第七十一話 教育者たち
「あらあら、ヒロくんのお師匠様ですか、うふふ。」
「千早、頼む。」
「ロータス姐さん。こちら、ファンゾより参った、つぼみにござる。」
「もう!それを言われちゃ……。いいえ、つぼみちゃん。あなたは気にしなくて良いの。さあ、みんなと一緒に。」
「男親ひとり、それも武骨者ですので。私の至らぬところ、ぜひ教えていただきたい。」
「気が引けるわね、さすがに。」
「はい?」
「いえ、お気になさらず。子供達と一緒の様子を私の方で見ておきますので。その間お父様は、塚原先生になっていてくださいね?」
「よろしくお願いいたします。」
4月末から始まる連休。
天真会極東総本部に、みんなで押しかけた。
ファンゾ島での出来事を、天真会へのお礼がてら、李老師に伝える。
霊能に関する仮説は、ソフィア様を通じて発表することになっているので、触れないけど。
「言えぬことがあるか。ふむ、良いよ。聖神教との兼ね合いかの。」
老師……。勘弁してください。
「そうか、跳躍のカラクリは理解したか。さて、半年経って、答えは出たかの、ヒロ君?」
「柔は剛により、剛は柔による。」
「ふむ。」
「……柔らかい動き、軽快に見える動きには、筋力が必要。破壊力のある攻撃には、脱力が必要。」
「絞りすぎ、理屈を立てすぎておる。だが、まずはそういう理解から入ってみるのも良いかの。」
木刀を投げ渡してきた。
半年振りの、老師相手の稽古が、始まる。
「むっ?この気配。……未練もほどほどになされては?」
短く持った槍を素早く突き出しながら、モリー老が笑顔を見せる。
「お主に言われたくはないわ。いつまで生きるつもりぞ?」
そうか、生前に交際があったんだよな、この2人。
ともかく、千早を見て得たものを、試さなくては。
丹田近辺を、緊張させる。
脇を、締める。
体の軸を立てて、安定させる。
体が、小さくなったような気がした。
いや、コンパクト、と言うべきか。この感覚は。
まだまだ量の少ない、俺の「武人の気」。
それでも体がコンパクトになった分だけ、密度濃く体に纏わりついているような……。
薄い層だが、その分だけ、いつもより少しだけ遠くから、少しだけ敏感に、少しだけ早く、気配を感じられる。
老師の一挙手、一投足に、対応できる。
「よし、いいぞ、ヒロ君。モリーもいるし、こないだよりやれる!」
ピンクの指示も、イキイキしてきた。
実際、攻め込めている。
だが、やはり決定打には、ならない。
木刀の「行き」が甘い。打ち込みに、力が足りない。
!
力を込め、脇を締めることで、速さ、いや「早さ」が生まれた。
筋肉の力で、剛によって、柔らかく軽快な動きを呼んだならば……。
打ち込みの力を、破壊力を増すためには、柔。脱力。
打ち込みの瞬間に、力を抜く「ような」イメージ。
「行き」が伸び始めた。力が、伝わっている。
後は、タイミングだ。
ああ、もう、また間を外される!
滑るように、無駄を排して、間を詰めて……。
気のせいか、老師の動きも、俺の動きも、緩やかなものに感じられた。
「「「ここだ!」」」
ピンクと朝倉、俺の声が重なる。
老師の木製小太刀と、俺の木刀が、打ち合わされる。
!
抵抗が、ない!?
そのまま柔らかく、木刀が小太刀に吸い込まれ……。
小太刀の向こうへと、抜けていった。
「えっ!?」
「隙あり~。」
目の前が、真っ白になった。
後ろへと、体が落ちる。しりもちをつく。
痛みを感じて、やっと理解が及んだ。
これ、額に何か一発食らったんだ。
「わしが浄霊師だということを、忘れておったの?」
「……そうでした。」
霊弾だったか。
「しかし、何が起きたんです?木刀がすり抜けたような……。」
「斬ったのだ。」
塚原先生?
「老師、ご指導ありがとうございます。」
塚原先生の手には、両断された、いや、俺が両断した、木製の小太刀があった。
「塚原先生のご指導は、良いですな。基本がしっかり身についておるから、教えやすい。」
「いえ、この感覚を引き出したのは、老師です。今のヒロから引き出せるとは、思っていませんでした。」
「亀の功より何とやら。こればかりは、指導歴の長さでしょう。」
「励みます。……ヒロ、いつまで呆けている。」
「失礼しました。老師、ご指導ありがとうございます。」
「次の課題は、その感覚を馴染ませることだの。馴染めば、より早くなり、説法師の速さにも対応できる。より威力が増し、剛力による打ち込みも、斬れる。」
そう俺に告げた老師が、ゆるやかに首を巡らす。
「霊能が無くとも、できる。霊能があっても、対抗は難しくなる。」
孝と千早を、煽る。
2人の顔が、紅潮する。
「老師、ヒロの次の課題は組み手です。できればこちら、天真会でお願いしたいのです。」
塚原先生の言葉を聞いた孝と千早の顔が、「おう、いっちょ揉んでやる」と告げていた。
案の定、ボコボコ。
やはりどうも勝手が異なる。間合いの問題と言うか……。
「さすがに千早の相手は無理かの。ヒロ君、これを。」
老師が、白扇を投げて寄越した。
「それを握って、孝とやってみると良い。」
いや、扇子って。鉄扇ならともかく……。
とりあえず、右手に握る。腕を、前に出す。
あれっ?間合いが、見える?
「始めい!」
あれれ?
かわせる。手を弾ける。打ち込める。
「これが刀術使いの恐ろしいところよ、孝。割り箸一本でも、何か手に持つと急に変わる。習い覚えて一年であっても、な。」
孝にそう告げた老師が、くるっと俺に顔を向けた。
「ヒロ君は、打撃よりも、『掴んで投げる』、『足技で転がす』方が良さそうだの。僅かながら心得の跡が見られる。」
即座に老師が塚原先生に顔を向ける。2人が含み笑いを見せる。
針のむしろ。
「塚原先生、よろしいかしら?」
「これは、ロータスさん。」
助かった。
「充実した時間を過ごしたみたいだねえ。」
「ミケ?どうしたよ。機嫌悪いみたいだけど。」
「子供は嫌いだよ。さんざんいじり回された。」
「分かったか?好奇心ってのは、対象にされる側には迷惑だってことが。」
「つぼみちゃんですが、何かおかしな教育を受けていた形跡があります。」
「やはり……。」
「自分から何かする、何かに興味を持つ、そういうことを押さえつけられていたみたいですね。」
「ふむ。私は何をすべきでしょう?」
「うふふふふ。」
「はい?」
「安心しました。『大丈夫ですか?お願いできますか?』ではないのですね。『大丈夫だ』と信じていらっしゃる。それに、自分でどうにかするつもり。」
「それは、私は親ですから。」
「素敵なお話です。」
「姐さん、つぼみの話を続けるでござる。塚原先生には我らみな、お世話になっているのでござるぞ?」
「もう!千早ったら!最近、本当にやりにくいわ。」
言っている内容の割りに嬉しそうな顔を見せたロータス姐さんが、再び塚原先生に向き直った。
「特にすべきことはありません。今のまま、自然に接してください。そうですわね、時々こちらに連れてきていただければ、なおよろしいかと。」
「特に何もなし、ですか?」
「子供というものは、大人が思っているよりも、たくましいものです。つぼみちゃんも、初めは戸惑っていたみたいだけど、ほら。」
シンタと弥助に捕まって身動きに不自由したミケが暴れている。
弥助も心配なさそうだ。
そして話題の中心であるつぼみは、ミケのポケットの中に顔を突っ込もうとしていた。
「つぼみちゃん、ダメだ。その中には、とっても怖いのがいるんだぞ~。お兄さんはね、そいつのせいでひどい目に合わされたんだ。」
つぼみがこちらを振り向く。
「怖いの」と言われて、ためらいを覚えたか。
それでもポケットの中が気になるようで、手だけは、抜こうとしない。
「痛い!」
女神のヤツ、何かしたな?大人げのない。
「むう。」
ポケットから手を離したつぼみが、むくれ顔を見せた。
左右を見回した後、俺の手元を見て、目を輝かせた。
「お兄さん、それ、貸してください!」
つぼみが見つけたのは、白扇。
大体何をするつもりかは分かったが、面白そうなのでやらせてみる。
案の定、ポケットの中に、白扇を突っ込んでいる。
左右に揺らしたり、前後に動かしたり。
どうやら、中にいる「怖いの」を釣ろうとしているようだ。
可愛らしいものだ。
少々幼くも見えるが、数年前にしておくべきことを、いまやっていると思えば不思議はない。
「あっ!」
素っ頓狂な声をあげて、つぼみが白扇を引き抜いた。
「あれっ?」
女神のヤツ、付き合いのいいことで。
ちょっと釣られてやったな?
もう少し長いものを……と周囲を見回して木刀を手に取ったところで、塚原先生に止められた。
「つぼみ、それはいけない。」
つぼみが先生を振り返る。
「木刀は、そのようなことに使うものではない。」
はっとした表情を見せて、つぼみが木刀を下に置く。
そうだった。
つぼみは、目の前で塚原先生が刀を振るい、『教祖』を切り捨てるのを見ていた。
洗脳的な教育のせいもあって、小刀を抜いて突くという動作を、身につけていた。
つぼみは、刀とはいかなる物であるかを、知っている。
「ごめんなさい。」
「ん、分かれば良いのだ。」
先生が、つぼみの頭に手を乗せる。
わしゃっと動かして、手を離す。
「そのうち、正しい使い方を教える。」
それで良い……のか?
あんなことがあったんだし、「教えない、刃物から遠ざける」っていう選択もあると思うんだけど。
「我等はそうすることでしか、人を教えられぬ。」
老師?
「武術は必須の教養であるし、の。『この世界』では。」
頭を抱えたくなる。
「相変わらず底意地の悪いジジイよ。……全く変わっておらぬ。」
モリー老の声は、いつもより少し、弾んでいた。
一方、つぼみにしっかりと抱えられて馬車に乗り込んだミケは、いつもよりだいぶ、消耗していた。
顔のふてぶてしさが、30パーセントほど割引きされているように見える。
それでも、つぼみの手から逃れることはせず。
その膝の上で大人しく丸まっている辺り、やっぱり一応、猫型ゴーレムなんだよな。




