第七十八話 斧の小町 その3.5 幕間 もう一人の小町 その2
「あたしはね、あんたみたいのは嫌いだ。」
曇り空の下、荷物を俺に抱えさせたティナが、吐き捨てた。
「そうみたいだな。」
「何考えてるかハッキリしない。死霊術師ってのが薄気味悪い。記憶喪失ってのも怪しい。身分を隠して、美味しいタイミングで発表して。十騎長を張れるだけの腕と脳みそ持っていて、男一本で立とうとせずに、メル家の腰巾着。チン○ついてんのか?」
「辛辣だな。」
「ここで食ってかからないから、○マ無しだって言ってんだよ!……何人殺してる?」
「勝負の結果自害した者も含めると、20人、かな。」
幽霊は、除く。
この世界では、そういうものらしいから。
「プロの軍人でもないのに、1年でそれかよ。そぶりも見せずに!煽れば煽るほど、バカにされてる気分になるじゃないか。」
口にしてみて、自分でもその数字に驚いていたところだ。
自慢にもならない。
「何の話がしたいんだ?ハッキリしろよ。」
イラついたせいか、言葉が少し尖ってしまったかも、しれない。
そのせいか、受けたティナの口調は少し、あいまいだった。
「……サラとの試合、勝算は?」
「負けるつもりで試合をするヤツがいるのか?」
「急に男くさくなりやがったな。余裕だって?」
「いや、正直、分からない。」
「サラが心配なんだよ。ヒュームがあそこまでえげつないヤツとは思わなかったし、あんたの腕も見誤っていた。もっとハッキリ、強そうなツラをしろっての!」
「さっきも言ってたな。怪我させないでくれるか?って。」
「負けてやったりは……。」
「バカにしてるのか?サラの方が強いかも知れないんだぞ?だいたい何で、サラにそこまでこだわる!同門とは言え、お前ら少し過保護じゃないか?」
「初等部に入った頃は、何とも思わなかったんだけどね。いや、それどころか……ミーディエだろう?あの戦から、まだ4年。まあ、色眼鏡で見てたね。」
だがね。
そう口にしたティナの目に、光が宿った。
「10歳かそこらの子供が、それを全部知ってて、全部飲み込んで。何も言わずに斧振ってるんだ。少し周囲の目が柔らかくなったと思ったら、9月にフィリアが転入して来た。あの子は、何も悪くない。それでも、周囲が避ける。フィリアも、声をかけない。」
「フィリアは、親戚を亡くしているんだ。話を聞けば聞くほどに、見事な人だったらしい。サラに当たらなかっただけでも。」
「ああ、そうだったね。フィリアは立派だとは思うよ。あたしだったら、斧振り回して突っかかるところだ。ただね、とにかく。サラの孤独は、深まった。」
「で、サラを気にかけるようになった、と。」
「重たい物を背負ってるんだなあって、思ったんだよ。あたしはね、兄貴もいるし、身軽なもんさ。こんなんだから、両親も半ば諦め、半ばは自分でどうにかするに違いないと思ってる。でもサラは、兄さんも姉さんもいるのに、あれだろう?何が違うんだろうって思ったらさ。」
「俺も身軽だったんだけどな。フィリアが背負ってるものの重さを知っちゃって、それでティナの言う腰巾着さ。今では、俺自身も、家を背負うことになった。再興させなくちゃいけない。一度は廃絶した家だから、軍功を挙げていく他、道が無い。」
「へえ?やっとあんたが見えてきた。いいじゃないか、男らしくて。」
「ティナは、軍人だよな、やっぱり。」
「そうだけどね。」
「なんだよ、はっきりしないな。俺をタ○無し扱いした癖に。」
「おうコラ、あたしには○マはついてないぞ?さっきは女子扱いしといて、何だよ。」
「軍人になって、どうするかが見えないってことか。サラのことがあるから、メルは好きになれないし、って?」
「だからあんたは嫌なんだ!だけど、こういう話を斧道場のバカ共にしたところで、解決策が見つからないだろう?大方がナイト系の家の跡継ぎ。悩みを持ってないんだよ。」
「……サラがな、嘆いてた。フィリアと違って、身近に武人を控えさせることもできないって。」
「おいおい、サラ自身が、相当の腕だろうに。でもあれか、ヒロ。あたしに千早の役をやれって?」
「そういう生き方も、あるんじゃないかってな。」
「千早も苦手なんだよね。何だよ、あのクソ力で、あの見た目って。それで領主のお姫様なんだろう?ズルいよなあ。何竿でもくわえ込めるじゃないか。」
ティナさん、男の単位は「竿」ではございません。「人」です。
こんな会話してることを知られたら、竿で脳天をカチ割られるわ!
触れたらめんどうなことになるから、スルーさせてもらうけど。
「千早は、この春、家を捨てたよ。ティナの言う、腕一本で立つ覚悟を決めたんだ。まあ、俺同様、メル家の、フィリアの客という立場ではあるけどね。」
「本当かい?何だよ、皆。澄ました顔して、逞しいもんだ。」
「悩める乙女は、実はティナだったと。」
「そんなこと言うのは、あんたぐらいだよ。どうだい?」
だから!そのジェスチャーは止せ!
「ヒロ君も難儀しているみたいだな。」
「あ、ライネン先生。」
斧道場の師範。
道場ではずっと座っていたから意識しなかったけど、こうして道端で出会ってみると、やはり、デカい。背も190以上あるし、みっしりとした体は、まさに筋肉達磨。
「その、話があるのだが……。」
で、道場と寮の間でウロウロしていた、と。この巨躯で。
その不器用さが、斧使い。
「他流試合の前です。疑いを持たれるような行動は、できません。サラの師匠と会って話をしていたとなると、まさに八百長の疑いが。」
「あ、そうだった。では、試合が終わった後で。」
曇り空をつんざく、雷の如き一声。
「構わぬ!ワシが同席する!」
曇天ゆえ、正視できないほどではないが。
それでも眩しい学園長であった。
これまた見事な体格。ティナも含めた3人に囲まれると、俺は丸っきり子供にしか見えない。
「私たちも同席しましょうか?」
「さきほどの仕草も説明してもらわねばなあ。」
「うむ、よろしい!人数が多ければ、疑いも無くなる!」
「フィリアと千早か……。いてもらう方が良いな。」
ライネン先生が、つぶやいていた。
学園の中にある喫茶店。
行き交う生徒達がよく見える、道沿いの一角に席を取った。
「安心してくれ。試合とは全く関係のない話なんだ。……学園長のお時間をいただくような話でもないのです。」
ライネン先生が、恐縮したように体を縮めている。
「その、な。ヒロ君。『男は、単純で誠実なほうが良いと思う』という、あの話。あれは、本音と見たのだが。」
「ええ、本音です。」
「ならばなぜ、いつも貴様は煮えきらぬのだ!」
カップの中の液体が、揺れる。
学園長の声は、いつも大きい。
「む、これは失礼。ライネン先生、さあお話を。」
「学園長、ありがとうございます。……それでな、ヒロ君。私の甥なのだが、今年15になった。学園には通っていない。その、少々、学力が足りなくてな。いや、だいぶ足りなかった。次男坊だが、姉もいて、3番目だ。」
話が見えてきたような気がする。
「人柄は良いのだ。真面目で。斧の腕もある。あとは、盾だな。しっかり仕込んだ。が、器用さというものが、まるでない。世渡りなど、そちら方面が、その、できそうにない。」
「お話しのご用向きは理解いたしました。しかし、即答は。」
「もちろんだ。8月の武術大会に出すつもりなので、それを見てもらってと、まあ、そういう。」
「しかし、ライネン先生。やはり他流試合前にすべき話ではないと思います。これでサラさんが負けたら、大変な疑惑を招くところではありませんか?」
「面目ない、フィリア君。さきほど初めて、それに気づいた次第というわけだ。」
「ヒロ!貴様このような話を聞いて、手元が狂うようなことは!?」
「ありません、学園長。もちろん、サラにも話しません。」
「良し!!」
雲が晴れて、陽射しが出始めた。
やめてくれ、眩しくなるから、頼む。
「なれど、ヒロ殿。給金はいかがいたす。」
「千早君、安心してくれ。ヒロ君が学園を卒業するまでは、家で部屋住みをさせておく。」
「ヒロさんの従卒はレンジャー系。卒業して百騎長となれば、ナイト系の郎党は必須ですしね。メルもファンゾも、一歩先んじられてしまいましたか。」
「無理にとは言わない。その、ヒロ君にもメル家との付き合い等があるだろうし。」
「いえ、ひと枠であれば、問題ありません。ヒロさん、今後は承諾する前に、必ず私達に話をしてください。確保しておきたい枠も出てくるかもしれませんので。」
「みんなこうして動いてるのか。参った!あたしもヒロに雇ってもらおうかねえ。」
「そうそう、さきほどの仕草は何でござるか!?」
「郎党には最低限の品性を要求してくださいね、ヒロさん?」
「やっぱりメル家に勤めるのは無理かね。さっきの話、真面目に検討してみるよ、ヒロ。」
変な力みの取れた、ティナの笑顔。
やっぱり案外、美人の部類に入るんじゃないかと思う。
誰も賛同してくれないかもしれないけど。




