第六十三話 籠城戦 幕間 その1
僕の仕事は、狙撃。
ボウガンという得物から見ても、百発百中の腕から見ても、それは当然のこと。
ヒロからも、指示をもらった。
「ノブレスは遊軍、狙撃手を。各部署の隊長格の依頼に応じるように。」って。
いつになく厳しい顔をしていたなあ。
緊張しているのか、千歳家の人もいるから、真面目な顔をしているのか。
僕も緊張してきたよ。
撃鉄を引かなきゃ行けないんだよね。人を殺さないと……。
「ノブレス。」
……カルヴィン?
「基本的には、俺について回ってくれ。目標を指定するから、そいつを狙うんだ。」
「ああ、分かったよ。」
「まだ、殺すことに抵抗があるか?」
「いや、その……。」
カルヴィンの顔は、いつもどおりイケメンだったけど。
いつもより、少しだけ、優しく見えた。
だから、言えた。
「ゴメン、正直言うと、怖い。」
「そうか、分かった。じゃあ、怪我させるのは、平気か?」
「それは、できる。」
カルヴィンが、頷いた。
「俺の指示に従ってくれれば、大丈夫だ。」
背中を見せる。
怒鳴らないんだな、カルヴィン。
城の外から、雄叫びが聞こえてきた。怖いなあ。
城内の皆も、気勢を上げているし。
気合負けしちゃいけないか。でもやっぱり、怖い……。
「ノブレス、出るぞ!まずは正門前の敵だ!」
「待ってよ、カルヴィ~ン!」
「ノブレス、まずはアイツだ。指揮を執っているから分かるだろ?」
「うん。」
「アイツの、膝を狙ってくれ。両方行けるなら、ベストだ。」
「膝で良いの?」
「おいみんな、聞け!これなるはノブレス!新都でも一番の狙撃手だ!まずは挨拶代わりに、あの指揮官を打ち倒すぞ!」
おいなんだよ、大声で!
緊張するし恥ずかしいよ!
「でも、外さないんでしょ?」
「そりゃそうだよ、ラスカル。ボウガン出して、2つ。」
この距離なら……。
ほい、一発。左膝。
あ、こっちに気づいた。
はい、右膝。
うわ、何だよ!
耳の傍でそんな大声で騒がないでよ!
「見たかみんな!正義は勝つのだ!邪悪な死霊術師などに負けるはずがない!」
ああもう、暑苦しいヤツだなあ。
「それだけの腕をお持ちならば、しとめてしまえば良いのでは?」
うっ。それを言われると……。
「いや、見てみろ。隊長が怪我をしたせいで、3人がかりで運んでる。4人減らしたようなものだ。それに、殺してしまえば副官が出てくるが、半端に生きていては、誰が指揮を執るのか混乱するだろう?」
「なるほど。カルヴィン殿、それは盲点であった。」
カルヴィン……。
「ノブレス、次はアイツだ。」
「おいカルヴィン、あの人は兵じゃない!」
「紛れ込んでいる霊能力者だよ。俺かヒロじゃないと、区別がつかないんだ。」
「でも……。」
「下手をすれば将よりも危険なんだ。」
「分かったよ。」
肩に、当てた。
ダメだ、吐き気がする。
「ノブレス殿!?いきなり民を狙われるか?」
うぐっ。おえっぷ。
「アイツは民じゃない。紛れ込んでいた霊能力者、敵の隊長格だ!抱えられて後ろに下がったのが証拠だ!」
カルヴィン……。
「た、たしかに。民は怪我をしようが殺されようが、まるでお構い無しの扱いをされておる。」
「卑劣な敵だ!憎むべき邪悪だ!攻撃の手を緩めるな!」
カルヴィン、カッコいいなあ。
「行くぞ、ノブレス。まだ我慢しろ!」
囁き声とともに、わきの下に手を回された。持ち上げられる。凄い腕力だよ。
「大丈夫、腰は抜けてないから。」
「そこの物陰で吐け。兵の前で情け無い姿を見せるな。」
ふう。
「キツイもんなんだね。」
「ああ、昨日おとといと騎馬で突撃をかけたんだが、分かっていてもキツイな。」
任せとけ、そう言いながらカルヴィンが笑顔を見せた。
「ノブレスは、殺さなくてもいい。今日のところは、な。」
肩を叩かれる。
「ほら、次行くぞ!正義の鉄槌を下しに!」
一日こんな調子だった。けっこう数を減らせたとは思う。
ただ、僕は何とかなったけどさ、やっぱり吐き気とかに苦しめられている人がいるんじゃないかな。
「ヒロ、いいかな。」
ヒロめ。
「カルヴィンは、霊能力者を見極め、優先的に倒すよう指示を出してくれ。」か。
ノブレスの世話をしろって?
死霊術師め、余計な悪知恵が回る!
だがまあ確かに、いろいろな意味でフォローやケアが必要になるのはノブレスだろう。
そもそも参加させるべきではないのだが、腕は抜群だからなあ。
そこで俺の出番と言うわけか。当然の判断だな。鋼の信仰心は認めざるを得まい。
ノブレスには、まだ人は殺せないだろう。
ただ、怪我をさせることはできるのだったな。それならばやりようはある。
……やはり、とんでもない腕前だな。この距離で正確に両膝を射抜くか。
俺の後輩、学園の生徒として名を連ねるだけのことはある。
「しとめてしまえば良いのでは?」
ああ、その通りだよ、サムライファイター。
だがな。
「怪我をさせれば4人減らしたようなものだ。指揮系統も乱れる!」
教義で禁じられている「虚言」ではないぞ。
これだって一面の真実だ。
あちらには……またか!
非戦闘員に紛れ込むなど!なんたる!
主は決してあの者をお許しにはなるまい。地獄に落ちよ!
騎馬突撃できるならば、この手で息の根を止めてやるところだが、籠城戦ではそうも行かん。
ノブレス、頼む。
吐き気を催したか。
ノブレス、君のその感性は、好ましいものだ。殺人を忌避するのも、善良な証だ。
だが、邪悪は打ち払わねばならぬ。
君がいつか真実の信仰心に目覚めてくれると、俺は信じているぞ。
一日、各所を回った。
目にしたのは、後ろから追い立てられ、城壁にすがらざるを得ない非戦闘員。
石を投げざるを得ない、城内の兵。
何たる!何たることか!
千歳家の兵も、民も、懊悩している。
善良なる人々を死の淵に追いやり、その心に傷を負わせるとは!
これだから死霊術師は!
忌々しいが、指揮を執っているのはあいつだ。
「ヒロ、報告が。」
塚原先生と各所を回ったが、危ないところはないようだ。
やはり、非戦闘員が前に出ていては、城攻めどころではあるまいに……。
「天真会のお師さまだって聞いたっけんがよ……。」
「師を名乗れるほどではありません。修行中の身です。」
「それでもいいよお。天真会の人だっぺ。聞いてくださっしぇよー。」
「ええ、何なりとどうぞ。」
非戦闘員、足弱。女性・子供・老人。
そういった者に矢弾をぶつけるのが耐えられない。
そういう悩みを打ち明けられた。
この男性は、漁師だろうか。たくましい胸板に太い腕。
そんな堂々たる体格の青年が、大きな塩辛声で弱音を吐いている姿を見て、人が集まってきた。
みな口々に、思いを吐き出す。
どうすれば良いのだろう。
軍律から言えば、石を投げるなとは言えない。
だが人倫から言えば、やめさせるべきではないのか。
たとえこの戦に勝っても、その後が。人々の心には深い傷が……。
「貴様ら!何をしている!」
矢が足元に飛んできた。
誰だ、危ない。
李紘!?
どうした、その口調は!?
「俺に射られたくなければ、持ち場に帰れ!」
「李紘……さすがに……。」
「なんだ、孝・方。貴様に命令される筋合いはない!」
どうしたんだ、李紘?
「負けてしまえば、あのような目に遭わされるのはお前たちなのだぞ!」
だから何を……。
「メル家も、千歳の殿も、ヒロ殿も、甘すぎるのだ!『民は使うな』などと!運搬に使うことを許してもらったのも、必死の懇願の末、やっとのことだ!」
「そんな命令は出ていないはず。民を戦争に使うのは、上層部全体で決めた規定事項だろう?」
と、そんな言葉を、どうにか飲み込んだ。
しかし李紘の方は、私にはお構い無しに、言葉を継いでいく。
「メル家の、千歳家の、ヒロ殿の命令など構うものか!この俺、李紘が命ずる!持ち場に戻り、石を投げろ!」
李紘……。
千歳家の隊長たちが、俯いている。
本来なら、彼らが為すべき仕事だ。
だが彼らは、一生の間、ここの民との付き合いが続く。
あまり無茶なことは、言えない。
かと言って、メル家の名に、今その看板をしょっているヒロに、傷を入れるわけにも行かない。
それが郎党の仕事なのか、李紘。
私はいったい、何をしているんだ。
天真会の会員として、何もできず……。
「孝。」
塚原先生?
「これはヒロの、いや私たちの判断ミスだったかもしれない。」
何をおっしゃいます?
「お前は武器を手に取るな。幸いにして、危ないところはないようだ。いざとなれば私一人でもフォローできる。……孝よ。お前は、アランさんの代理だ。天真会会員としての仕事に、集中しろ。武器を持たず、落ち着いて考えれば、先ほどの悩みに答える余裕もできるはずだ。」
言葉に従い、一日各所を回り、救護所に顔を出した。
民のみならず兵も、将も、心に傷を負っている。
李紘のこともある。
ヒロにだけは、知っておいてもらわなくてはいけない。
「ヒロ、報告が。」