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第六十四話 過ち その2 (R15)

 

 「暗いけど、ほぼ一本道だね。こっち!」


 「頼むぞピンク。……何だジロウ?こっちから血の匂いがするって?」

 

 幽霊とはテレパシーが通じるのに、つい大声を出してしまう。

 外洋の荒波が外の崖に当たって砕ける、その轟音が、反響して洞窟の中を満たしていたから。

 

 水しぶきが顔に跳ねる。

 入り江は、洞窟内部にまで続いているのか。

 足元に気をつけながら、走る。


 角を曲がった先に、光が見えた。

 あっちか。

 速度が自然に上がる。


 光が一気に差し込んできた。

 目を射られる。

 陽光が降り注ぐ空間に飛び出したのだ。


 

 ジロウの吠え声に、思わず伏せる。石か! 

 

 「見え見えなのよね。」 

 「奇策ばかりでは、やり口を読まれる。覚えておかれよ、ヒロ殿。」

 「それしか無いよね、この洞窟の構造だと。」 

 「殺気を消さずに不意討ちはねーわ。」

 

 思惟が、一気に流れ込んでくる。

 俺には、頼もしい仲間がいる。

 「教祖」には誰かいたんだろうか。

 たとえば、孫娘と……その母親と、どう過ごしていたんだろう。



 「小ざかしい餓鬼が!盗人の弟子らしいわ!」


 言い捨てるや、「教祖」が背中を見せて、再び走り出した。

 いや、走り出している「つもり」に過ぎない。足を引きずり、前へとつんのめって行く。

 彼女はもう、限界に近い。



 どこまでも卑劣なヤツだったが、さすがに見るに堪えない。楽にしてやらなければ……。

 先生とあの「教祖」との間に、何があったのか……。

 「希望の神」並びにその眷属と思われる「賢者」と、彼女はどう関わっていたのか……。


 いろいろな考えが頭をよぎったが、いまは、「海竜の卵」だ。

 

 「教祖」は、扉の向こうに消えて行く。

 洞窟の岩肌に、金属の扉。千歳家が設置したのだろう。

 

 追いかけたが、目の前で扉が閉まった。

 閂を閉める音がする。


 「朝倉!」


 「応!」

 

 扉を斬り裂き蹴倒して進んだ先には、やはり光が降り注ぐ空間。

 正面の奥には、穏やかな波が打ち寄せる白砂の小さな浜が、まばゆく輝いていた。


 そして。

 砂よりは柔らかい色味の、白い卵が。

 砂浜に、……そう、鎮座していた。


 圧倒的で、荘厳な眺め。

 祭りたくなる気持ちも、分かる。

 

 それなのに。

 青く光る岩肌に、清らかな白砂に、ひと筋の汚れがつけられていた。

 赤黒い、血の帯。

 その先頭には、卵に向って身を引きずる、「教祖」の、死霊術師の……見るに堪えない、姿。

 

 必死に走り寄った。

 「教祖」が、あの体力で、こんな大きな卵に、何か害を及ぼせるとは、思えない。

 それでも、止めなくては。

 海竜の怒りのきっかけなんて、俺には分からないんだから。


 

 追い着いたその時。

 俺の目の前で、腕の先で、「教祖」が卵にダイブした。

 

 「アハハハハ!竜だ!竜の力を手に入れたぞ!貴様らなぞ、もう私の足元にも及ばない!貧乏くさいファンゾなど、この腕の一振りで……。」

 

 「教祖」の妄言は、その終わりを得なかった。

 

 ダイブした瞬間に、卵にヒビが入り。

 一気に割れたその破片が、頭上から彼女を押し潰したから。


 乳白色の卵の破片。

 その真ん中に、見るからに柔らかそうな体をした、海竜の赤子。

 卵の大きさの割には、少し小さいか?3mは無いな。



 「ヒロさん!」


 「間に合ったでござるか!」  


 「おお、生まれた……。」

 千歳氏元も、来ていたようだ。


 「竜を目にするのは、初めてです。メル本領の近くに、たまに現れるとは聞いていましたが……。」


 「それも赤子とは……滅多にないこと。幸いにござる。」

 


 海竜の赤子が、こちらを見た。

 本当に見たのか、と問われれば、自信は無いけれど。

 こちらに、顔を向けた。

 

 赤子が、鼻をうごめかせた。

 鼻があるのか、あれが鼻なのか、と問われれば、やはり自信は無いけれど。

 そうだろうと思う。

 殻の下にある、「なまぐさい物」に興味を示しているようだから。


 俺は、「なまぐさい物」を挟んで、赤子のすぐ目の前にいたわけなのだが。

 思わず、「それ」を、必死に引きずり出して、背中に回してしまった。


 「ヒロ殿!」

 「何をしているんです!」


 海竜の赤子は、また少しだけ俺を見て。

 興味を失ったように、背中を向けた。


 ヒレらしきものを一生懸命に動かして、波打ち際へと進んで行く。

 生まれたての海亀の赤子が、砂浜から海を目指すように。


 その邪魔にならないように、そうっと、そうっと、後ずさりした。

 後ろ手に「教祖だったもの」を抱えながら。


 「だから何をしているのでござるか!?」


 「いや、情操教育に悪いと思って……。」


 「呆れた!」


 自分でも、阿呆なことをしたと思う。

 だけど、荘厳なこの空間に、生命の神秘に。

 この「教祖」は、まして「教祖だったもの」は、絶対に相応しくない。そう思ったんだ。


 一生懸命に這って行った海竜の赤子が、波打ち際に辿り着く。

 よしよし、大きくなるんだぞ……。


 久しぶりに思い出した、優しい気持ち。

 その暖かさは、一瞬で破られた。



 俺の頭上を、何かが飛び越える。赤子を、目指している。

 

 「教祖」の霊か!


 いろいろな霊に会ってきたから、分かる。

 この気配、この妄執。生じたその時から、悪霊になっている。


 いろいろな霊に会ってきた。

 もう、何度も同じ過ちを繰り返してはいけない。

 

 気配を感じると同時に、体が反応していた。

 動作が遅れることなど、ありえない。


 確かな手応え。


 朝倉に、いや俺に両断された「教祖」の幽霊は砕け散り。

 光へと散じていった。

 

 霊は、散じる時に、柔らかい笑顔を見せる。

 「教祖」と名乗っていた女性も、それはみんなと同じだった。


 柔らかい笑顔。

 ちょっと色気もあって。

 たぶん、昔は人気の「拝み屋」だったんだろうな。

 どうしてこんなことに……。



 残心を取り終えたその時。

 ちょうど海竜の赤子が、海へとその姿を隠し。

 その途端、波打ち際から轟音と共に水柱が上がった。



 何かが聳え立っていく。

 「何か」。いや、分かっていた。

 海竜だ。親の海竜に違いない。


 一切を見られていたのか?

 マズイ、何かご機嫌を損ねていたら……。

 

 「安心しろ。」


 念話か!


 「お前には感謝している。ここを整えてくれている人間にもな。」


 やはり、霊獣か……。知能も高そうだ。


 「もうすぐ生まれそうだったから、下手な手出しができずにいた。お前達は小さすぎて、力の加減が難しい。」


 気が抜けた。いや、腰が抜けるところだった。

 ともかくも、朝倉を鞘に収める。 

 

 「配慮には、重ねて感謝する。……でも、情操教育はねーわ。テンパり過ぎだろ。」


 笑いと共に、どこかから、「ぶしゅーっ」という音が聞こえた。

 俺から見えないところで、クジラよろしく潮でも吹いているのか。


 「随分、その、気さくなんだな。」


 「まああれだ、俺も若いから。人間で言えば、たぶんお前とそんなに変わらないって。初めての子だから、緊張してずっと待ってたんだよ。」


 病室の前をうろうろ徘徊するお父さん状態だったわけね……。


 「ともかく、無事で良かった。最高の気分だ。」


 「ああ、おめでとう。ご機嫌なのも、助かるよ。」 


 「そうだ、これやるよ。礼とご祝儀だ。お前ら、結構好きなんだろ?」

 

 ゴリゴリゴリッと音がして、洞窟が少し揺れた。体をこすりつけたか?

 海面に随分多くの「何か」が浮かび上がり、それをお父さん海竜が、砂浜に押しやってきた。


 「ほれ、鱗。一枚は特別サービス。」


 虹色に輝いている。他の青黒いような鱗に比べて、柔らかそうでもある。


 「逆鱗。ちょうど生え変わり時期だから。」


 危険物じゃねーか!ご機嫌にも程がある!


 「それじゃあ。またいつか、俺か嫁か同族が卵預けに来るから、よろしく。」


 再び轟音とともに水柱が上がり、海竜がその姿を消した。


 

 「随分と、軽い性格にござったな。」


 「子供が生まれた直後の父親とは、あのようなものにござるよ、千早殿。」

 千歳氏元が、年長者らしいことを口にした。


 「それにしても逆鱗とは。そこまで上機嫌になるものなんですね、子供が生まれると。」


 「勘弁してくれよ、大災害が起こるかと……。あのキャラは詐欺だろ……。」


 「偉大さと重みが感じられなかったでしょ?わかったかヒロ!神とは、私とは違うんです!」


 ラスカル、いつの間に!


 「『海竜を知らない人間は、遭遇したらどんな反応を示すのか』ってのが気になったから。ちょうどいいやって。」


 「本当にお前、悪趣味だな。」


 「何を言っても無駄だね。情操教育とか言っちゃう男の人って……。」



 そっちこそ何を言っても無駄だね。

 珍しいものを見ることができて、俺は満足だ。

 それに大体、ここんとこ、死を目にすることが多すぎた。

 生命の誕生を目にすることができて、幸せだよ。




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