表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

263/1237

第六十五話 帰還 その2


 双月港を出たクリッパーは、北へ向かう。

 春3月の、強い南風を受けて。

 行きも帰りも順風というのは、ありがたい。


 船に乗っていると、どうしても足が鈍る。

 俺は特に、脚力勝負というところがあるから、気をつけないと。


 そんなことを考えて、スプリットスクワットと言う名前だったか、そんなことをしながら甲板をウロウロする日々。


 「たかが5日かそこらじゃない。暑苦しいわねえ。」

 レイナあたりに、そんなことを言われながら。


 右手に見える景色が、山がちになってきた。

 次の目的地は、往路では寄らなかった、北ファンゾ。

 その出入り口である、猪鼻港(いのはなみなと)

 突き出した岬の形がイノシシの鼻に似ている、そういう理由で名づけられたらしい。


 この猪鼻港には、地元に配慮して、4日滞在する予定だ。

 行きにスルーした分だけ、長めに時間を取る。


 山がちな地形、イノシシが身近な土地柄。

 北ファンゾに勢力を誇る百人衆は、いわば山岳猟兵であった。

 ちょうど一年前に出会った、「山の民」とどこか似たような人々。

 それが、「山家五行八横やまがごぎょうはちおう」である。


 南ファンゾが、南方二十八騎。中ファンゾが、中津三十六家。

 北ファンゾは、五行八横。

 ここでの「行」とは「縦」のこと。「縦横」とは、すなわち「掛け算」。

 5×8=40の家がある、そういうこと。実際数えてみたら、42家あったけど。


 猪鼻港も、双月港と同様の理由、すなわち、「各家では争奪はできても確保ができない」という理由から、メル家の直轄領となっていた。

 代官の権限は双月港よりもだいぶ小さいようだ。諸家に対して、多少の遠慮を見せている。

 

 「五行八横衆が、狩りはいかがかと。」

 代官が、気まずそうに、そんなことを口にする。

 「あらかじめご予定を伺うことをせず、申し訳ありませんが、彼らなりの歓迎の意思で……。」


 「ええ、喜んで。」

 フィリアが、即答した。

 代官がほっとした顔を見せる。

 

 「いわゆる巻狩です。」

 そう言って、代官が地図を広げた。

 平地で待ち構えているところに、山側三方から獣を追い立てる。そういうやり方。

 接待される側が、待ち構えるポジションに位置するのが慣わし。

 

 「私たちの位置を、少し変更しましょう。」

 追い立てられる獣を真正面から引き受けるのではなく、横手に見るように。

 そういうポジション変更を、フィリアが指示した。

 「獲りすぎるべきでもないでしょう?彼らの狩場なのですし。」

 

 「ありがたきご配慮。彼らに伝えておきます。他に、皆様からのご要望は……。」


 「もしよろしければ、私は勢子に回りたいのですが。」


 「ヒロさん?」


 「弓を射るよりは、山を走る方がまだしも得意だから。接待を受けておいて副使の獲物がゼロじゃあ権威にかかわるし、向こうも気まずいだろう?」


 「姑息にござるなあ。なれど確かに、権威の問題は大きい。名目は、交流ということにしておくでござるか?」


 「では、その旨もあわせて伝えておきます。」


 「ええ、楽しみにしています。」


 フィリアのその返答を聞いた代官が、嬉しそうに去って行く。

 中間管理職は、つらいよね。


 「狩り、好きなんだ?」 


 「嫌いではありませんよ。貴族の、特に軍人貴族にとっては必須の嗜みですし。」


 「なら、遠慮しなくても。彼らの接待、真正面から受けなくて良いの?」


 「ポジション変更のことですか?一方向を開けておくのは、マナーです。」


 「逃げる獣を真正面から引き受けるのは、危険でもござるしな。某がついているとは言え、万一のことがあっても困る。」

 

 弓の腕に、狩猟のマナー。

 学ぶべきことが、次々に出てくる。

 そうだ、新都に帰ったら、動物図鑑も調べないと。グリフォンにドラゴン、他に何かいないか……。

 

 「ケモノを殺して、平気なの?」


 言うと思ったよ、ラスカル!

 でも、実際、ちょっと気になる。

 

 「ヴァガン、人間達の狩猟について、グリフォンの見解を。」 


 「『俺たちも狩りをするからなあ。自分が狩られるのはゴメンだけど』だってさ。『俺たちみたいな霊獣ならともかく、そこらの獣なんざ、三欲以外のことを考えてないからな。気にすることはないと思うぞ』だって。」


 ううむ、この差別意識……。

 

 「『おい何だそのツラ。お前ら、俺たちと獣を同類だと思ってるのか?人間とイノシシが別種である以上に、グリフォンとイノシシは別種だぞ!?』」


 「『人間は、自分たちばかりが賢いと思っている。傲慢な連中だ。』」


 ヴァガンを通じて得られる、グリフォンの知見は、いつも何かをもたらしてくれる……ような気がする。

 まあ少なくとも、「そういう配慮」をすることなく狩りに臨むことは、できるようだ。



 朝倉を腰に下げるようになってからというもの、ピンクに預けっぱなしにしていた、鉈。

 一年前に山の民から、「大猪」からもらった、鉈。

 その鉈を、久しぶりに振り回す。

 

 枝を落とし、藪を切り払いながら、一団となって山を走る。

 走るだけでも大変なのに、獣を追い立てるべく声を上げるのだから、息が上がってどうにもならない。

 それなのに、なぜか。

 こんな時に限ってくだらない話に盛り上がり、大声で笑う。で、息を切らしてはまた笑い、走る。

 

 はじめは、「本当にいるのか?」と思っていた獣が、やがて見え隠れするようになり。

 山から下りるころには、連休帰りの高速道路みたいになっていた。


 横手から、弓の斉射……と言うほどではないか。

 各人がバラバラと狙いをつけては弓を射る。

 この頃になれば、勢子もどんどん弓を射て良い。


 獣が次々と倒れて行く。

 正直なところ、「かわいそう」と思うよりは、壮観だと感じた。楽しくもあった。



 ……結局、一頭も仕留められなかったけど。


 「いや、走ったら息切れして、狙いが定まりませんでした。皆さんお見事なものです。」


 「なんのなんの、新都から来られたにしては、良い走りっぷりにござった。」


 そんな言い訳と社交辞令の応酬。予定調和である。


 お膳立て通りに(勢子や郎党が、足を狙い撃っておく)、フィリアは大鹿をキッチリと仕留め。

 千早は強弓でイノシシの頭を吹き飛ばしていた。

 李紘に、ノブレス。

 これも予定調和。


 腕力はからっきしだが、運動神経と嗜みのあるレイナは、三射でウサギを三羽。

 弱い弓でも仕留められる獲物を見極めて、狙って。

 全て外さず、数を稼ぐことで腕を見せつけて。

 それでいて数を競うこともせず、早めに切り上げて、後は優雅に馬上の麗人。


 嗜みと言えば、カルヴィンやフリッツにもあるわけで。複数の獲物を当然のように確保した二人が、こちらにドヤ顔を見せる。

 マナーの都合上、「弾をばら撒く」ことを禁止されたマグナムは、フィリアの助言に従い、素手でイノシシを仕留めていた。



 改めて思う。やっぱみんなスゴイわ。

 女神のギフト(全ステータス20ポイントアップ)と、霊能と、後は……日本の教育水準?のおかげで、どうにかやって来ることができたけど。

 やっぱり俺は、この社会で生きていくには、まだまだ色々と「足りていない」。少なくとも、エリートを張るには。

 そう言えば、ギュンメル伯爵に「足りていない」と言われてから、ちょうど1年。

 学園に在籍できる、あと2年の間に、いろいろと積み増していかないと。



 そんなことを考えて。

 猪鼻港を出た後も、クリッパーの甲板で、スクワット。

 我ながらちょっと小物臭いけど、他にできることもないし。


 大陸(ランド)が近づいて来る。

 ここはファンゾ島と大陸とに囲まれた、言わば内海。穏やかな春の海。

 

 盛大な噴水が、いきなりその安寧を突き破った。


 「海竜が出たぞー!」


 見張りの叫び声に、船員達が慌てふためく。

 乗客が、船内に飛び込む。

 

 俺だけは、大笑い。

 あいつ、律儀に挨拶に来たな?  


 「見送り、ありがとうな!」


 大声で叫ぶ。聞こえただろうか。

 もう一度、今度は遠くで噴水が上がる。



 新都を出てから、53日目の午前。

 クリッパーが、船着場に再び碇を下ろした。

 ソフィア様ご夫妻が、立花伯爵閣下が、姿を見せる。



 「南ファンゾ招安使、フィリア・S・ド・ラ・メル以下132名、任務を達成し、帰還いたしました。」


 フィリアが兵権を返上し、各種書類を引き渡す。

 出た時は134名。ナイト2名が犠牲になった。

 ……ともかく、簡単な宴席に出席して、滞りなく挨拶を終え。

 

 さあ明日は、メル館への帰還だ。後は心配することなんか何もない。

 あくびをしながら控え室に戻ったら、立花伯爵が待ち構えていた。


 「どうだったね?何か面白い話は?」


 「閣下、そんなにお急ぎにならなくとも。レイナさんからゆっくり聞けば良いではありませんか。」


 「玲奈とは会話が成立しない。反抗期の娘は難しいんだよ。」


 反抗期でなくても難しい親子関係だと思わなくもないが、まあいいや。


 「そうそう。お土産に、ファンゾ各地の酒を持ってきたんですよ。今出します。」


 「君も分かるようになってきたね、ヒロ君。肴にファンゾ女性の話を聞かせたまえ。」

 

 「ですから、そのような話は何も……。」


 あれっ?

 荷物に近づこうと思って、横倒しになる。

 膝が、関節が痛い。割れるようだ。


 「ぐっ。」

 

 「どうした?」


 「いえ、関節が、急に痛んで……。」


 助け起こそうとして俺の手をつかんだ立花伯爵が、急に手を離した。

 「君!」

 おでこに手を伸ばしてくる。

 「ひどい熱だ!待っていたまえ。医者を呼んでくる!」


 扉を乱暴に開け放つ音が、背後から聞こえた。

 「医者を!ヒロ君が熱病を!」

 

 そんな叫び声を聞きながら、俺は意識を失った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ