第七話 山の民 その1
「これは失礼。だが、里の者が山に何の用で?」
精悍な男が森の中から顔を出した。
「某は天真会所属の説法師、千早と申す者。ティーヌ河にて土砂崩れがあったゆえ、山の道を通っており申した。浮かばれぬ霊を見かけしゆえ、説法師の責務として理法を説かんと山中に入った次第にござる。結果として幽霊に獣から救われたという顛末にて。山を汚すつもりは一切ござらん。」
千早が答えると、厳しかった男の視線がやや和らいだ。
「その目は嘘を言っていない。先ほどの吠え声も聞こえていました。説法師さまということならば、一族のテントに立ち寄ってはもらえないでしょうか?」
「我らのつとめがそこにあるならば、喜んで寄らせていただきまする。」
男の案内で、山の中を歩いた。とんでもないルートのようでありつつ、きちんと人間が通ることができる。
彼らの言う「里の者」では、とてもたどれない道筋だということだけは、よく分かる。
道中、話をした。
彼らは、「山の民」あるいは「森の民」と呼ばれる存在であること。
「山の民」とは、狩猟と遊牧を主な生業とし、山から山へ、森から森へと移動する人々であること。
閉鎖的で、「里の者」とは必要以上には交流しないこと。そのために、「野蛮」と見られがちでもあること、などなど。
「大まかに言って、定住の民の間では、聖神教の方が広がりを見せています。山や森、海の民の間では、天真会的な宗教観が圧倒的に支持されていますね。」と、これはフィリアの説明。
森が急に開け、テントの群れが目に入る。
山の中の平地で、日差しも暖かい。近くには小さな流れもある。代々継承している知識か、探し出す知恵か。これもひとつの知性には違いない。「野蛮」ということはないと思うのだが。
中央にあるテントに案内される。
ちょこん、と老人が座っていた。まずは長老にご挨拶、今後のためにも覚えておこう。
「大ジジ様、お言葉通り、旅人がおりました。説法師さまでしたので、おいでいただきました。」
「手間をかけさせたな、鷹の翼。」
「鷹の翼」、か。精悍なこの男にはぴったりの名前だ。
「某は説法師の千早と申します。こちらは聖神教神官のフィリア。こちらはヒロでござる。」
千早が名乗る。俺が死霊術師であることは、さりげなく省略しつつ。彼らとの初遭遇からここまでのそつのなさ、千早も意外と世事に賢いようだ。
「森を汚すつもりはござらん。霊を追い、獣に追われて踏み込んでしまったことをお許しいただきたい。」
大ジジ様がこちらを覗き込む。目がほとんど見えていないようだ。
「気に病むな、猛き説法師よ。よく来てくれた。聡き浄霊師よ、旅の途次だというに、手数を取らせてしまったな。しばし我らに付き合うてくれ。珍かなる死霊術師よ、我ら山の民はなんじらを忌避しない。我らが慮るは、心根の善し悪しのみ。身を隠し偽る必要はない。」
なぜ?その驚きも読み取られたようだ。
「時おり、現れる。霊を連れて、な。珍しいというほどではない。」
ん?「珍か」じゃないの?
千早とフィリアも驚いていたようだ。
「大ジジ様、なぜ私たちが来るとお分かりで?」
「死にかけの老人ゆえ、霊が体から離れてしまうのよ。山を遊びまわっていたら見つけたのよ。」
そんなことがあるのですか!
「ハッハッハッ。冗談じゃ。若い娘ごゆえ、からかってみたくなっただけじゃ。連日の大雨。このような時は山崩れが起こる。しょうことなしに山に踏み入るものが増える。老人の先読みよ。」
「山の衆の気働き、学ばせていただきました。」
「人を率いる賢者の知恵、参考にさせていただきます。」
まったく、どこまでもまじめな子供たちだ。
「さて、実は説法師には頼みがあってのう。神官も来てくれたとなればなお心強い。千早どのとフィリアどの、お願いしてよいかの。」
「はい。」
「喜んで。」
それではこちらに……と、鷹の翼が案内する。
「ヒロどのには、我ら山の民の話や決まりごとを少々。二人に比べるとやや疎いところがあるようじゃ。」
そう言われて、俺一人が大ジジ様のテントに残ることとなった。




