第七話 山の民 その2
「さて。何を話すべきか。」
大ジジ様は、そんなことを言い出して、こちらを見ている。
俺から話せ、ということか。
「隣にいる霊は、落石で亡くなった、もと行商人のハンスです。『彼の荷を売り捌き、お金に換えて、出資者に返済する代わりに、旅の手伝いをしてもらう』という契約です。僕が行商人の姿をしているのも、そのためです。身分を隠し偽っていたことは、お詫びいたします。」
「珍らかなる死霊術師よ。『私』で良い。そう名乗って良い年だ。老人からの入れ知恵よ。」
大人扱いをする。
「死霊術師は珍しいというほどではない」と言いつつ、俺のことは「珍らかなる死霊術師」と呼ぶ。
気づいているのだ。単に老人の知恵、ということではない。大ジジ様なるこの老人、何かが見える人なのだ。幽体離脱して飛び回るというのも、冗談ではないかもしれない。
それならば聞くことがある。
「山の中で、犬の霊に助けられました。あれは大ジジ様だったのですか?」
「む、これはこちらが詫びねばならぬ。『忌避しない』と言いながら、そちらの腹を探るかのような態度を示しておった。年寄りの回りくどさ……というのは言い訳になるの。あの犬は、ワシではない。ワシが使役しているわけでもない。犬は上に従うもの。死に掛けのワシでは舐められてしまうわ。」
やはり、幽体離脱はできるようだ。それに……。
「いかにも。ワシも死霊術師よ。この年ゆえ、今や大した手腕は持ち合わせていないがな。」
「腹を割って話そうぞ。」
一段、声が低くなった。
「ワシが気になっていたのは、お主の魂の在りようじゃ。若者が、子供の体の中におる。……世界というものは、この年になっても分からぬことばかりじゃが。死霊術師は、霊魂を使役する者には違いない。もしや……もしやして、『人の魂を抜いて、その体を乗っ取る』という技があるのか?」
大ジジ様の気配が、膨れ上がった。
「あらかじめ申しておく。ジジイと思うて見くびるなよ。まだまだお主ごときには負けん。懐柔されるつもりもない。邪法で若返りたいなどと思うほど、ワシは落ちぶれておらん。『我らが慮るは、心根の善し悪しのみ』。さあ、お主について、説明してもらおうか。」
先ほど遭遇したヒグマより、よほど恐ろしい。
これは、ごまかしなど効かない。正直に全てを話さなければ。
この世界とは別のところから、飛ばされてきたこと。転生には違いないが、自分の意思ではないこと。転生先も、自分の体であること。どうしたら良いか分からず、今はなりゆき任せで旅をしていること。全てを隠さず伝えた。
聞き終えて、大ジジ様はため息をついた。
膨れ上がっていた気配が、しゅるしゅると抜け出ていく。
もとの小さな、ちょこんとした老人に戻っていった。
「まことに、世界というものは、この年になっても分からぬことばかりじゃ。ハハハハハ。冥土の土産に、よい話が聞けた。」
今や、俺のことを全く疑っていない。見通しているのだろう。老人の知恵か、山に生きる者の本能か、それとも何かの霊能か、何によってかは知る由もないが。
それにしても、先ほどの気配には、力がみなぎっていた。あれが、フィリアや千早が言っていた「霊力」だろうか。
何が死に掛けだ、冥土の土産だ。目の前の大ジジ様、もう十年は死にそうもない。
初めて出会った、俺以外の死霊術師である。こちらからもいろいろと聞いてみた。
まず、大ジジ様は、幽体離脱を実際に使えるらしい。それが死霊術と関わるものかは分からないし、どういう理屈かも分からないそうだが。
「年を取ったら、なぜかふわりと抜け出すことができるようになった」のだとか。
ただ、抜け出ている間の体には要注意らしい。ある日のこと、フラフラと山で遊んでいたら、テントに様子を見に来た人に、死んでいるものと思われてしまったとか。バシバシ叩かれるわ、水を飲まされるわで、体に帰った後あちこち痛いしむせ返ったそうだ。葬式の話も始まっていて、危うく埋められるところだったと言う。
それと、基本的には、大ジジ様の死霊術も契約方式らしい。「基本的には」と言うのは、「強制する」こともできるから。
ただ、こちらの力量が上回っていないと強制的な使役は不可能だし、寝首を掻かれる危険もあるとのこと。当然と言えば当然か。
大ジジ様は、霊の姿はうっすらと見えるし、話しかけることもできるが、相手が何を言っているかまでは分からないそうだ。それで意思疎通には苦労してきたという。はっきり見えるし会話もできるという話を俺がすると、「それは羨ましいのう」とのこと。
そんな話をしていると、テントの外から声がかかった。
「客人を迎えて、みなで食事をします。」と。
大ジジ様と二人で、外に出た。




