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第六十二話 千歳家 その3



 「海竜……、ドラゴンでもリヴァイアサンでもいいけどさ、卵に神通力でもあるのか?食べると不思議パワーに目覚めるとか、肉体が強化されるとか。」


 ドラゴンの存在は、予想外の事態だった。どのような生物なのか、最低限の知識すら、俺は持っていない。

 いつもだったらフィリアに尋ねるところなのだが、生憎と今は別行動中。

 かと言って、約束した以上、周囲に海竜の話をするわけにも行かない。

 

 はずではあったのだが。

 好奇心の女神を相手に話すならば、問題ないだろう。仮にも神、もともと知っているに決まっている。


 だから、ラスカルを相手に念話で質問してみた。

 と、そういう次第である。



 「何?海竜の卵に興味あるの?すぐそこなんだし、気になるなら見に行けばいいじゃん。」


 さすがは女神(笑)サマ。

 案の定、入り江に卵があることは知っていた。

 

 「いや、特に興味というほどのことは。ただ、デカイのかな~とか、わざわざ戦略を変更してまで手に入れたくなるようなご利益があるのかな~って。」


 「興味あるんじゃん。さすがは私。眷属も好奇心で一杯だね!でも教えてあげな~い。その方が面白いもん。」


 眷属扱いされたぐらいでイライラしていては、身が保たない。

 かりにもここは、戦地なのだから。

 

 「知らないんだな?さては、ドラゴンみたいな霊獣の方が、好奇心の女神より上位存在、格が高いんだろ?グリフォンあたりでも、お前よりはずっと知的だったしな。」

 

 「言うに事欠いて、自らの創造主をドラゴンよりも格下扱いだと!何たる侮辱!肉体の枠に囚われている存在が、概念神より上位のはずがないじゃん!」


 一番知りたかったことは、判明した。

 こんな簡単に乗せられるなんて、コイツ本当に神様なのか?

 

 ともかく、ドラゴンは、「神」のレベルには達していない。

 グリフォンの知的レベルから推測すると、やはり相当に賢い生物ではあるのだろう。生命力や戦闘力も、高いに違いない。

 とは言え、あくまでも「生物」に過ぎないわけだ。


 「だとすれば、ご利益なんて無さそうだけど。なんでまた。」

  

 侍大将が倒されたために、敵はいったん戦線を引き下げていた。

 彼我の距離を考えれば、明日は戦はない。

 暢気なやり取りをするぐらいの余裕はあった。



 翌日は、籠城戦の準備に明け暮れた。

 城の防備のチェックに、民兵達との顔合わせ。 

 とは言え、野戦で片がついてしまえば、民兵の出番はないわけで。

 俺としてはそちらを期待していた。


 考えてみれば、「百騎長・千人隊長を意識せよ。1000人を指揮する訓練を積んで来るように。」と言われて南ファンゾに来たわけだが、まだその機会が無い。


 大山家との戦は、形式的には700人以上を率いていたが、実際に指揮していたのは300人前後。

 南西部を相手にした時は、ほぼ1000人を指揮したが、戦争の準備をした段階で話がついてしまった。実戦には至っていない。


 そして今回は、こちらの200人対、相手の300人。

 敵が最大規模の1000人に膨らんだ場合、こちらは籠城の予定だ。

 その場合、こちらも民兵を動員して、多くとも500人ぐらいで戦をすることになるのだろう。


 結局今の俺は、「数百人の将」。

 1年前はただの学生だったわけだし、上出来と言えば上出来だが。

 ちょっと残念な気持ちも、ないことはなかった。



 フラグだった。


 「油断大敵」。誰もが知っている言葉。

 その本当の意味を、俺はこのとき初めて知ったのだと思う。



 新都を出て31日目の、夜明け。

 俺達は、野戦に備えるべく、先日敵を討ち取った戦場まで進出していた。

 ほど近くに建てられていた物見櫓から、朝イチで定例の報告が、行われる……はずだった。

 

 しかし、聞こえてきたのは上ずった声。

 「半日の距離に、敵影!数は……その、申し訳ございません!」


 「何事にござるか?」


 身軽なヒュームが、それこそ3ステップかそこらで跳躍し、物見櫓の上層に到達する。

 小手を目の上にかざし、しばしの沈黙。

 何か大声で報告するかと思いきや、無言で櫓を降りてきた。

 嫌な予感に、胃が痛む。


 ヒュームが、集まっていた幹部に、低声で伝えてくる。

 「敵の数は、およそ3000にござる。」


 「何それ!?」

 大声を出しかかったノブレスの口を、李紘が塞ぐ。


 「兵が300、男手が1500。それ故、無理をしても1000のはずにござる!」

 抑えた声で、千歳家の将が詰め寄る。


 ヒュームが、目を閉じて……口を開いた。

 「兵が300、男手が1500。全人口が3000、でござったな?」

  

 「まさか……。」


 「後方に、督戦隊が見えてござる。非戦闘員を前面に立てておる。」

 

 「非道な!」


 一瞬で顔が赤黒く変色したカルヴィン。

 血圧が心配になる。

 そんなことを考えたおかげで、どうにか冷静を保つことができた。


 「い、いかがいたす!?」

 千歳家の家臣がうろたえた姿を見せてくれたおかげで、逆に「心得」を思い出す。

 焦った姿を見せてはいけない。


 思い切り息を吸い込む。

 上空に、物見櫓に、視線を投げる。


 「心配りの行き届いた報告、ご苦労!物頭も褒めていたぞ!」


 焦りを誤魔化すために、適当な行動を取っただけ。

 とにかく、「間」が欲しい。


 落ち着け、俺。

 落ち着いてくれ、みんな。

 「アタマ」が、「上」が、潰れてはいけないんだ。



 「撤退だ。」   


 大切なのは、素早い決断。

 何を選んでも良い……とまでは言えないが、ともかく、迷うのだけはダメ。


 「連絡将校を、城に派遣する。非戦闘員を城内に回収するよう、連絡を。併せて、歩兵から先に退却。整然とだ。騎兵は野戦陣地に火をつけて後、撤退する。」


 方針さえ決められれば、後はどうとでも動いていく。

 撤退戦であれ何であれ、俺達は学園で、各種のテンプレを学んでいるのだから。

 

 「何かないか?不備や補足があれば、教えてくれ。」

 

 ヒュームが口を開く。

 「非戦闘員が先に立っている上に、昨晩は歩き通しと見受けられた。速くはござらぬ。城まで2日、少なくとも1日半。」

 

 「では、騎兵ならばやれるな?城内と連絡を取り合い、遅滞戦闘を試みては?威力偵察も兼ねて。」

 カルヴィンも冷静さを取り戻したか。

 

 「採用する。ただし、無理はするな。安全第一で頼む。」


 偵察の専門家、レンジャーの李紘が続く。  

 「報告はヒロ君にすればいいんだね?どこに位置取る?」


 そうだった。俺は、将。

 自分が偵察するのではなく、報告を受ける立場だった。

 もう一度、息を吸い込む。


 「私は、後から退却する騎兵の、先頭に位置する!それでは、各自よろしきように!」

 

 「!了解です、副使殿!」

 李紘が、言葉遣いを改めた。


 

 兵の行動には、大きな混乱はなかった。

 「半日の距離」の余裕が効いている。

 

 問題は、「民」。

 あらかじめ、「籠城戦もありうる」という通達が千歳家から出ていたから、まだマシだったのかも知れない。

 それでも牛馬を引いてくるわ、大荷物を持ち込もうとするわ。

 分からなくはないが、その……。

 

 「気にするでない、ヒロ殿。これは行政。千歳家の仕事ぞ。ヒロ殿の仕事は、軍事。履き違えるな!」

 脳内に響くモリー老の声に、正気に帰る。

 

 「歩兵は入城し、千歳家の指示に従え!騎兵は城外にて待機!」  


 

 小隊ごとに、騎兵が駆けて行っては駆け戻ってくる。


 「報告!敵先陣はやはり足弱にござる!試みに矢を射掛けましたところ、逃げ惑いましてござる!」


 斥候の顔は、ゆがんでいた。

 やりたくないに決まっているが、突つかなければ判明しないことだってある。彼の仕事なのだ。


 「ご苦労!」

 手を取る。通じるはずだ。


 「報告!敵は、先陣の中に、兵を紛れ込ませてござる!逃げずに打ち返して参りました!」 


 肩に矢が突き立っていた。


 「入城し、治療せよ!」

 

 「先陣の中にも、霊能力者がいる!3人討ち取ったが、まだ見かけた!」

 カルヴィンの兜・バケツヘッドが、返り血に染まっていた。


 「もう一度出てくれ、カルヴィン!偵察よりも、霊能力者の数を減らすことを意識しろ!ただし、あくまで安全重視だ!」


 「私も出るか?」


 「お願いします、塚原先生。カルヴィン、先生の指示に従え!」

 



 「ヒロ殿、敵は毒玉も用いておる。傷口に当たると厄介にござる。」


 「全騎兵に告ぐ!敵は毒玉も用いる!注意せよ!」


 「城内に対策を指示してまいるが、よろしいか?」 


 「ヒュームは専門家だったな。任せる!」



 夕暮れ時。城門からは喧騒が去っていた。

 日が落ちる前に、どうやら避難民を収容し終えたようだ。騎兵の損耗もない。

 

 泡を食ったが、どうにか、やりおおせた。


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