表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

289/1237

第七十八話 斧の小町 その1


 

 長雨に降り込められる6月は、武術の強化月間である。


 塚原道場では、各人が自分なりの課題を持って取り組むこととされてはいるのだが。

 「これと言って特別な課題がない(全体的に穴があるとも言う)者」のために、集団で取り組むプログラムも用意されている。


 例えば、一年生。

 初等部から取り組んでいる者も多いとはいえ、一年生は一年生。新入生は当然のこと、まだまだ基礎を重ねる必要がある。

 この時期、みんなで基礎を学ぶ彼らの指導を行うのは、主に二年生だ。


 薙刀については、トモエ・アサヒが。

 小太刀については、なんと、始めて一年でしかないレイナが。

 いわば師範代として、主に女子生徒の指導に当たっていた。


 昨年も、この時期の師範代は、二年生の女子であった。

 それには一応、理由がある。



 男子の多くは、卒業後、軍や警察に進む。

 彼らはひとの指導をする前に、とにかく自らの腕を磨いておかなくてはいけないのだ。 

 この時期の彼ら、というか俺達(と、軍人志望の女子)は、実践的な指導を受ける。 

 

 

 「刀術使いの弱点は、刀が無いと何もできなくなるところにある。もう一つは、異形の武器に弱いところか。これは刀術に限らぬが、な。」 

 

 俺も経験がある。

 素手では(シァオ)(ファン)にまるで手も足も出なかったのに、白扇一本でもあれば、どうにか立ち回れた経験が。


 「この方面での弱点が皆無と言えるのが、ヒュームだな。小太刀を取り落としても、投擲を中心に、ありとあらゆる打開策を持っている。最近練習している、投網だが。あれも刀術使いを相手にする際は、非常に有効だ。」


 木刀による勝負ならば、すでに俺の方が「格上」である。

 刀と小太刀の「間合いの利」が、違いすぎるから。

 だがニンジャを名乗る……と言うか、本職のニンジャであるヒュームの凄みは、それ以外のところにあるわけで。


 「が、真似ろと言って真似できる技でも無し、ヒュームの技が最善という訳でもない。各人各様、体格や技能の違いにより、打開策は異なってくる。いろいろと試し、お互いに話し合うように。合間に私も、口を出す。それでは、始め!」



 塚原先生のお褒めのおかげで、今月のヒュームは大人気。

 みんなが彼にアドバイスを求めに行く。


 「シンノスケ殿は、刀を取り落としても、拳なり何なりに霊気を纏わせれば良いのでござる。徒手格闘が苦手でござれば、懐紙を丸めたものでもよろしいのでは?霊気で覆えば立派に得物にござろう。」 

 

 丸めた紙が武器になる。

 伝説のポスター剣、ビームサーベルがここに具現化した。


 俺も聞かなくては。

 何ができるのかとワクワクしている俺の顔に向けられたのは、しかし、呆れ顔であった。


 「ヒロ殿は、幽霊殿を戦わせ、その合間に刀を拾えば良いだけのこと。もともとが、小隊戦闘の指揮官のようなものでござろう?」


 「あ。……そう言えば、刀術を選んだ理由がそれだった。幽霊を呼び出す間を稼ぐ必要があるから、『見切ってかわす』技術を身につけるつもりでいたんだよなあ。」 


 「最初に挨拶した時も、そう言うてござったなあ。それでは。」


 「騙されないぞ。幽霊を捕まえる投網を持っている相手にはどうすれば?」


 「高岡城で投網を試したのは失敗にござったか。お手持ちの幽霊殿に尋ねられよ。」



 「お前達は、良いなあ。しかしヒロ、そんな理由で刀術を選んでいたのか。」

 塚原先生が、笑顔を見せる。

 

 「あ、いえ、その……。」


 「構わぬ。動機は人それぞれ。続けるうちに、地の性格に似合った流儀になっていくものだ。かわすつもりで、結局踏み込んでいくなど、まことにヒロらしい。」

 

 あいたたたた……。返す言葉もございません。


 「それと、ヒューム。お前に他流試合の申し込みがあった。サラ・E・ド・ラ・ミーディエからだ。真剣勝負の申し込みゆえ、断ること自体は一向に構わぬが、どうする?」


 「文面を拝見いたしたく。それと、ヒロ殿。よろしければご同席願えぬか?」


 いつものように無表情。

 だが、ヒュームのことはそれなりに理解できるようになってきている。

 言葉の穏やかさとは裏腹に、逃がすつもりはないようだ。


 「フィリアと千早にも伝える必要が?」


 「場合によっては、お願いいたす。」


 耳聡く近寄ってくるレイナ。

 「後で教えるでござるゆえ、ここはひとつ。」という言質を取るまで粘った上で、しぶしぶと引き下がった。


 「そうそう、レイナ殿。代わりにとは申さぬが、ひとつ頼まれごとを……。」




 「さて、どうする?」

 広い道場に、わずか3人。

 外の雨音ばかりが響き渡る。

 

 「お断り致したくはござるが……。」


 「斧の教官は、豪放磊落。気分の良い男だ。『指導方針は、人それぞれ。断られても、恨みには思わぬし、それで悪口を吹聴するような真似をするつもりはない。』と言っていた。しかし、サラは。」


 「言外に、霞の里がミーディエ領の一集落であることを、匂わせているでござるな。恐らくは、我らの『意図』に気づいておるのでござろう。」 

 

 「さて。私は聞かぬ方が良いかな。」

 塚原先生が、穏やかに問いただす。 


 「すでにお気づきかとは存じまするが、知らぬ体を取っていただきたく、お願い申し上げまする。……ともかく、里に対する警告であることは間違いござらぬ。勝負を受ければ、命か、あるいは腕の一本あたりを、覚悟せねばなりますまい。『こうなるぞ』と。見せしめにござるな。」


 「じゃあ、やっぱり、断ると。」


 「その場合は、『主家の姫君の申し出を、領内にある里の跡継ぎが断るとは、好ましからず』と難癖をつけて、里への締め付けを強める口実にするのでござろうなあ。」


 「そんな人には見えなかったけど……、いや、それぐらいはしなくちゃいけない立場か、彼女も。」


 意地とメンツ。

 それは時として、いや、常に。命がけで血まみれのもの。


 「じゃあどうするんだよ。受けても断っても、良いところがないなんて……。って、そうか!要はこれ、取り下げて欲しければ詫びを入れろ、服従しろ、と言ってきているのか?」

 

 塚原先生の前だから、口にはできない。

 「メル家に擦り寄っていることについて」、「独立を考えていることについて」、詫びを入れて諦めろ、と。そういうことなんじゃないか?

 

 あまりいい気分はしない。

 だいたいからして、やっぱり、サラには似合わない「やり口」のような気がする。


 「なんでそれを、サラが言わなくちゃいけないんだよ。親父さんの仕事だろうに。」


 「それが、ミーディエ辺境伯でござるよ。尊敬・警戒すべきところも多うござるが、機微に疎い。」

 

 ヒュームの目が、眠そうに細められる。


 「ヒロ殿。ファンゾの民と霞の里は、大元は似た者同士であることは、すでにご存知にござったな。北賊とは、数百年にわたり、やり合うておると。」


 「ああ。聞いている。」


 「ならば、お分かりにござろう?このようなことを言われて、大山家や館家ならば、どうするか。そういう流儀を、真剣勝負の意味を、まるで理解しておらぬところが、ミーディエなのでござるよ。サラ殿にして、これ。辺境伯のみならず、ミーディエ家全体が、『そういうもの』であるようで。」


 「武家ではない、と?」

 

 「法の枠組みで、上下が決まると思うておる。政治の力で、押し切れると思うておる。外交で、事が済むと思うておる。経済力で、算盤が立つ、立ててくると思うておる。」


 眠そうな無表情。言葉にも抑揚が無い。

 それなのに、饒舌。これは、どうにも、「らしくない」。


 「おい、ヒューム。落ち着け。」



 「塚原先生、真剣勝負の、他流試合の心得は、『当日、試合終了時に、立っていた者の勝ち』ということで、よろしいのでござりましたな?」


 「ん、そうだ。」

 塚原先生が、瞑目した。


 「ならば、受けましょう。」


 ヒュームの言葉に、閉じられた目が、開かれて……。

 なんと、塚原先生が、頭を下げた。


 「が、いま一度チャンスをやれぬか、な。サラとて学園の生徒。私は学園の教師ゆえ。直接に話を聞きに行き、意思を確認したい。」 


 「おやめくださりませ!塚原先生がそのような。(それがし)の問題にござります。分かりました、直接会って、意思を確認して後に。」


 「ん。済まぬな。」



 このやり取りからすると、2人とも、ヒュームの勝利を疑っていない。

 それほどまでに、腕が違うのか?サラとて、説法師(モンク)。相当の使い手と聞いているが。

 以前ヒュームは、「アランには、説法師(モンク)のアサシンには、勝てぬ」と断言していたが……。



 「ヒロ、お前もついて来てくれるか?名目は、そうだな、私の荷物持ちで良いか。」


 塚原先生の目は、穏やかであった。

 俺の疑問を飲み込むかのように。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ