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第六十話 アラン その2

 

 後ろをついて歩いたジロウの話によると、アランは、北西側から山越えのルートを取って、南東部に入り込んでいたらしい。


 南を向いたマムシの頭の南西端に、しゃくれ頤をくっつけたようなかたちをした、南ファンゾ。

 その南ファンゾの南東部のかたちは、アルファベットの「J」そのものと言って良い。

 

 南ファンゾの中部から南部にかけては、山地が南北に伸びている。

 中央よりもだいぶ東に寄ったところを、走っている。

 そして、その山地こそが、中央部・南西部と南東部との、境界になっている。


 すなわち、東ファンゾ南東部とは。

 山地の東側斜面と、そこに付属しているわずかな平地とからなる、細長い地域なのだ。

 俺が元住んでいた世界、地球で言うならば……イメージとしては、南米の「チリ」に近いかたちをしている。


 その細長い南東部に入るルートは、3つある。

 もちろん、船を使えば、自由に入り込めるわけではあるが。陸路は、3つ。


 まずは、「J」の、書き順的な意味での出口側。

 南西部の南端に位置する、西へ突き出た岬を、南北に縦断するという、第一のルートが存在する。

 その道を歩いて、南へと山を越えた先にあるのが、長尾家の領地だ。


 ここは経済的に豊かな南西部に近く、平野面積も南東部の中では最大。

 農業・漁業が盛んで、南東部ではまず一番の経済力があると評価されている。

 他地域との交流もあるので、文化的にも「開けて」いる。

 長尾家は、一般的な「ファンゾ百人衆」、「南方二十八騎」とみなしておいて、まず間違いない。


 長尾家から海沿いの道を東に進むと、七浦家の領地となる。

 「J」の、「曲がり角の左側」にあたる地域だ。

 ここは、可耕地が少ない。主に漁業で生計を立てている。

 経済力の差と、長尾家の領地を通らないと外に出られないという地政学的要因から、長尾家の「舎弟」的な立場に甘んじている。


 「J」の「曲がり角」は、山地から南東に延びてくる尾根であり、地形としては「険阻」そのもの。

 七浦家から徒歩で北東に向かうことは、できない。


 「J」の「曲がり角の右上側」にあるのが、豊田家である。

 豊田家には、南西部の南東端から、山越えのルートが通じている。第二のルートとしておく。

 そのため、豊田家も、南東部七家の中では、経済的に豊かな方だと言って良い。


 豊田家の北にあるのが、三原家。

 三原家の北にあるのが、和田家。

 この両家は、南方二十八騎から見ても、言葉は悪いが「蛮族」扱い。

 可耕地が少なく、漁業の他、真珠の採取、林業などが主産業となっている。

 この両家の領地には、外部から直接に入り込むルートは存在しない。


 和田家の北にあるのが、千歳家。

 千歳家の領地には、陸路で向かうことができる。第三のルートと称しておく。

 中央部の南東、あるいは南西部の北東と言うべき地域から、山越えルートが延びている。

 道が存在するところ、文化と経済の交流が存在するわけで。

 千歳家も、経済的・文化的には「開明的」……その表現が差別的だと言うならば、百人衆として「話がしやすい」家だと論評できる。


 千歳家の北、南東部の最北端が、白浜家だ。

 白浜家は、南東部と言われてはいるものの、むしろ北東部との関係が深い。陸路ではなく、海路によって、北東部と経済的・文化的交流を行っている。

 やはり「話がしやすい」家のひとつである。



 なお、長尾景明によると、問題の死霊術師(ネクロマンサー)は、三原領から和田領にかけて、根を張っているらしい。

 七浦家も、「取り込まれた」状態であるとか。



 景明から説明を受けたのは、10日ほど前のこと。

 南西部攻略を先にするため、その時点ではあえて話題にすることを控えたが……。


 ぎゅっと胃をつかまれるような思いをさせられたフレーズがあった。

 あの時俺は、顔に出せずにいられただろうか。


 南西部攻略がほぼ終わり、アランの容態も安定してきたように見えた、25日目の昼下がり。

 フィリアと千早と、3人だけで顔を合わせたその時も、真っ先に話題となった。

 それが、あの時の長尾景明の言葉。



 「人を霊能力者にできると称して」、……「厳しい修行を重ねればなれるのだ、と」、……「実際に、霊能力者になる者が、たまに現れる。」


 カデンの街の主婦を目撃して得た仮説と、彼の言葉は軌を一にしている。



 「臨死体験、あるいは幽体離脱によって、霊能力を得られるのではないか?」

 「人為的にそれを行うという、非道な試みがなされているのではないか?」

 

 ほぼ一年前のあの時、俺達はこの問題について掘り下げることを、保留した。

 その判断は間違いだったか。



 「判断としては、間違っていなかったと思います。やはり軽率に広げるべき情報ではありません。南東部の件も、気に病む必要はないはずです。私たちが気づこうが気づくまいが、ここではすでにその試みが為されていたのですから。」


 「なれど、その仮説は実地で検証されてござった。南ファンゾ全体に、徐々に知られつつある。もはや、隠してはおけぬのではござるまいか?」 


 「正しいかどうか、どれぐらいの確率で霊能力者になるのか、どれほどの霊能を手に入れたのか。それによって、この仮説の意味も変わってきます。実際に確かめる必要がありますね。」

 

 「だけどフィリア、長尾さんの言葉も無視できない。地域社会全体の問題となれば、まずは軍勢によって地域を安定させないと。」


 「なれどヒロ殿、それでは霊能者の『能力』を見極めることができぬ。特に相手が説法師(モンク)であれば、接近される前、腕を振るわれる前に鎮圧するのが、軍のセオリーにござるゆえ。」


 「見極めるためには、霊能力者が単独あるいは少人数で、相手に能力を引き出させた上で戦う他ない、ということになりますか。」

 

 「それゆえの天真会、それゆえの老師やアラン兄さんなのでござる。放置するか、保護するか、処分するか……見極めなければ、決められぬ。」

 


 数多の傷が刻まれた、アランの体。

 この目で見たときには、「宗教家らしからぬ」と感じたものだったが。

 その実は、マイノリティの日陰者、抑圧される異能者を救うために、自らの身を呈し続けてきた証。

 アランが宗教家であることの、何よりの証明であったのだ。


 

 「この目で見なければ、信用できない。この目で見たものこそ、信用すべきだ。」

 それは一理あるし、「上滑りの知識で分かった気になる」ことを戒めるためにも、大切な心得ではあると思う。

 だが時として、「この目で見たものが、正しいとは限らない。」

 アランの傷を見て、知った。

 そういうことも、あるのだと。



 「検証か、鎮圧か。いずれを優先すべきでしょう?」


 「アラン兄さんは、事前にいかほど知っておったのやら。怪我を負う前に、いかなる情報を得たのでござるやら。」

 

 「ジロウから得られた情報だけど……。」

 

 三芳家を出たアランは、第三のルート……中央部から千歳家へと向う山越えの道をとったとのこと。

 歩くこと3日で、山地に存在していた集落に入り込んだのだそうだ。 

 そこで一泊した夜に、刺された。

 山道を引き返し、もう片方の脚を傷めて、倒れた。


 「と、そういう成り行きらしい。どんな情報を得たのかは、ジロウには分からなかったそうだ。アランさんに聞かないといけないね。山道だからジロウがいいかと思ったけど、これは俺の判断ミスかなあ。」

 

 俺のぼやきに、幽霊達が反応した。


 「間違ってはいなかったわ。人間の霊じゃあ、敵か味方かアランに区別がつけられないもの。後ろから程よい距離をついて行くのは、犬のジロウじゃないと無理よ。」

 「ヒロ殿は戦と政を担当する。あってはならぬが、いざという時に某やアリエル殿が必要であったはず。」

 「あたしじゃ役に立たないしね。」

 

 そういうものかなあ。


 「さよう。何を選ぼうとも、それなりに動き出すものよ。その動きに、またそれなりに対応できるように、己を鍛え、部下を養うことが肝要。細かいところで完璧を求めるのは、むしろよろしくない。覚えておいて損はないでござるぞ、ヒロ殿。」  

 

 勉強になります、モリー老。



 「ヒロ殿、どうなされた。」


 「千早のお祖父さまに、教えを受けていたところだよ。」

 

 「何を選ぼうとも……」のくだりを、千早とフィリアに披露する。


 「これは勉強になります。私には、それなり以上に対応できる部下がたくさんいますから、今回もきっと大丈夫ですね。」

 

 「祖父さまの話を聞く機会が、このようなかたちで得られる。有り難い話ではあるが、有って良い話なのかどうか。少々、複雑な気分にござる。」



 すこし気楽な雰囲気になったところに、ノックの音が聞こえてきた。

 顔を出したのは、三芳家の侍女。



 「アラン師が、目を覚まされました。お三方にお話があるそうです。塚原先生にもお越しいただきたいとのお言葉です。」 


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