第七十八話 斧の小町 その4
サラの鎧は、白銀色であった。
似合う、と思う。
パーソナルカラーは、生まれて数年のうちに決まる。
彼女の色は、父・ミーディエ辺境伯が、親友であったウッドメル伯爵にちなんで、サラに贈ったもの。
だが、その白銀の鎧が。
今や、メル家の、フィリアの心を波立たせる。
南蛮胴に似た黒い甲冑に身を包んだ俺には、しかし、そんな感傷を抱いている余裕はなかった。
白骨の兜の隙間から、様子を窺う。
サラの手が握り締めている木製武器は、大柄なもの。
本来の得物である大戦斧よりは、一回り以上小さいが。
それでもそのリーチは、木刀よりも長い。霊気の補助があれば、どこまで行きが伸びるか。
必死で頭を回転させる間にも、学園長の宣言が行われる。
「双方、事前の取り決めどおりで良いな?木製武器、交換は自由。霊力の使用あり、幽霊の加勢無し。」
「応!」
「承知!」
「では、始めい!」
互いに走り寄り、まずは一合、打ち合わせる。
そのまま、力競べ。
今回は「相手の得物に木刀を打ち合わせたら負け」というルールではない。
塚原先生とライネン先生の話し合いで決まったことだ。
遠慮なく、打ち合わせることができる。
が、一合で理解した。
サラも、やはり説法師。その筋力は、規格外だ。
押し合いでは、勝てない。
だから、打ち合わせてすぐに、入れ替わる。
それでも、駆け抜ける際に、追撃が来た。
どうにかかわせたのは、斧の振り出しの、「起こり」が遅かったから。
もう少し力競べにこだわると思っていたんだろう。
振り返ったときには、間を詰められていた。
早い!
が、千早やマグナムほどでは、ない。
どうにか、できる。
李老師との稽古で得た、あの感覚。
体をコンパクトにまとめ、身にまとわせた霊気……あるいは、武人の気を意識する。
来る!
右から……次は左から。で、斬り下ろし!
からの、斬り上げ!
これはかわせない。打ち合わせて、軌道をずらす!
っし!
サラの胴が開いた!
金属鎧相手に、木刀で薙ぎ払いを入れても、ダメージは小さい。
ここは、突く!
体勢が崩れていると、人はそこまでもろいものなのか。
重い鎧を着て二人分ぐらいの重量になったサラが、吹っ飛んで転がった。
追撃を!
間を詰め……早い!?
サラは、鎧の重量を、物ともしていなかった。
瞬時に起き上がり、柄の長い木斧を、大上段に構えている。
しまった!
引くか!?
いや、引いても間に合わない。
ここは、前に出る!
集中する。
風斬り音が、ゆっくりと、上から聞こえてくる。
この感覚。
間に合った!
腰だめにしていた木刀を、擦り上げる。
上から降ってきた斧の、長く太い柄。
その一点に、木刀が吸い込まれ、空へと抜けていく。
柄から斬り飛ばされた木斧の刃が、地面に叩きつけられ、跳ね上がる。
観客席に飛び込んで、生徒に悲鳴を上げさせる。
重量のバランスを急に失ったサラが、前につんのめる。
隙ができた!
肩に、一撃。
木刀が、砕け散った。
が、さすがに辺境伯家の全身鎧。
中にまでは、大きなダメージが通っていない。
しまった。チャンスと思って、力んだ。
斧の柄に対してしたように、斬らなくてはいけないのに、叩いてしまったか……。
木刀が、投げ入れられる。
前に転がり抜けて立ち上がったサラの元には、ティナが、大戦斧を担いで走り込んでいた。
「いいだろう、ヒロ?ハンデだよ!」
視界の端で、副審・ライネン先生が、手を上げようとしていた。
木製武器の試合で、金属武器を使うのは、言うまでも無く反則だから。
だけど。
そんな終わり方、認められるかよ!
「構わないぞ!来いサラ!」
「善し!試合を続行せよ!」
分かってらっしゃる、学園長!
って、カッコつけたのはいいけれど。
サラの大戦斧、リーチ的には、長物だった……。
説法師の剛力に遠心力が加わる。
振り戻しにかかる時間は長くなったが……。
身をかわすのに精一杯で、近づけるものではない。
もう一度、基本に返るしかない。
姿勢を正し、正眼に構える。間を測る。
脇を締め、気を纏う。
上……右……。
下、右。
余裕を持って見切ることができる。
かわす体勢の崩れが、小さくなってきた。
少しずつではあるが、間を詰めている。
ギリギリ。
そう、ギリギリのところを抜けなくては、説法師との一騎討ちには、勝てない。
「……刀術家は、見切りに優れる。」
ティナさんは、そう言っていた。
「ヒロの強みは、力じゃない。見切りと、速さだ。」って。
分かっていたつもり、だったんだけど。
それなのに、軽い木斧の打ち込みでも、全てかわされてしまう。
突きに、肩への一撃。どちらも、鋭かった。
斧の重い一撃とは違う、これが刀術の衝撃……。
木刀だから、試合を続行できている。いえ、試合を、続行させてくれている。
そうですよね、ヒロ先輩?
リーチの長い、慣れた戦斧を使わせてもらっているのに、一撃すら与えられない。
今も、間を、詰められている。
このまま、終わるの?
一矢も報いず?
また、満足に戦わないで……。
そんな終わり方、絶対に嫌だ!
ミーディエは、私は!
「あああああっ!」
!
この気魄!
忘れてた!霊能力者は、気合が乗ると……。
「あああああっ!」
左!間に合うか?
いや、受けるしか!
少しでも、右に、跳んでおく!
ぐうっ。
衝撃が、来た。
けれど。
転がれ!転がって逃げるんだ! 間を開けないと!
……良し!身には、入ってない。
助かったよ、ミーナ。君の鎧のおかげだ。
だけど。
鎧は、重い。「気」の働きも、阻害される。
切り裂かれ、凹みが入った南蛮胴を、脱ぎ捨てる。
もう一度。
今度こそ、見切る!
正眼に構え、間を測り。
脇を締め、気を纏い。
かわす。間を詰める。
よし、抜けた!
この間合いは、刀の間だ。長物では……。
「やあああああっ!」
サラ!?
もう一段、気合を乗せてきた!?
振り下ろしてくる?
打ち込みの余裕を、消された!
ならば、刃をかわして……。
柄を、叩く!
ここは、気合だ!
「おおおおおっ!」
斧が、地面に食い込んでいく。
その柄に、木刀を深く叩き込む。
さらに足をかけ、踏み込む。
サラの剛力でも、俺の体重と脚の踏ん張りを跳ね除けて、重い斧を持ち上げることは、不可能。
ここで斧にこだわるようなら……。
さすがに、そのような愚は犯さない。
サラが、見極め良く跳び退る。
また、木斧を手に取るのか?
……何だ?鎧を脱いで、篭手を取って。
手に、布を巻いている?霊気を纏わせて。
ステゴロか!
斧道場、分かってる。
剛力揃いの自分達の、強みを。
白銀色の、鎧。
サラ・E・ド・ラ・ミーディエの象徴。
それを脱いでも、最後まで、戦うんだな?サラ。
受けて立つよ。
でも、俺は、ステゴロは少し……。
「千早さん。」
「フィリア殿、これにござるな?……ヒロ殿!」
投げ込まれたのは、白扇。
さすが2人も、分かってる!
木刀を、下に置く。
白扇を手に取り、腕を伸ばし、向かい合う。
拳かと思ったら、いきなり前蹴りか。
えげつない!
だけど、さすがに。
徒手格闘では、孝・方ほどの実力は、サラには無い。
回し蹴りを潜り。
突き出された正拳に左前腕を添えて撥ね。
白扇を、頚静脈に突きつける。
ライネン先生の、声がかかった。
試合終了。
お互いに一礼。三人の審判にも一礼。
「ミーナ。すごいぞ、君の鎧。命拾いした。次に向けて、要望を出して良いか?」
迷わず、最初に声をかけてしまった。
「重量と、気の伝導の問題だね?『あの材料』なら、それだけで両方カバーできる。ゴメン、ヒロ君。その鎧、動きを阻害してた。」
「いや、説法師の一撃を食らって、身が無傷なんだ。最高の鎧だよ。感謝してる。」
雑談の輪に、対戦相手ご当人が、寄って来た。ティナを後ろに従えて。
「ヒロ先輩、今日はありがとうございました。いつも以上の力を出せたような気がします。」
「途中で二度、壁を破ったでござるな。気合声を発したところにござるよ。」
「課題は、何でしょうか。」
「斧の振りを、腕に頼っているように見えた。胴や脚から、体全体で振るようなイメージで練習すると、もっと鋭くなると思う。……ってことを、よく言われる。」
「相変わらず締まらぬでござるな。されど、某も、さよう見立てた。なお無手格闘は、まだまだ練習の余地あり、にござるな。」
それにしても。
「ティナ。俺を殺すつもりかよ。」
「怪我の一つもなく、しゃあしゃあと。縮こまってんじゃねえぞ?」
俺のへその下あたりに伸びてくる手を、フィリアが杖で打ち払う。
「何だよ、減るもんじゃなし。」
「ヒロさんの、勝者の、名誉のためです。」
「なるほど、速い足運びの邪魔をしないサイズ、と。あんたも意外と話せるねえ、フィリア?」
かえって名誉が損なわれてやしませんかねえ?
俺、いちおう勝者ですよ?




