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第七十二話 経済・社会


 今年の修学旅行、その目的地は高岡城である。

 新都の西の守り、高岡城。

 騎行によって、「最大」七泊八日の旅行となる。


 と、これだけのことなのに、俺にはいくつもの疑問があった。


 「新都」って、フィリアが説明してくれた「円形の、新たに建設された地域」だけじゃないの?郊野部分も含むの?(参照・第三十三話 初陣 その1/第三十七話 新都の歩き方 その3)

 であるとか。


 「騎行」ってことは、乗馬が必要なわけだけど、その手配とかどうなってるの?大体、馬って貴重品(モノ扱いするのはアレかもしれないが、まあともかく)何じゃないの?

 であるとか。


 とにもかくにも、俺は王国社会に対する理解が、足りないのだ。

 さすがに少し調べなくては。

 


 新都について、だが。


 行政区分としては、「郊野」も含めて「新都」である。

 しかし、「郊野」は、ある意味でファンゾ島に似ていると言うか……。

 メル家の寄騎・郎党の、私的な領地となっている地域が、非常に多い。


 したがって、「王国領」としての「新都」は、事実上は海沿いの円形部分と言って、差し支えない。

 それだけでも経済圏としては大きいので、王国としては不満は無いのだが。 



 このようなことは、極東道では多々見受けられる。

 直轄領の中に、メル家やその寄騎郎党の、いわば「私有地」があるのだ。

 いや、少し違うか。

 「行政区分としての直轄領(ひとつの州)の中に、実際の直轄領(王国領)とメル家の私領とが、並存している」と表現すべきかもしれない。


 傾向としては、「まとまりの良い(行政を効率良く敷ける)地域、市街地」は、実際の直轄領として王国に献上されている。

 しかし山地・水源地等、軍事的な価値が高い地域は、メル家が確保しているのだ。

  

 カンヌ州を例に取れば、ミューラー半島は、メル家の私領となっている。

 ファンゾに睨みを利かせる地であり、また新都にとっては、海路の玄関口にも当たるからだ。



 「王国に献上されている」と表現したが。

 そう、直轄領とて、厳密に言えば「公有地」ではない。

 「王家の私有地」なのである。


 「新都の役人」は、「王家の使用人」……とまで言ってしまうと語弊があるか。

 現代日本的に言うならば、「王家から委託されている個人事業主達」という表現が近いかもしれない。

 「政のトワ」は、「家族経営の個人事業主」達の集団という趣も、見受けられる。 


 そういう意味では、「軍事的要地をメル家が押さえて」いる理由も、分かるような気がする。

 軍事部門を委託されていると考えれば、「仕事のために必要な取り分」と言えるだろう。

 

 いや、その理解も違うのか。


 委任か請負か、「王国の領土を広げてくる」という、いわば「契約」を王家と結んでいる、と言ったイメージか?

 「基本切り取り勝手だけど、一部は王家にも献上する、あるいは王国と山分けする」見返りに、経済的なバックアップや政治的正統性を、受け取る。

 そういう関係性に立っているようなのだ。



 

 「トワや立花は、言ってみれば、『王家の郎党』です。メルとキュビは、『王家の寄騎』に近い。独立性が違います。」

 そのように、フィリアは説明してくれた。


 「トワや立花と、メル・キュビは、そもそもの成り立ちからして異なるのです。」


 興味を引かれて身を乗り出した俺だったが、フィリアの次の言葉を聞いて、のけぞってしまった。 


 「メル・キュビは、極論すれば、王家とは全く別の王国だったのです。今の北賊と同じ立場とも言えます。」 


 「どういうことだよ!」


 「王家は、今では『都畿』と言われている地域を支配していました。その東、今では『近東』と呼ばれている地域を支配していたのがメル家です。同様に『西隣』と呼ばれている地域を支配していたのが、キュビ家。」


 「『北賊と同じ』って、戦争で負けて吸収されたとか!?」


 「ヒロさん、言って良いことと悪いことがあります。」

 久々に、フィリアの怒りを見た。霊気が身の周りに集まり始める。

 

 俺のバカ! 

 「武のメル家」に対して、言ってはならないことを……。


 「申し訳ない!」 


 過ちては即ち改むるに憚ることなかれ。

 この世界では、対応が遅れれば、命に関わるから。 


 イラッとした顔を収めたフィリアが、説明を続けた。

 「大戦で負けたことは一度もありません。……王家は、まずはキュビ家を、続いてメル家を、契約によって引き込んだのです。メルとキュビは、今ほど大きくはなく、王家の後ろ盾は魅力的でした。名を捨てて実を取ったのです。」


 「連合王国ってこと?」

 

 「近いものがありますが、立場的には、明確にメル家の方が下です。『王』を名乗っていないのですから。……問題発言ですよ、ヒロさん。」


 フィリアはしかし、顔をほころばせていた。


 喜んでいる……いや、違う。

 これは「喜んでみせている」顔だ。


 「先ほどは失礼をいたしました。重ねてお詫び申し上げます。」


 「ご理解いただけて、何よりです。」

 

 俺の言葉に応じて、いま見せているのは、「ほんものの」笑顔だ。

 「だいぶ理解が進んできたみたいですね、ヒロさんも。」


 背中に、ひんやりとしたものを感じた。

 この汗は、五月の陽気によるものでは、ない。



 馬について、だが。


 極東道は、王国内でも最大の平原地帯である。

 サクティ・メル、ウッドメル、ギュンメル、ミーディエ。みな豊かな穀倉地帯であり、畜産も盛んに行われている。

 加えて新都(郊野)の西にある「ダグダ盆地」は、農地としては貧しいが、その分牧草地が多く、やはり一大産駒地となっている。

 したがって、極東は馬の名産地であり、王国全体の平均からすれば「馬の数が多く、安い」。

 替え馬の制度なども充実している。


 「比較的に安いと言ってもさ、軍や貴族には絶対必要だし、餌代もかかるし、走らせる場所も必要……。っていう、高級品じゃないの?」


 そんな疑問を、251号室のメンバーにぶつけてみた。


 イーサンが、問いを返してくる。

 「ヒロ君、記憶が無いと言っても、君はギュンメルで2ヶ月を過ごしただろう?新都では1年生活している。サクティを眺めながら船に乗って来たんだろうし、ファンゾにも滞在した。経済を、庶民の生活をどう見る?」


 「豊かだと思う。それは確かに、貧富の差というものは、歴然と存在している。ただ、困窮者の数はかなり少ないし、これだけの都市なのに、スラム街を見かけない。」

 

 イーサンが、頷く。

 「馬を手に入れられる者も、多いんだよ。経済が好調な、極東では。」 


 「しばらくは続くと見ていいのかな、イーサン。戦争景気に新都の建設ラッシュ。開発できる農地も、まだまだ広い。」


 「ああ、そう見ている。経済規模や発展可能性に比べて人口が少ないからね。この状態なら、働き口に困ることはないし、働けば働いた分だけ、収入になる。」


 「俺ん家みたいな田舎の農家にも、恩恵があるぐらいだもんな。近くに大消費地があるから、作った分だけ売れる。」


 マグナムが、イーサンに同調した。

 マグナムの故郷、カンヌ州のカキサワカは、新都の南西、郊野の南隣に当たる。


 「その金で小作も雇えるし、土地も開ける。親父の代から好景気だって言ってたぜ。俺がここで暮らしてられるのも、そのおかげってところはあるな。こないだ、ついに弟に分けるぶんを開墾し始めた。四男が土地を分けてもらえるなんて、奇跡なんだぜ。家族みんなで泣いちまったよ。」


 長男が家を継ぎ、次男は人手不足の新都に働きに出て、順調にやっている。三男マグナムは、霊能と学園卒業により、エリート路線を歩むことになる。次男三男に心配が無い、お金がかからないぶんだけ、開墾に集中できたというわけだ。



 「ただね。王都は、そうではない。」

 イーサンの顔は、暗かった。

 「もともと、デクスター家は王都で働いていた。こっちには長期出張で来ているんだ。僕も子供の頃は、王都にいた。当時はまるで理解できていなかったけど。」


 理解できていなかったことに、恥ずかしさを覚えてでもいるのか。


 「不景気だよ。開発できる土地は無いでもないが、それをするために動かすお金がない。王都の貴族は格式も高く、どうしてもお金が浪費される。」


 ミーナが口にしていた、彼女の父の言葉。

 「今の王都の技術は、洗練されてはいるが華美に流れてる」だったか。

 一事が万事、そうなのかもしれない。

 経済を回すためには、嗜好品やぜいたく品も、大切ではあるけれど。 


 「地方で余った人手は王都に流入するが、成熟した都市である王都では、仕事の口も限られている。」


 「で、スラム街、か。」

 マグナムが、天井を仰ぐ。

 「と言って、こっちに来るための旅費がないよな。開墾でも、工事でも、兵隊になるんでも、新都には体一つでやれる働き口はあるのに。ままならないもんだぜ。」


 

 「新都と王都の間の地域は、どうなの?」

 暗い話題を嫌ったか、ノブレスが珍しく、頭を使った質問を振る。


 「直轄領については、『均衡している』というのが適切な表現だと思う。主にトワ系が官僚政治家として回している。困窮させるようなヘマはしないさ。ただ、開墾や都市の開発は、自分の任期中に収入が増えるわけじゃないから……。」

 

 自分のポケットに、より多く副収入が入るような、目先の経済活動が優先される。

 仕方の無いところだ。

 イーサンの回答から伺われたのは、同族の仕事ぶりへの、いろいろな意味での「信頼」であった。


 「あとは、メル家を中心とした、封建領主の領地かい?詳細までは調べようが無いけれど、一般的に言って、領邦は直轄地よりは豊かだ。それはそうさ。領主にとっては、全てが『自分のもの』なんだから。富ませようと努力するに決まっている。代々受け継ぐから、長期的な視野にも立てるしね。」


 「結局、王都とその近辺だけか、大きな問題があるのは。」


 「そういうことになるね、ヒロ君。ともかく、極東では、馬についての心配はいらない。だからこそ、修学旅行で騎行なんてことができるんだ。」


 「そういえば、イーサンは今年も旅行委員長なんだろう?去年よりは大分暇そうだけど?」

 

 「旅行委員に仕事を分散させているからね。特にスヌーク君が頑張ってくれている。折衝上手だね、彼は。」


 イーサンも、ノブレスをお手本に「上手にさぼる」ことを覚え始めたらしい。 

 

 師匠のノブレスに目を向けると、案の定うたた寝をしていた。

 自分で質問をしておいて、話も聞かずに昼寝かよ。


 お手本どころか、お手本の鑑とも言うべき姿だけど。

 この域にまで達するべきでは、無いんだろうな、やっぱり。



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