第七十八話 斧の小町 その5 後日談 おバカのあとさき
木製武器の試合のはずが、なぜか真剣勝負になって、学園の生徒達は大盛り上がり。
実のところ、今年の他流試合は、そもそもが大盛況を見せていた。
昨年、俺に勝ったイーサン・デクスターが、武術大会での大活躍。
敗者の俺も、十騎長になっている。
他流試合、いいじゃないの。
と、そういう雰囲気が、今年は醸成されていた。
殊に、ヒロ・ド・カレワラは、いまや、一つの基準。
彼に勝てれば、善戦できれば。
十人隊長の、ひいては卒業時の十騎長・百人隊長が見えてくる。
そのヒロ・ド・カレワラ氏には、試合の申し込みが殺到していた。
とは言え。
昨年もそうだが、どれほど人気の生徒でも、気力体力の都合から、せいぜい参加するのは2~3試合。
みんなダメ元で申し込んでみているのだが……。
何と今年は、その全てを、十人隊長、ヒュームが引き受けたのだ。
「このヒュームも、十人隊長。ヒロに勝るとも劣らぬ腕の持ち主です。」
塚原先生の、そういう請け負いのもとに。
霞の里のヒューム。
試合をこなすこと、何と16。その戦績、十三勝三敗。
「ヒュームの十三人抜き」は、ちょっとした話題になった。
「ニンジャが目立っていいものなの?」
「某は下働きのニンジャではござらぬゆえ。いわば、外交官や政治家にござるよ。なお、ミーディエの方針転換により、里の方針も変わったのでござる。霞の里を王国貴族に宣伝するように、と。」
「その連絡を数日のうちに里と交わして。十三人抜きもしてみせる、と。結果を出すのがニンジャ、か。」
「カルヴィン殿に敗れたのが、痛かったでござるな。怪我が尾を引き、2つ余計な黒星を喫してござる。」
無表情。こりゃ相当口惜しがってるな。
しかし、カルヴィン・ディートリヒ、やるもんだ。ファンゾでひと皮剥けたかな、あいつ。
そのカルヴィンに、シンノスケが勝利を収めていた。今年は3試合受けて、2勝1敗。
片手剣道場の師範、喜ぶやら地団太を踏むやらで。
たぶん、悪い人ではないんだろうと思う。
話題と言えば、もうひとつ。
説法師・千早に、試合を申し込んだ猛者が出たのだ。
千早の剛力を知らぬ者など、学園には存在しない。
担いでいる金属棒を見るだけでも、察することができる。
実際に何かの拍子に彼女が力を発揮している場面を目撃でもすれば、呆れ頷く他は無い。
はずだった。
のだが。
新入学の一年生、「やってみなけりゃ分からないでしょ!そりゃスゴイ人かもしれないけどさ、一度『スゴイ』って噂が立っちゃうと、それが一人歩きするってこと、あるじゃん?」と、言い出したのだそうな。
「いやいや、千早先輩が初等部に途中編入してから二年半見てるけど、噂どおりだから。むしろ、噂以上だから。」
「私だって説法師なんだ。やってみなけりゃ、納得できない!」
その少女の名、ヴァレリア。
こういう客気、学園長の大好物である。
千早も、大好物である。
「千早!当然、真剣勝負であろうな!」
いつもの大声。
「当然にござる!某は、素手でよろしかろう。」
挑戦状を持ってきた少女の、「身のこなし」を見た時点で、勝負の行方が二人には見えていたようだ。
それでも、その心意気を買うのが、千早であり、学園長。
いや、俺だってフィリアだって、ヒュームでもサラでも、レイナですら、買うであろう。
「あの気持ち、忘れたくないもんだな。」
マグナムが、腕を撫す。
ヴァレリアの得物は、鉄槍。
重く長い得物を、説法師の腕力で、なかなか鋭く扱っている。
だが。
「滝田の長政さんって、凄かったんだな。」
「ファンゾにいる間に、もう少し学んでおくべきだったか。」
シンノスケとカルヴィンのこの感想が、全て。
もう少し細かく評したのが、モリー老。
「力任せにござるなあ。惜しい。が、まだ13歳。強きに挑まんとする心意気も良し。あれは、伸びる。」
中段に繰り出された鉄槍。
千早は、身を添わせるようにかわしつつ、前に出た。
ヴァレリアが慌てて引いた槍に、中段回し蹴りの要領で脚を絡め……。
まさかの、「巻き落とし」。
刀同士なら、あるけどさあ。
槍を脚で巻き落とすって……。
呆れる前に、その動きの美しさに、みな息を呑んだ。
一連の動作は、槍に体が吸い付いているかのような、小さく滑らかなものであった。
呆れたのは、その後刺した「とどめ」であって。
落ちていく槍を、上からストンピングして、へし折った。
曲げるのではなく、へし折った。
総身これ鉄、の長槍を。
「ああ、千早だ。」
以外の感想を、どう持てと言うのか。
これで、「李老師には、まだ勝てぬ。老師は、『塚原先生や真壁先生には勝てぬよ。』と口にしてござったなあ。」と言うのであるから、この道は奥深い。
しばし茫然としていたヴァレリア。
ややあって、一礼。
鉄の槍を拾い上げ、断面を見つめ。
観客席に戻ってから、残った槍の柄の端を、両手に掴んで、山折りにしていた。
ぐにゃりと曲がる。しかし、折れない。
席を外れ、広いところに出て。
深呼吸するや、一気に踏み抜いていた。
潰れる。が、折れない。
そこまでやった上で、千早を目指してずんずんと歩いてきた。
「どういうことか、教えてください。」
「技にござるよ。お主は、力任せに過ぎる。道場で一年も学べば、ずっと良くなる。師匠の言われることを、よく聞くことにござる。」
飛ぶように帰って行く少女の背中を見送りながら、レイナがつぶやく。
「千早の口から、『お前は力任せだ』なんて言葉を聞くとは、思わなかったわ。」
「我が事ながら、同感でござるな。」
「さて。今回は、無茶をしたなあ。木刀で大斧に立ち向かうバカ、半月で16もの他流試合をするバカ。」
「サラやティナ、斧道場の連中に当てられたかもしれません。」
「右に同じ、にて。」
「たまにはバカも良いものであろう?シンノスケまで当てられて。当道場には実りのあるひと月であった。」
塚原先生が、しんから愉快そうな笑顔を見せてくれた。
が。
バカはこれにとどまらなかった。
「さてヒロ。背も大分伸びてきたことではあるし、そろそろお前も長巻をあつらえると良い。李老師からは、お前の身長は、『千早の棒以上、今のマグナム以下』といったところに収まるであろうと伺っている。」
何の根拠も無い推測なのに、俺も塚原先生もその数字を疑っていない。
「李老師が言っているから」で済んでしまう。
180~188(?)cm。
日本にいた時は172cmだったから、10cm大きくなる換算か。
「この社会の、武人の平均」よりは少し大きいぐらい、であろうか。
結局「そういうところに収まる」ように、女神は調整しているようだ。
身長のことは、まあさておき。
塚原先生のこの発言に、騒ぎ出したバカがいたのだ。
そう、朝倉である。
「おいこらヒロ、どういう了見だ!俺様がいれば十分だろう!霊気を伸ばせば倍以上、7尺ぐらいにはなるぞ!そもそも俺は大太刀、人によってはそのままでも長物扱いだぞ!」
腰でガタガタ動いている。
絶対に譲らないと、駄々をこねる。
今までは、長巻の話が出ても文句を言うことはなかったのに、「無茶を押し通す」ノリに染まってしまったか。
「分かった、分かったから。とにかく、先生がおっしゃったからには、従わなくちゃいけないだろう?作るだけは作る。それでも、メインウェポンはお前だよ。そこは間違いないって。」
そういうわけで、毎度お馴染み、オットー・マイヤー工房である。
「身長は大体185cmと考えて……。長巻ですので、刃渡り含めて、七尺から九尺ぐらいかと……。」
朝倉が、まだガタガタ動いている。
「ならば、長さを変えて2、3本作りますかね。千早さんの棒も三本作ったことですし。問題は、刃ですがねえ。それほどの大業物をお持ちですと、どのような刃をつけても、ご満足いただけないんじゃあ。」
「さすが分かってるな、オットー!匠だよ、マイスターだ!」
朝倉、跳ね回らんばかりだ。
「親方、あれは……。」
オスカー・マイヤーのいつもの台詞。
「おお、あれか!」
さあ、大当たりか、トンデモか。
「長巻は、元々は、刀に長い柄……つまるところは棒をつけたもの、と言うわけです。今のそのお腰のもの、その柄の上から棒を嵌める、ギミックにすればよろしい。長巻とも薙刀とも異なりますが、刃のついた長物には違いありますまい?そもそも長物は、各人各様、多彩なものですからな。」
これは、大当たり。朝倉、大喜び。
「では、重心等の調整を……。素材はどうしますね?木にするか、金属か。やはり霊気の伝導率……、重さも……。」
「一応、海竜の鱗を持っています。何かに使えれば。」
「それは貴重な素材を!扱わせてもらえるならば、お代はこれぐらいに……。」
「いい加減にしなさーい!って、海竜の鱗をいただけるなら、元は取れ……。」
「海竜の鱗!?見せてくれ!」
職人バカが、寄ってくる。
6月は、長雨の季節。
くさくさするせいなのか、何か一つのきっかけで、身の内に秘めたバカが爆発する。
良い方向ならば、いいけれど。
俺もいろいろと気をつけないと、いけないかもな。