第六十一話 南東部へ その3
「この男達は、座敷牢で預かっておいてください。処分は全て終わってから決定します。なお、こいつらのリーダーは死霊術師ではなく、浄霊師です。見えないボールをぶつけてくると思ってください。鍵を持っている者は近づかないように。」
「おいヒロ、温くないか?」
「温いのはお前だよ、カルヴィン。」
「何だと?……っ!」
後ろから聞こえた声と、絶句したカルヴィンが気になって、振り向いた。
「キルト……か?」
穀物袋を頭から被り、目のところだけを開けた少年が、そこに立っていた。
ユーモラスな姿。何も無い状況ならば。学園の中でだったなら。
だが。
この場でのその姿には、別に意味がある。
「聞き出さなきゃいけないこと、多いんだろ?」
姿に似合わず、中から聞こえてくるくぐもった声は、低かった。
キルトは、本気だ。
「手順を聞かせろ。」
斬りつけた。言葉で。
塚原先生が、フィリアが、アレックス様が時々やるように。
「俺の仕事だ。」
キルトが殴り返してきた。腹の底からの声で。
「俺は隊長だ。責任がある。」
「俺に任せろ。お前の仕事じゃない。」
「はい、それまで。」
李紘さん?
「キルト、僕『たち』の仕事だ。ヒュームと、僕と、君と。一人で背負い込むなって。」
李紘さん……。
「ヒロ、『僕』たちの仕事なんだ。君が関わるべきじゃない。」
李紘が、キルトの肩を叩く。俺に背を向ける。
背中を見せたまま、俺に声だけを寄越した。
「君は、こっちに立つべきじゃないんだ。」
「……。」
言い返せない。
フィリアに千早、マグナム。
俺も、どちらかと言われれば、「彼女達の側」。
「責任は、取ります。」
精一杯の、意地。
振り向いた李紘が、笑顔を見せた。
「お願いするよ。下に自由にやらせて、責任だけは取る。君は、そうあってほしい。」
「管理も、しなければ。それが、『上』です。」
精一杯の意地、その2。
「約束する。いきなり、痛い目を見せたりはしないよ。」
「非効率でござるゆえ、な。」
ヒューム……。
なあ、お前は、どっち側なんだ?
里長の息子で、でもニンジャで。
任せなければ、いけない。
他の仕事もある。
目を背けたという自覚はあるが、ともかく、今は。
「ヒロ君、子供のことだが。幽霊が見えているという事は。」
報告の順番待ちをしていた孝・方が、俺に水を向ける。
「ええ、霊能力者の可能性がありますね。」
「親がいないということもある。天真会で預かりたいのだが。」
カルヴィンに目をやる。
「勝手にしろ。霊能力者を特別視する気も、差別する気も無い。」
言い捨てたカルヴィンが、背を向けて部屋を出て行く。
子供を保護する、そういう「気分」は持っている少年だ。
聖神教も、そういう活動を行ってはいる。
だが、ここファンゾは、天真会の……いわば、「縄張り」。
聖神教には、村人から子供を預かる「信用」がない。
そうは言いたくない、だろうけれど。
「ええ。落ち着いたら、天真会にお願いするつもりです。それまでは、この村で預かってもらいましょう。」
孝・方の後ろの、彼にとっての「虚空」に目を向ける。
「お母さんも、それまでは息子さんと一緒に居てあげてください。」
それまでは。
子供の扱いを決め、三芳の砦に届けてもらう手紙を書き上げる。
その頃合を見計らったかのように、李紘が再び姿を現す。
「仕上がったよ。聞きたいことがあるなら、どうぞ。」
いつもの、のんびりした声。
「仕上がる」、か。
思うところはあるけれど。
その感情を見せることは、許されない。それが「上」の者。
座敷牢から引き出された、自称・死霊術師の浄霊師。
一見すると、それほどの変化は見られない。
「痛い目」は、……少なくとも「ひどく痛い目」は、見ずに済んだのだろう。
「まず、お前達の長の名前と能力、目的を。」
できる限り、切り口上で問い質す。
どう言い繕っても、この世界の基準から見た俺は、「甘い」から。
それを知られるわけには、いかないから。
「はい、名前は知りませんが、私達は『教祖さま』と呼んでいます。能力は死霊術。目的は、世界の支配です。」
世界の支配って。
馬鹿じゃねーの?
どれだけの広さがあると思ってるんだ。情報通信技術もないのに、手が回るわけがない。
いや、馬鹿を馬鹿だと思って馬鹿にすると、こちらが馬鹿な目を見る。
相手の感性にこちらの思考を合わせていかないと……。
「目的達成の手順は。」
「はい、南東部を支配し、南ファンゾ、ファンゾ全島へと進出していく予定です。」
案外、まともだった。
「三原・和田から南の豊田に進出。七浦から長尾にも進出し、この二方向から南西部へと打って出る予定でした。」
案外どころか、かなり冷静だ。理にかなっている。
とは言え、戦力……生産力から見て、それは難しいのではないかと思ったのだが。
「少数で社会を支配し、内側から基盤を崩す。そういうやり方です。」
という答えが返ってきた。
なんだろう、このアンバランスさ。
馬鹿なのに冷静で、かと言って経済や政治が分かっているわけじゃなく、謀略ばかりに頭を回して。でも、その謀略を成功させている。
目が回るような気持ち悪さを覚える。
教祖の「人となり」や能力を知れば、見えてくるか?
そう思って、質問を重ねた。
「恐怖とペテンを使って、か。『教祖さま』とやらも、大した能力を持っていないんじゃないのか?幽霊を何体使役している?」
「いえ、『教祖さま』は、本当に死霊術師です。『お前も死霊術師を名乗って、村を支配しろ』と。ノウハウを教えてもらいました。何体?それはどういう……?」
死霊術師は間違いないのだろうが……。
相当「膨らませて」見せているんじゃないか?これは。
本当に能力が高いなら、それを実地に見せることで信仰を集める方が良いはずだ。
「お前は生まれついての霊能者か?」
「いえ、普通の農民だったのですが、ある日頭を打って、霊能に目覚めました。『教祖さま』に相談しに行ったら、『試練がお前の霊格を高めたのだ』と、そういうお話で……。」
やっぱり、「教祖さま」とやら、「例の仮説」を知っている。
霊格が高いだの何だの、人を煽るのもうまい。
村を恐怖で支配する手口も身に着けている。
馬鹿には、できない。
「お前がこちらに、北に進出してきた理由を言え。南に打って出るはずだったんだろう?」
「はい、その予定だったのですが、教祖さまが急に北へ向かうとおっしゃって。周辺を固めるために、私がここに派遣されました。」
アランの報告と、一致した。
男を座敷牢に戻し、全員に意見を聞いてみる。
俺には見えないことが、何か見えてくるかもしれない。
ヒュームが、ニンジャの、それも頭領に相応しい見解を披露する。
「謀略好きの連中ゆえ、分からぬでござるぞ。やはり本命は南で、『北へ行く』と吹聴するのは千歳家を守勢に回らせるためでは?いわゆる宣伝工作にござるまいか?」
「アランさんは、『北の入り江を目指しているらしい』と言っていた。私はアランさんの『耳』を信ずる。少なくとも『教祖さま』の本命は、北ではないだろうか。」
と、これは孝・方の見解。
何か言う必要を感じたのか、ノブレスがとりあえず口を挟む。
「『北の入り江』には何があるんだろうね?」
「何があろうと構わないだろう。邪悪な連中を根こそぎにする。俺達の目的はそこにあるはずだ。」
カルヴィン……。
まあ、そういうところもあるけどさ。
「いずれにせよ、千歳家と連携を取るべきだよ。」
「補給の問題もある。」
李紘とキルトは、抽象的なことはあまり考えないタイプ、か。
「では、まずは千歳家に向かおう。本命が北か南か、そこで分かるはずだ。」
7人全員が、俺を見て、頷いた。
口にしたのは、当たり前のこと。
それでも、言う必要があることというものは、確かに存在する。