第六十八話 真剣勝負(?) その1
「防具作り、見たこと無いんだ。見せてよ。」
「レイナ、防具はさ、軍事機密だよ?」
「ミーナ、隠すよりは性能をアピールすべきなんだよ。とても敵わないとか、すごい財力だとかってビビらせるのも、軍事的効果が大きいんだから。」
「そういうものか。まあ、大貴族ならそうなのかもねえ。どうします、お三方?」
「ええ、いいですよ。」
「『材料の出所を決して穿鑿しない』と約束できるなら。」
「何よそれヒロ、怪しいわね。まあいいわ、約束します。……じゃあほら、行くよ!」
「なにゆえレイナ殿が仕切るのでござろうか?」
春休みの工房は、閑散としていた。
「好都合だ。工房は個人ごとに割り当てられるけど、やっぱりお互い見に来たりもするからねえ。」
まさに、真剣勝負。
職人にも、戦場がある。
珍しく大人しいミケのポケットから、海竜の鱗を取り出す。
「フィリアの防具は、2枚あれば充分だね。修理用の部品も含めて、最終的には3枚を見込んで欲しい。」
「ちょっと!海竜の鱗って!どうしたのよ!」
「レイナ、穿鑿はしない約束だろ?」
「ああもう!こんなお宝を惜しげもなく!これだから領邦貴族は嫌になる!」
「で、ミーナ。俺は何をすればいいの?」
会話に付き合っていると、答えを誘導されかねない。気をつけないと。
「ちょっと待ってて……。よし!」
ミーナが、墨縄のようなものを当てていた。
鱗の上に、菱形が何十個と描かれる。
「これを切り出して欲しいんだ。できるかな。」
「当然だ。切れる。」
朝倉からのテレパシーを受けて、ミーナに頷きを返す。
「なるほど。まさにスケイルアーマーですか。」
「正確には、ラメラーアーマーだね。フィリアは、後陣にいることが多い。霊気の防御もある。だからプレートメイルは必要ない。かわりに、衣装との合わせやすさ、柔軟な動きやすさが必要だ。課題は重さだと思ってたんだけど、まさか竜の鱗とはねえ。レイナじゃないけど、さすがはメル家だよ。」
菱形を切り出したところで、今度は千早の出番。
「糸を通す穴を開けてくれるかな。竜の鱗は柔軟だけど堅いから、千早の力でないと。」
「任されてござる。」
「で、これを結びつける糸なんだけど。霊気の伝導率が高い素材を使いたいんだ。フィリアに馴染ませるために。後でいくつか、素材の候補を伝えるよ。」
「分かりました。それを持ち込めば良いのですね?」
デザインのスケッチを見せてもらった。どうやら、あとは結びつけるだけ。
「夏前に完成させる」というミーナの言葉に嘘はない。やはり、信用できる。
「竜の鱗2枚なんて、贅沢ねえ。素材だけでビビらせるって、反則じゃない!」
そう言いながら、スケッチブックをめくるレイナ。
「ちょっと待て。これ、どう見ても千早をイメージした鎧よね。」
「文の立花」。その総領の目は、ごまかせない。
「フィリアの防具『は』2枚、って言ってたわね。あんた達まで……。」
「まあ、そういうことで。」
「腹立つけど、千早には間違いなく似合うわ、これ。見てみたいのがまた腹立つ!一体何枚持ってるわけ!?」
「出所を推知されかねないので、黙秘するよ。しかし、レイナは遠慮しないなあ。」
「なに憚るところもない身だからね。」
その回答に、疑問に思っていたことを、聞いてみたくなった。
「いや。さっき、ミーディエ辺境伯家のサラと会ったんだけど。」
「またあんたは。メル家の腰巾着の癖に、めんどくさい相手と……。」
「ともかく!サラは誰に対しても敬語を使ってたんだよ。フィリアもそうだろ?」
「何よ?大貴族の令嬢はそういうものなんじゃないかって?」
「話が早くて助かるよ。」
「そうね、これは。」
「ええ、まずは私から説明した方がいいでしょうね。」
ツーカー。
レイナとフィリア、本来は相性がいいんじゃないだろうか。
「メル家は武家。寄騎や郎党の数も多く、その親族が学園に通っています。」
「それは分かる。」
現に、先週あった卒業式でも、挨拶で大変だった。
「どうしても、彼らが私に対等の口をきくのは、無理でしょう?」
「あ、なるほど。だからフィリアも敬語を使うことで、対等にするわけか。」
「学園の中にまで、身分を持ち込みたくはありませんから。」
「と、理解できたヒロなら、分かるでしょ?」
「立花は寄騎や郎党が少ない。気安く話しかけてもらいたければ、こっちも気安い口調が良い、ってわけか。」
「ひとに言われると腹立つわね。」
「その少なさが、立花の強みでしょう?」
「分かってるけど、感情はどうしようもないっての!」
少なさが強み?
フィリアとレイナの会話はテンポ良く流れ、展開し……。その意味を聞く間を与えてくれない。
「穴を開け終わったでござるぞ。」
「じゃあ、今日できる作業はここまでだね。糸を持ってきてもらえれば、ひと月でほぼ完成だよ。飾りとかそういうのは別として。」
「では帰りますか。」
「そういえばさ、新年度始まってすぐ、調理実習やるって言ってたじゃん。班ごとに、何作るか決めなさいって言われてたけど。班分けとかどうするのよ?」
「作りたいヤツが何人かいるだろうからさ、その数人を班長にして、あとは適当に分かれればいいんじゃないの?」
王国では、貴族社会においては、不用意な発言は厳禁。
社交は、会話は、地雷原。
「その数人を、どう決めるのでござるか?」
「譲るつもりはありませんよ?」
「立花の味が劣るとでも?」
「作るって分野で、引くわけにはいかないんだよね。」
ちょっと待ってくれ。そんなつもりじゃあ。
お、イーサンにスヌーク。ちょうど良かった。うまいこと間に入ってくれ。
「デクスター家にだって、伝統というものはある。」
あれ?
「流行りはなくとも、廃りはあると思うよ。伝統ばかりが偉いわけじゃないだろ?」
そういえば、スヌークは新興の準男爵家だった!
まずいって、この流れ。
寮の前までこの会話が続き、人の輪が増える。論争は止まない。
調理って、そんなに意地を張り合う場だったの?
「よし分かった!試合で決めればいい!」
そうだな、ジャック。もうそれしかないだろ。
「俺も参加するぞ。」
周囲の空気が凍りつく。
「得意料理?ハッシュした鳩にラディッシュのサレ、アシジュポーンのサレ、アンチョビ。コンフィチュールを添えて、シュークリーム……。」
なんだかうまそうだな。
「ジャック君!学園における調理実習の趣旨は、野戦を意識するところにある。あまり高級路線に走るべきではないと思う。君の腕の振るいどころではないよ。」
イーサンが何か「うまいこと」を言っている。
「そうよ、ジャック。舌の肥えた人が判定してくれなきゃ、勝負がつかないじゃん。まとめ役はやっぱジャックじゃないと!」
「いや、うまそ……」
と口にしたところで、ヒュームに後ろから口を塞がれる。
おい、俺の隙が見えないなんて、嘘だろ。
「ヒロ殿。言葉に惑わされず、冷静に考えるべきにござる。」
ミケの念話が聞こえてきた。
「ひき肉。大根の塩漬けすなわちたくあん。イカの塩漬けすなわち塩辛。煮干。ジャム……。聞き覚えがあるはずだよ?」
体の力が抜けた。
「理解できたようで、何よりにござる。」