第六十八話 真剣勝負(?) その2
結局、去年の決闘に引き続き、司会はジャック。
「家の名誉を背負って無いんだから、参加は遠慮しろ」と言われた俺。
審査員を務めることとなった。
食堂の厨房を借りて、参加者達が料理を作り、できた順に、試食・審査となる。
最初に運ばれてきたのは、トモエ・アサヒの一品。
「ザ・家庭料理」という趣。
「基準にしやすいし、幕開けにはいいんじゃないかな。」
審査委員の一人、家庭科教師の宝玉帝冠・極光大銀河系のコメントが出た。
「トモエちゃんらしいなあ。」
貴族(家名持ち)代表として、審査員を務めているノブレスが、嬉しそうな声を上げた。
「自分で作るより、作ってもらう方が良いに決まってる。」と、彼らしい理由で参加を見送ったのだ。
うん、何と言うか、普通に美味しい。
そのせいもあるだろうか。
次に運ばれてきた、イーサン・デクスターの一品は、はっきりと劣って感じられた。
トモエの一品が「おふくろの味」ならば、イーサンの一品は「おばあちゃんの味」。
そういう理由もあったかもしれない。
「(審査員の大部分が中学生年代であるだけに、)渋すぎたかもしれない」と言っておく。
「これならトモエさん、うまくやっていけるね。」
呼ばれてきた審査委員のローシェは、学園内の噂をしっかりと把握しているようで。
さすがは生徒会長……と言っておけばいいかな。
「むしろ嫁姑問題が怖いかもよ。『あらトモエさん、デクスター家の味とは違うのですね。』って。」
そんなことを言っているのは、審査委員長・好奇心の女神@猫舌。
好奇心とゲスは紙一重なんだよなあ。
で、イーサンの逆が、千早。
端的に言って、お子様向けの味。
天真会で子供達を相手にしてるから、仕方無い。
「問題があるわ。」
家庭科教師の宝玉帝冠・極光大銀河系が、厳しい顔をした。
「塩分が強すぎます。理由を。」
いつもおどおどしている宝玉帝冠が、珍しくはきはきとした口調で、質問を浴びせる。
「戦地では、激しく体を動かし、精神的にも大きな重圧がかかるでござろう?失われる塩分を補わねばならぬ。強い塩分を感じさせない味付けが、某のアピールポイントにござる!」
ダメ出しされて少しへこんでいるように見えた千早だったが、臆することなく答えを返した。
「でもその結果が、お子様向けの味じゃあ……。」
「いや、考えてるとは思うよ。」
フォローをしておく。
で、フィリアの一品が、これまた千早の逆だった。
薄い!
素材の味、とかそういう上品な味わいなんだろうけど。
千早の後というのは不幸だったかも知れない。
「それにしても薄すぎでは?」
「味覚に問題があるんじゃ……。」
メシマズ疑惑まで生じている。
「変な足し算よりは、ずっとマシだと思う。」
フォローになってないかもしれないが、一応。
順番が悪いと言えば、レイナの料理もまた然り。
さんざんしっかりした料理が出た後で出された一品だったのだが……。
これ、「酒のあて」ですよねえ。
「最初に食べたいところだよ。」
「こういうとこに出すもんなのか?」
「立花らしいと思うよ。」
フォローフォローっと。
意外だったのが、スヌーク。
味も良かったのだが、盛り付けも美しかった。いかにも「コンクール」向け。
「これがハニガン家の味だ!」と大見得を切るだけのことはある。
接待に気を使ってきた、工夫を凝らしてきた、ハニガン家。
そう発言してしまえば、スヌークの怒りを呼ぶであろうから、控える。
しかし確かに、ハニガンの苦闘と栄光の軌跡を示す一品であった。
最後に、ミーナ。
田舎料理。豪快な、「おやじの味」。
「うまいんだけどさ、がさつだよな。」
審査委員・マグナムのコメントは、なかなかに辛辣であった。
マグナムは、「村の味を紹介したい気持ちもあるが、作るよりは洗い物をしたいから。」という理由で、エントリーを見送った。
「洗い物は俺にやらせろ!絶対だぞ!」という条件つきで。
「一気にかっこむには、いいんだろうね。職人の料理だと思う。」
フォローは忘れずにっと。
辛辣なコメントの連発に、一部から怒りの声があがった。
「じゃあ審査委員の腕前は、なんぼのもんなんじゃ」というわけ。
そう言われるだろうと思ったから、コメントでフォローを入れまくっていたわけだが。
「ヒロのコメントはズルイ。」と吊るし上げられる始末。
仕方ないので、審査委員も何か作ることになった。
ミケは免除されたけど。女神だし、猫だし。
ローシェの腕前は、普通だった。
ノブレスは、肉を炭に変え。
宝玉帝冠・極光大銀河系は、さすがに学園の家庭科教師らしい腕前を披露し。
マグナムは、ミーナの上位互換を提出してみせた。
家事好きだもんなあ。辛辣なことを言うだけはある。
で、俺。
とんかつを作ったのだが、これがこの世界には無かったらしく、大好評。
審査委員達がどうにか面目を施したところで、結果発表。
順当にスヌークが優勝、次点がトモエ。
じゃあ、調理実習は、スヌークかトモエの料理を……となるはずが、「とんかつを作ってみたい」という声が多かったために、「そういうことになった。」
なんだか悪いことをしたような気もするが。
スヌークもトモエも、俺を非難する様子を見せない。
「ヴァリエーションを増やしたい。」と言う2人の視線は、熱かった。
それだけ料理に対して、真剣だったんだな。
勝つだけの理由が、2人にはあったのだ。
その真剣さを、トモエは冷やかされまくってるけど。
「花嫁修業、精がでますなあ。」
「イーサン、何かひと言。」
「最近はお父様が弟につきっきりだから、私はお母様と一緒にいる時間が多いだけよ!」
とか何とか、言い訳にもごまかしにもならないことを口にしている。
「そうでした。トモエさんが家を出ると決まれば、弟さんが家を継ぐことに決まるのですよね。」
「弟御としてもアサヒ家としても方針が固まり、喜んでいることでござろう。」
下の子は、上がどうするか決まらなければ、動きが取れない。
もしトモエが婿を取って家を継ぐということになっていれば、弟は将来的に独立するか婿の先を探すか、という話になる。
そうか、フリッツの悲しみを、トモエの弟は背負わずに済むんだな。
と、俺の思惟が泳ぐ暇も無く。
逃げ道を見つけたトモエが、フィリアと千早におぶさってきた。
「そうなの。ちょうど最近、少し珍しい案件があるからって、弟に付きっ切りで家業を教えていて。今までは私にばかりうるさかったのに。」
アサヒ家は、刑事裁判を担当する家だ。
日本で言えば、検察官と裁判官と刑務官と、それらが一緒になったような仕事。
イーサンとの縁談がスムーズに進むぐらいの家格ではある。
男爵~子爵格「とされている」。
されているのに、実際に爵位を得ていないのは、担当業務による。
刑事裁判は、王国の上流階級からは、「汚れ仕事」的な意識を持たれている。
そのため、貴族ではあるのだが、爵位とは縁が遠い。
必要な仕事でもあり、きちんと貴族扱いされてはいる。
いるのだが、爵位だけは、なかなかもらえない。よほどの功績を挙げない限り。
と、いうわけで。
イーサンとの、デクスター家との縁談は、トモエにとって、アサヒ家にとって、「良い話」なのである。
デクスター家にとってはどうか。
デクスター家も、宮廷貴族。法衣貴族あるいは官僚政治家と言い換えることもできるが。
こちらの仕事は、日本で言えば、「財務省」であろう(現在の任地は新都、地方政府ではあるが、ともかく財務である)。
普段の仕事、ウッドメル大会戦での働きを聞いた感じでは、支出と収入の計画を立て、実際にそれを回すべく、指示を出していくという役どころ。
軍や警察とは違い、「人手」「現場」はあまり必要としない家なのかな、と思っていたのだが。
実際は、そうでもないらしい。
と、言うのは。
政府の「収入」も司る家だから。
政府の収入とは、すなわち「税金」である。
税金あるところ、脱税は必ず生ずるわけで。
デクスター家は、税務署や執行官のお仕事も兼任しているというわけなのだ。
そして、「武家」が存在する王国社会である以上。
マルサや執行官は、「荒事担当」でもあるわけで。
人手が必要だし、デクスターの名を背負う男は彼らを取りまとめる必要もある。
デクスター子爵が、苦い顔をしながらもイーサンの武術大会参加を認めたのには、そういう理由もあったのだ。
ともかく。荒事担当を必要とするデクスター家としては、「人手」それも「強面」を抱える家との縁談には、メリットがある。
それはもちろん、直接に「刑務官」「検察官」(日本に比べて、王国におけるこの仕事は、かなり現業寄りである)を借り受けるわけにはいかない。
しかし、その下の「実働部隊・兵卒」ならば、遠慮なく借り出せるようになるからだ(もちろん十分な謝礼は出す。費用負担は苦にならないのが、デクスター家である)。
トワ系全体として見た場合でも、「武力」を持っている家は少ない。
老け顔の中将閣下ではないが、「戦いは数だよ」なわけで、武力とはすなわち「動員できる兵力」を指す。
トワは政治の家とは言え、政治力の裏打ちは、やはり財力と武力。
自前で持たずに周囲を動かすからこそ「政治家」ではあるのだが、自前で持っているならばそれに越したことは無い。
ことに、クソ真面目で「転がす」ことが下手そうなイーサンの性格を考えると、その必要性は特に大きい。
財力を有するデクスター家は、この縁談によって、人手(それも、汚れ仕事を一向に厭わない人手)を倍以上に増やすことができる。
子爵位を有し、トワ系でも有力な家の一つであるデクスター家だが、さらに一族内部での地位を高めることができる。
そういうわけで、イーサンとトモエの話は、両家にとって「良い縁談」というわけなのだ。