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第七十三話 高岡城へ その3


 イーサンと共に挨拶に向かった千早によると、天真会郊野支部は「穏健派」なのだそうだ。

 まあ、そうでなければ、学園側も宿泊地には選ばない。

 

 「新都支部に比べても、なお穏健にござるよ。」


 俺も、情報には事前に目を通してある。

 確かに「穏健派」であった。

 

 まず、物騒な異能者・霊能力者がいない。

 ロータス姐さんや、マリア・クロウや……俺のような者が、いない。


 腕利きもいない。

 李老師や塚原先生、千早のような者が、いない。

 フィリア、マグナムのレベルの者も、すなわち……俺のレベルの者すらも、いない。


 そして何より、彼らは「弱み」を持っている。

 新都支部同様、子供達の存在。

 ……俺とは、そこが違う。

 

 

 弱みがあるから。

 係累がいるから。

 つまり、どうとでも鎮圧できるから。

 そのゆえにこそ、「穏健派と認定する」。「信用してよいと判断する」。

 それが、軍、警察、そしてメル家の、諜報部の判断。

 

 マフィアの発想と、同じ。

 いい気分は、しない。

 自分の立場の危うさも、思い知らされる。

  

 ……腹が減っていると、本当に碌なことを考えない。   


 

 「ヒロさん!」

 えっ?

 「聞きましたよ。仲間の命を救っていただいたこと、感謝いたします。」

 ドメニコ!

 

 「私の領地は旧衙(きゅうが)の近くにあります。復路では、みなさんの接待の責任者を務めることになっておりますので、どうぞよろしく。」

 屈託の無い笑顔。


 復路の宿泊地の管理責任者が、往路で挨拶しに来る。周到なものだ。

 これで13歳の少年ときた。

 昼に会った郎党とは、だいぶ違う。


 「学園ですか。私も通ってみたかったなあ。」


 この春から通える年齢ではある。年齢だけを言うならば。

 しかしドメニコは、すでに「当主」。小さいながらも……いや、それほど小さくも無い封土を持った、領主なのだ。

 領地の経営、同僚たちとの交際・情報交換。召集がかかれば出陣の義務も負う。

 生き延び、伍し、()していくために、必死のはず。悠長に生徒をやっている余裕は、無い。

 

 それでいながら、この笑顔。

 如才ない対応。


 「君は通う必要が無いよ。作法識見、武術の腕。ドゥオモ家の名を背負うに足る男だ。」

 口を突いて出たのは、本音であった。


 「よしてください。どうしたんです、ヒロさん?」


 「気の利かない郎党のせいで、昼に大変な目に遭ったからね、ヒロ君は。」


 「イーサンさん!」


 2人には、親交がある。

 孝とヴァンサン、いやヴィンセントか。彼らのように、通ずるものがあったのだろう。

 メル家の鍛錬場が出会いの場であった。

 

 「大変な目に遭ったのは俺だぜ?」


 「良く言うよ、キルトこのヤロー。ちゃっかりメル家に貸しを作りやがって。」


 「キルトさんにマグナムさんも。我らがホームグラウンド、郊野はいかがですか?」


 「兵馬を練るには最適だと思うぜ。」


 「広い平野、農地としてもいいところだと思う。」


 「主家にも近く、交通の便も良い。領地としては、理想的じゃないかな。」

 

 「そうそう、農地と言えば、伺いたいことがあるのです。経営に関してなのですが。この辺りですと、何をするのが良いかと……」


 「俺は農家出身だから、そっちのことしか言えないけど、土質から言うとたぶん……」

 「商品作物を作るか、いざというときのために『主食』に力を入れるかと言う問題もあるね。」

 「領地内に、駅亭があるんだろう?少しサービスを良くすれば、人が立ち寄るんじゃねえか?」



 やり取りを見ていて、つくづく思った。

 「郎党って、色々なんだね、ドメニコ。」


 「はい?何です、ヒロさん?」


 「君みたいに、安心して仕事を任せられる人から、昼に会ったやつみたいなのまで。」


 「いや、そのようなことは。皆さんを見ていると、自分の至らぬところばかりが気になって……。」


 「謙遜の必要はないよ、ドメニコ君。トワ系でも十分にやっていける経営・外交能力だと思う。」


 「イーサンさん。では、評価はありがたく受けるとします。ともかく、昼の彼も、決して無能ではないのです。義務とあれば率先して体を張り、困難に立ち向かう男です。だからこそ信用されて併走を任されたのです。」


 「そうか。仲間のフォローという意味もあって、挨拶に来たのか。」


 「いや、その。」


 「郎党仲間ってのは、そういうものさ、ヒロ。分かるだろ、同じ釜の飯。」

 被害者キルトが、分かったような口を聞いている。

 いや、実際に俺達は「同じ釜の飯」。分かっているのか。


 「郎党に大切なのは、何よりも忠誠心です。そのことに関しては、一点の曇りもない男なんですよ。」


 「忠誠心かあ。俺はそこを疑われてるもんなあ。」

 

 「そういうもんなのか、キルト?」

 マグナムが、疑問を投げかける。


 「俺も、聞いてみたいな。寄騎とか郎党と、寄り親・主家との関係。お互い、何を求めるものなの?」

  

 「デクスター家では、やっぱり、書類を作れる能力と、それ以上に、計算能力だろうね、ヒロ君。その上で、ただ計算できるだけじゃなくて、数字の意味が分かるようであれば、ありがたいかなあ。」


 「そういう郎党が、出世するってことなんだね。」


 「まあ、そういうことになるかな。でも、『ただ体を張るだけ』でも、それはそれで。取立てや、警護の仕事もあることだし。」

 


 「郎党の立場からすると、積極的に仕事を与えてくださるということが、喜ばしく感じられます。」


 「要は、報酬と出世だよな、ドメニコ。そしてそのためには、仕事をする必要がある。」


 「同じ事を言っているのに、好感度が全く異なる件。ドメニコとキルト、どうして差がついたのか。」

 慢心、はないだろうけど。環境の違いはある。仕事の性質の違いが。 


 「でもやっぱり、ドメニコ君の言うように、忠誠心だよ。それがなければ始まらない。この間もあっただろう?横領事件。ああいうのは、論外だ。」


 「ええ、そうですね、イーサンさん。逆に郎党からしても、『信じていただく』ことは絶対です。」



 じゃあ。

 「昼の件は、どう評価すべきなの?」

 俺の問いに、イーサンとドメニコが、顔を見合わせる。


 「単なるミスではありませんので、問題と言えます。」


 「とは言え、上の者にも問題はあるね。人使いの過ち。適材適所というものがある。」


 「郎党衆の中で、『彼にチャンスを』という話があったのです。単に武張った仕事ばかりではなく、人と接するような、いろいろと空気を読むような仕事を、と……。」


 「先ほどの亭長や、ドメニコ君のような人材を育成するためには、必要なことだ。最悪の組み合わせが最悪のタイミングで巡ってきたと評価すべきなのかな。」



 「首がつながって良かったな。許してやるよ。ドメニコの顔に免じて。」


 「どこまで恩着せがましいんだよ、キルト。ほどほどにしとけって。」


 「極東で、メルに囲まれたキュビなんだ。何かの時のためにも、売れる恩は売っておかないと。俺も必死なんだよ、マグナム。」


 「ありがとうございます。キルトさん、ヒロさん、イーサンさん。皆さんのおかげです。」


 「アイツ、ヒロとドメニコに頭上がらねえな、これは。」

 そう言って、キルトは額の傷をなでていた。




 二日目の宿泊地は、メル家の郊野駐屯地。

 フィリアに連れられ、千早と3人、責任者に挨拶しに行く。


 その合間に、昨晩そんなやりとりがあったことを、語ってみた。


 「『人使いの過ち』とは辛辣ですね。」


 「あの行動は、論外にござろう。上を責められるものではござるまい。」


 「しかし実際、郎党の多くは、ああなのです。素朴で忠誠心が強く、愛すべき者達なのですが……。あまりにも融通が効かなかったり、経済が理解できなかったり。だからこそ、『これは』という若手は積極的に引き上げているのです。しかし、有能な者の抜擢に留まらず、全体の底上げ・教育も必要でしたね。」


 「と申せ、小賢しいばかりの者など、武家の郎党としては不適格。あまりに泥臭くはあったが、かの如き者こそ、愛すべき郎党にござろう。」

 


 「……濃密なんだな、主従の関係って。」


 「ヒロさん?」


 「あ、いや、その。」


 「ヒロ殿、これから作っていけば良いのでござるよ。天真会をご覧あれ。みなしご達も、友を作り、親代わりの者や師を仰ぎ。そうして、人とつながっていくのでござる。入信しろとは言わぬでござるが、迷った時には思い出されてはいかがか?」


 「こういうところでは、天真会には、一歩を譲りますね。」


 「何の。克己心では、聖神教には敵いませぬよ。それに、いまのヒロ殿にとって、メル家は何よりの後ろ盾にござろう?」


 「そうだな。2人のおかげで、俺は生きていられる。ありがとう。」


 「私も助けられています。千早さんもそうでしょう?」


 「さよう。これが『根を張る』ということにて。お互い様にござるよ。」

 


 フィリアが、俺の顔を下から覗き込む。

 「せっかくの修学旅行です。もっと気楽に郊野を楽しんでは?」


 先頭を行くミケが、クシャミをした。

 思わず3人で、顔を見合わせてしまう。

 

 「良い事が起こることを期待したいものにござるな!」


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