第一話 老人 その2
え?
俺はトムじいさんに向き直った。老人の完成型みたいなおじいさんがそこにいる。
え?え?
いや、どう見ても死んでない。姿も見えれば、会話だってできる。
しかし、トムじいさんは事も無げに言うではないか。
「ああうん、ひと月ほど前に死んどるよ。」
えええー!
もっと混乱していたいのだが、左右の二人がそれを許さない。
「本当なの?」
「騙りではないのか?」
「おじいちゃん何て言ってる?」
「そこにいる、見えているという証拠をみせろ!」
頭を抱えたくなったところで、トムじいさんが助け舟を出してくれた。
「とりあえず、これまでワシが言ったことを言うてみい。」
「え~と、こちらのおじいさん、お名前はトムさんです。ひと月ほど前に亡くなったとおっしゃっています。」
壮年男性が声を張り上げる。
「それぐらい、調べれば分かる話だ!」
ごもっとも。
しかし少女は食いついた。
「おじいちゃん、どんな様子?」
「元気そうですよ。頭はつるつるつやつやしてるし、白くて立派な眉毛やおヒゲも、輝いています。」
そう答えたら、男性の顔が青ざめた。
「父さん、家族の前でもカツラを取ったことがないのに……。かぶせたままで葬式したのに……。なんで知ってるんだ……。」
カツラつけてたんですか!無いほうがずっといいと思うけどなあ。福禄寿みたいで、誰が見ても理想の老人じゃないですか。
「え、おじいちゃん、カツラだったの……」
いやいやいや、どれほど出来のいいカツラでも、これほどお見事な長頭には乗せようがないでしょう!
「あ、ベン、ワシの秘密をベスにばらしたな!許さん!」
お父さんはベンさん。ヒロ覚えた。
「ヒロくん、教えてやる。息子のベンは13歳になってもおねしょしておったんじゃ。それから、初恋は当時三軒向こうだったエリスちゃん。こいつ見た目偉そうな割に、ヘタレでなあ。言い出せぬうちにかっさらわれてのう。……これが、お主にワシが見えているという証拠になる!言ってやれ言ってやれ。」
あまりにも無慈悲だと思ったが、我が身の潔白を証明するためだ。仕方ないよね。
そのままに伝える。
「お父さん、13歳までおねしょって……。ぷぷっ。それに、エリスおばさんって……、不潔よ!」
ベンさん、顔が真っ赤。
「子供の頃のことはどうでも良い!それにエリスのことは、昔のことだ!今はどうこう言われるようなことはない!」
それでもベスは止まらない。
「今だって、エリスおばさんには何か態度がおかしいじゃない!」
ベスの方も真っ赤になっていた。こちらは笑うのをこらえようとして。
「それにしても、おじいちゃん、カツラだったの……。」
明らかに不機嫌になったトムじいさん、「ベスにも言ってやってくれ。二番目の引き出し、底の方に隠しとるポエムのこと。常闇の奈落の尽きるところ……」
そのままに伝える。
「常闇……」まで言ったところで、ベスに大声で遮られた。
「お父さんももう分かったでしょう。この人は、私たちの名前も、家族でさえも知らなかったことも、おじいちゃんから教えてもらっている。本当に見えているのよ!」
どうやら納得してもらえたようだ。
「何だ、それならそうと先に言ってくれれば良かったのに。今度来る神官さまの関係の人か。」
娘にばれた気まずさもあってか、ベンさんはそそくさと部屋を出て行こうとする。
神官って何だ。他にも気になることはいろいろあるけれど、とりあえず最低限の礼儀は果たすべく、その背中に声をかけた。
「あの、助けていただいてありがとうございました。ヒロと言います。」
「おじいちゃんから聞いたと思うけど、私はベス。今の人がお父さんで、ベン。いろいろ騒がしくてごめんね。とりあえず、お話聞かせてくれるかな?」
ええ、こちらとしても現状を知りたいので、お話をするのにやぶさかではありません。
ただ、その前に。
「それでそのう……トイレに行きたいので、場所を教えて欲しいのですが……。」