第六話 説法師《モンク》 その3
崩落事故について、「霊能を持つ者」としての道義的責務を果たしたところで、「今後どうするか」を話し合った。
千早は言う。
「『下流にて崩落事故あり』と聞き及んでより、某としては山越えの道を取る予定でござった。」
俺とフィリアは、火山の西側を南下し、火山の南側を船あるいは陸路で東に向かう予定であった。
千早によると、それ以外にも、火山の北側を通って東に出て、火山の東を川で下る、あるいは陸路によって南下するというルートがあるのだそうだ。
山越えになるので、今歩いている街道のようなルートよりはやや厳しいそうだが、他に道はない。
北へと道を引き返すこととなった。
歩きながら、「治安は?」と聞いてみる。
フィリアが言う。「説法師に手を出す愚か者はいません。」
説法師は、「世界に満ち溢れている霊力を己の体に取り込む」という霊能力を持つとのこと。
「普通の人間では絶対に勝てません。まして優れた説法師ともなれば、その力量は軍の一部隊、あるいはそれ以上にも匹敵します。」
千早は相当なものらしい。
日本のゲームやファンタジー文化になじんだ俺としては……。要するに、「身体強化魔法が常にかかっている」、あるいは「パッシブスキル:筋力増大」的なイメージであるようだ。
千早も言う。「神官に手を出す痴れ者とて、おらんでござるよ。」
「罰当たりだ」という庶民意識だけではない。一神教である聖神教は、組織も一枚岩で非常に強固なのだそうだ。末端であってもその構成員に手を出そうものならば、「まさに『地獄の果てまで追い詰める』のでござるよ」、とのこと。この世界の常識らしい。
「それだけではござらん」と千早は言う。
浄霊師は、「世界に満ち溢れている霊力を変換して利用する」という霊能力を持つとのこと。
「死者の浄化のみならず、生ける者の霊魂に対する攻撃も可能でござる。優れた術者ほど、周囲の霊力のゆらぎに敏感でござるし、不意打ちはまず無理でござろう。」
日本のゲームやファンタジー文化になじんだ俺としては……。要は、「魔法攻撃可能」であると。さらに「常に周囲をサーチする魔法を使っている」というイメージか。ヨハン司祭を思い返せば、フィリアは間違いなく優れた術者であろう。
言っている内容は物騒だが、これは「女子がお互いをほめ合っている」という、日本でもよくある光景には違いない。
そのほめ方が、「メスゴリラ」「インテリや○ざ」と言い合っているようにも聞こえるのは、気のせいだと思うことにした。女子の平常運転には、男は口を出すべきではない。
ハンスの体は、まだ道端にあった。丸出しというのも、大規模崩落事故とはまた異なった趣のつらさがある。
それを見た千早、ハンスの体をひょいと拾い上げ、軽々と数十メートル運ぶ。
ちょうど良さげなスペースを見つけるや、土砂崩れを警戒しながらも、そのスペースにやすやすと大穴を開けてみせる。ハンスをそこに入れ、土をかぶせて大きな岩を乗せた。
「これで獣からも守れるでござろうよ。」とのこと。
「ありがとうございます。……はあ、それにしても俺、死んじゃったんだなあ。」
ハンスはまたぼやいている。
彼の謝意を千早に伝えた。
「いたみいる。ハンス殿におかれても宿願を果たされ、輪廻の輪に還らんことを。」
何事もなかったように答える千早。
おとなびた見た目にだまされがちであるが、彼女も13歳に過ぎない。本当に立派なものだと思う。
クマロイ村を出て二日目に泊まった村に到着する。ここで一泊してから、山林ルートに入る。
南方で起きた崩落事故について伝えておいた。明日には地域全体に伝わるだろう。
翌日、山道を歩いていると、前方に何かが見えた。
「む、昨日の迷える魂でござるな!」
千早が声をかける。
「ええ、幽霊のようですね。」
フィリアも感知したようだ。
みなで追いかけることとなった。霊は視界を見え隠れしている。
「今日は昨日ほど速くないでござるな。」
千早は言う。
しかし、遭難しないように、俺やフィリアにペースを合わせながらの追跡ゆえ、なかなか距離は縮まらない。
それにしても……。「大の男であるハンスの体をひょいとつまみあげ、またたくまに穴を掘り、大岩を乗せる」だけの身体能力を持った千早が追いつけない霊とは、何者なんだ?
苦しい息の中、ふとそんな考えが頭をよぎった。
霊は物質に干渉されないから?
平地ならともかく、山林の中では、それは大きなアドバンテージになるのだろう。
俺が一応の結論を下したあたりで、千早が件の霊に追いついた。
「追い詰めたでござるよ!」
千早が声をかける。
そのタイミングで、ようやく俺も追いつく。
霊が振り返った。