無実が判明するだろう?」



 「後で裏を取らせてもらいますが……。じゃあ、誰がやったんだ?」



 「ヒロ殿、何を申される。あとは一人しかおらぬではござらぬか。マヌエルこと、ジョン殿にござろう?」


 「ジョンさんの、『犯人の顔を見なかった』という証言、裏が取れていません。それが虚偽で、Bさんと連絡があったのでしょうね。」


 「ヒロ君……。『ジョンさんは被害者だ』と、思い込み過ぎてたんだよ……。」


 「昨日見せた、数々の我らに対する配慮、かたじけない。なれど、それで目を曇らせては。」

 

 「千早さん、気を使わせたぶんだけ、私達がフォローしなければ。『女がすたる』と言うのでしょうか?」



 嫌な話を聞かせまい、知られるまいとしていた俺の努力は、何だったのか。

 ため息が出る。


 「2人を子ども扱いするなって、何度言ったら分かるのかしら。しゃんとしてよ!後継者!」


 「アリエル、今回は仕方ないよ。現場見たら、3人もああは頭が回らないって。やっぱりBLは二次元に留めないと。」


 「さよう。役割を分担し、至らぬところはフォローしあう。全てを自分で抱え込もうとしてはならぬ。……なれど。ヒロ殿、感謝いたす。千早には、あのようなもの、見せたくも聞かせたくも無い。」


 「あたしは構わないって言うの!?ひどいよモリー!」


 幽霊たちが、かしましい。

 もう一つ、ため息が出た。


 そんな俺の顔を見たベンジャミン。

 疑いが解けて気が緩み、若僧どもに気づかれていたという忌々しさが胸中にせり上がったか。

 口元が、皮肉な笑みへとゆがんでいく。


 「聡明で善良。しかしいまひとつ、『悪意』についての経験と認識が甘い。そう報告すべきかな、これは。」


 

 「みんな、何のんびりしてるんだよ!分かってるなら早く取り押さえないと!」


 「大丈夫にござろう、シンノスケ殿。」


 「逃げ切るなど不可能です。」


 フィリアと千早は、表情を消していた。



 「天真会に、メル家、ね。密偵(いぬ)には首輪がついているということを、よくご存知だ。」

 

 もう一度、ベンジャミンが、吐き捨てた。 


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