第七話 山の民 その4
歓迎の宴が終わった後、俺はハンスから商売に関する指導を受けた。
たとえば、貨幣。
王国の貨幣は、6種類ある。小銅貨・大銅貨、小銀貨・大銀貨、小金貨・大金貨である。10進法で、非常に分かりやすい。
駄菓子は小銅貨単位、子供の小遣いや安い食事が大銅貨単位。
しっかり食べたければ小銀貨、それなりの服を買うなら大銀貨から。
新都で若者がひと月独り暮らしをするならば、小金貨一枚あればまあ大丈夫。
大金貨はよほど大きな買い物の時しか使わない。それ以上の取引なら、金塊だの為替だの、そういう話になる。
どうやら、小銅貨が10円、大銅貨が100円、小銀貨が1000円で大銀貨が1万円。小金貨は10万円で大金貨は100万円。そう思っておけば大まかな間違いはなさそうだ。
その辺の理解のすり合わせは、まずまず上手く行った。
「異世界から来たと聞いて不安だったけど、ボンクラではないみたいだな。」
それがハンスからの評価。
「頼むよ、本当に。」
気が気ではないようだ。
荷物や帳簿も確認した。
重さの大部分を占めていたのは、塩。単価を聞いて驚く。日本で買う感覚とは、桁のレベルで違っていた。
王国の内陸地域では、確実な売れ筋商品なのだそうだ。買い手の側からすれば、余っていても「余裕がある時に買っておいて損は無い」物でもあり、村全体として最低限の備蓄を考えたりもする物資なので、売れ残るということはまずないと聞かされた。
後は、生活雑貨が少々。ほとんどおまけのようなものだ。
「今回は初めてだし、まずは旅程と需要を調査することが目的だったんだ。塩なら足が出ることはないからな。初っぱなから冒険するなんて、まともな商人のやることじゃないよ。」
自慢げに言ったそのすぐ後で、自分の言葉にダメージを受けていた。
「そうだよ、堅実に行きたかったんだよ。危険は避けてきたのになあ……。思えば俺には昔からツキがなかった。ふた親には死に別れるし、商会でもパッとしなかった。ツキなし才なしなら、堅実に行くしかないと思って頑張ってきたんだけどなあ。」
そう言いながら、目の前の銀貨をいじり出す。
「ハンス!銀貨には触れるんだな!」
思わず声が出た。
「本当だ!」
ハンスも驚いている。試してみたところ、触れるのは貨幣のみ。身分証や、毎日つけていた(日誌兼)帳簿や、「行商の友」と呼ばれるゴルフボール大の球に商品など、その他の貴重品や身に馴染んでいた物であっても、触れることはできなかった。
「初めてこれを自分のものにしたときは、うれしかったなあ。もう使うこともできない。それでも触れるのか。」
小金貨をもてあそびながら、苦々しげにハンスがつぶやく。
ややあって、笑顔になった。
「それでも、やっぱり俺はこの音が好きだ。死に切れないわけだ。執着していると触れるってのは本当なんだな。」
何を言ったら良いか、正直なところ掛ける言葉に困っていた俺だったが、その笑顔に救われた。
「明日は頼むよ、ハンス。」
「こちらこそ。……と言うか、商売を『してもらう』のは俺の側だぜ。」
そう言えばそうだった。
「契約に関してはしっかりしてもらわないと困るよ、死霊術師。今日はもう寝ることだな。」