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第七十六話 家の経営


 悪霊となっていたパオロを天に返した翌日。

 再び、ふもとの高岡政庁に帰り着いた。



 「ピーターを、従卒としてカレワラ家に迎えたい。」


 アリエルの後継を名乗る以上、3代75年の責任がある。

 子供の頃からアリエルに仕えるつもりでいたピーターの、人生設計の問題もある。

 

 怖かろうが何だろうが、悪霊退治に付いて来たピーター。

 その根性は、買いだ。



 「ありがたき幸せ。お待ちした甲斐がありました。」

 「兄も喜んでいることでしょう。」


 サムもトニーも、相変わらずこの調子。

 対する俺は、あるじになる以上、今後は2人に対して敬語を使ってはいけない。


  

 ピーターの資質については、こちらから相談するまでもなく、フィリアと千早からもチェック済みであった。


 「合格ですね。心がけ、立ち位置・控え方、言葉遣い。」

 「あの体付き、小柄ではあるが弓使いにござろうな。ヒロ殿にはちょうど良いのでは?」

 さすが、しっかり見ていらっしゃる。


 

 ピーターも、家族に経緯を報告している。

 

 「マスターからは、鉈を頂きました。家紋と個人紋が描かれた鉈を。」

 

 「しっかり励むのだぞ、ピーター。」

 「兄に見せたかった……。」  



 いい話だなー。

 で、終われば良いのだが。



 「あるじ」というものは、従卒の雇用主であるわけで。

 そう、給料を払う必要があるのだ。


 が。給料の「相場」というものが、どうにも俺には分からない。


 去年の春、ハンスから、「新都で若者がひと月独り暮らしをするならば、小金貨一枚あればまあ大丈夫。」という言葉を聞いていた。

 月に10万円という感覚。それぐらいで、いいのかな。

 


 さらに言うならば、「支度金」を渡す必要がある。

 これは社会制度上、「そういうもの」らしい。


 ひとつにはもちろん、まさに「支度」をするため。

 主家に仕えるのに、何の準備もなしに、というわけにもいかない。


 そしてふたつには、人間が全てを生産する社会だから、ということがある。

 家族の中から人をひとり引き抜くということは、労働力をその家から奪うという意味合いがあるわけで。

 その損失補填として、家に支払うわけだ。

 

 現代日本で似たような制度を探すならば、プロ野球の「契約金」的なイメージであろうか。

 そちらは、退職金の前払い、という意味合いかもしれないが。

 よく聞くのが、「ドラフト一位で、契約金1億円・年俸1千5百万円」とか、そんな数字だったか。 


 そうすると、支度金は年収の6倍とか8倍?

 月に小金貨1枚、1年で12枚として、支度金は小金貨で100枚?

 大金貨10枚か。

 けちっていると見られてもいけないだろうし。

 

 ……ほぼ全財産だよ。

 正直、めちゃくちゃ痛いけど……ひとの一生を預かるとなれば、そういうものなのかもしれない。


 お金については、結構、余裕があるつもりでいた。

 手持ちの大金貨12枚は、大まかに言えば1,200万円のイメージだ。

 日本にいた頃の俺の感覚からすると、夢のような貯金額。


 ただこの社会、普段使いのお金はあまりかからないんだけど、いきなりドカンと出費が降ってくるという怖さがある。

 去年は刀の拵えに、ノーラ、ジゼルの改葬費用。

 今年に入っても、衣装に防具。防具に至っては、成長期の関係もあって、作り直しだ。海竜の鱗で物納できたからいいようなものの、お金で頼んでいたら、大金貨数十枚になっていたはず。

 塚原先生からは、「そろそろ長巻のことを考えておくように」とも言われているし。

 



 給金や支度金については、あらかじめ、周りに意見を聞いてみてはいたのだが。


 「私の感覚は、ややずれているでしょうから……。」


 フィリアのメル家は、大金持ちの領邦貴族。

 加えて、ネイト館に仕える者は、みな優れた人材。それぞれに、一家を、部下を、持っている。

 その実情は、いわば、超一流大手企業の幹部職員なわけで。

 彼らの給料の話をしても仕方無いと、そういうわけだ。

 

 「お珠の支度金は、佐久間の家に聞かぬことには……。給金は、某はもう少し余計に渡しておる。おなごは、丈夫(おのこ)よりも物入りゆえ、な。」


 千早は、年に見合わぬ貯金を持った、お金持ち。その剛力をもって、ちょっとバイトすれば大金貨の2~3枚を叩き出せるから。

 多少は参考になるが、やっぱり、ね。


 

 「俺の村では、誰かが従者になったって話を聞いたことが無いしなあ。」

 と、これはマグナム。

 彼も説法師の腕力を利用したアルバイトで、結構稼いでいる。


 「あたしの乳兄弟は家名持ちだから、事情が異なるのよね。」

 と、これはレイナ。


  

 埒が明かないので、自分の見積もりに従うことにした。


 「支度金として、大金貨10枚を……。」

 と、口にした途端。


 「なりません、マスター。何をおっしゃいますか!」

 ピーターに、噛み付かれた。

   

 「確かに、家名をお持ちの貴族が、お金に鷹揚であることは、好ましいことではあります。しかしながら、およそ物事には相場というものがございまして。小者を雇うのに大金貨10枚の支度金とは!お給金が月に小金貨1枚と伺いました時には、そのお話しの良さに喜びもし、マスターの鷹揚でありつつも相場は外さないお見積もりの確かさ、計数の明るさに感じ入りましたのに!小さいところの金額は、分からなくてもよろしうございます。いえ、むしろ分からないぐらいの方が、下からは慕われるかと存じます。しかしながら、大きい金額の方であまりに鷹揚になられてしまいますと、お家の会計が窮屈になってしまいます!」


 初めて会話した時には、けっこうキツイ口調のタメ口だったのに。

 いくら従卒になったからって、随分とバカ丁寧な口調だよなあ。

 

 それにしても、すごい情熱だ。正論だとも思う。

 商人になるつもりもあったんだし、ボンクラは、許せないよな。

 

 「分かった!ピーター、適切と思える金額を、その袋の中からサムに。」

 ミケの腹の袋に入れてあるお財布を、ピーターに渡す。


 

 「それでよろしゅうございますよ、ヒロさま。」

 サムが笑顔を見せた。

 「いえ、金額のことではございません。従卒・従僕への指示の出し方のことでございます。」


 「ピーターも、それで良い。あるじに足りぬところを補ってこその、従僕だ。商人の修行が役に立って、私も嬉しいぞ。」

 トニーもピーターを励ます。


 商人か。

 そういえば、この社会における俺の経済観念は、行商人ハンスとの会話によるところが大きい。

 くっだらない会話ばかりしていたような記憶があるけど、今にして思うと、貴重な経験だったかも。 


 ともかく、支度金は大金貨5枚というところに収まった。

 正直、だいぶ助かる。


 「お家の格式と評判を考え、相場よりはやや高めといたしました。」

 もろもろの配慮を利かせてくれるのも、助かる。



 ここでピーターとは、一旦、別れた。

 修学旅行の途中だから。

 ピーターには、準備が済みしだい、とりあえずネイトのメル家を訪れるようにと、伝えておく。



  

 翌日は、旧衙(きゅうが)にて、帰りの一泊。

 挨拶どおり、ドメニコが接遇の責任者を勤めていた。

 好都合だ。

 

 「なあ、ドメニコ。家計とか経営ってさ、どうすればいいのかな。」


 「ヒロさん?ファンゾでも会計を担当していたじゃないですか。計数に問題はないでしょう?」


 「いや、計算はできるんだ。使途が決まってるなら、配分の目安もつけられるって分かった。」


 生徒会に、ファンゾ。

 大きなお金を動かす経験を積むことは、できた。


 「たださ、ゼロから収入を作り上げて、使途を『自分で決めて』、予算を組み上げるとなると……。」


 昨日の話をする。

 従卒を雇い入れたという話を。


 「身元が判明したのですか。おめでとうございます、ヒロさん。一家を立てるんですね!」

 

 「それで、若手経営者であるドメニコ・ドゥオモ氏に、コンサルティングをお願いしようかと。」

 

 「何ですか、ヒロさん。勘弁してくださいよ。……ともかく、俗に、『入るを量りて出ずるを制す』と言いますよね。『収入に応じて、分相応な支出をすべきだ』と。」 


 「昨日、早速ピーターに……従僕の名前なんだけどね、ピーターにそれで叱られたところだよ。」


 「しかし、領主や家のあるじの場合、それは少し違ってくるのです。」

 

 「へえ?」


 「『絶対に削れない支出』というものがあると、私は……いや、ドゥオモ家では考えます。そこから、必要な収入を計算し、確保の手段を考えて行きます。」


 「ああ、郎党の義務とか?」


 「そうです。その他にも、家人(けにん)への給与等は、できる限り、削るべきではありません。」


 「忠誠や、主従の関係性に関わるよね。義務と報酬。」

 

 「それだけではありません。領内の景気に関わります。」


 「なるほど。家人が領内でお金を使って、領地の経済が活性化する。領地の富は領主の富と。」


 それを悪しざまに言えば、「搾取」だけども。まあ、ね。


 「それが見えているなら、何をコンサルティングしろと言うんですか。他にも、交際費は、贅沢のように見えても、あまりケチケチしてはいけないと言われています。」


 「情報と人脈か。そういった、必要な出費を考えて、そこから収入……税を設定すると。」


 「そうなります。ヒロさんの場合、領地に関する支出も収入もありませんから、計算は楽ですよ。」



 「その代わり、固定収入がありませんわね。」

 その声は、クレア? 


 「クレアさん、接遇のお手伝いに来てたんだ。」

 ソフィア様辺りが、気を利かせたのだろう。


 「さようでございます。一家を立てられるとのこと、僭越ながらお祝い申し上げます。」


 「それって盗み聞k」

 「接遇のため、全体に目配りを聞かせるのは、侍女の務めです。」


 あっハイ。


 「ヒロさんの場合は、宮廷貴族でもありませんでしょう?」


 「そうでしたね、クレアさん。領邦貴族でも宮廷貴族でもないとすると、ヒロさんは……。」


 「ええ。無役の名ばかり貴族か、部屋住みの次男坊とか三男坊に近い状態です。その状況で一家を立てて従僕を雇って、確定的な支出だけが増えてしまうというのは……。私でしたら耐えられません。」


 何か辛辣ですね。


 「いや、当座は貯金もあるし、学園に在籍している間は何とかなると思ってはいるんですよ。衣食住の負担がほとんどないから。」


 「さようでございました。訂正いたします。私でしたら、お嫁に行きたいとは到底思いません。」

 

 何か俺、クレアさんに悪いこと言いましたか!?何をそんなにイラついて……。



 「ドメニコ、こちらにいましたか。まあ、ヒロさん。いつもお世話になっています。」

 先代ドゥオモ夫人!


 「母上、これは私の仕事です。どうかお帰りください。」


 「フィリア様にご挨拶しないわけにはいかないでしょう?それにドメニコ、接遇のお仕事を男性一人でこなすなど、非常識にも程があります。女性とペアを組む必要があるでしょう?」

 

 「ですから、メル家からクレアさんをそのお役目にと。」


 「クレアさん、ありがとうございました。ここからは私が引き継ぎます。」


 「いえ、仕事を全うしなければ、ソフィア様にお叱りを受けますので。」



 フィリアと千早が寄って来た。

 うまいこと会話をしながら、少しずつドゥオモ夫人を引き離していく。

 

 レイナとアンヌも寄って来た。

 ファンゾで結んだ縁を頼りに、クレアを通じてドメニコを紹介させる。

 嬉々として2人を会場中に引き回し始める。

 

 

 君子危うきに近寄らず。

 ドメニコを独り占めしてもいけないし。



 ともかく、家を持つ、一家を立ち上げるというのは、いろいろ大変だということは、よく分かった。

 

 ありがとう、ドメニコ。

 その、何だ、がんばれ?


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