第五十九話 南西部 その3
フィリアの元へは、俺一人が先に帰っても良かったのだが。
貞家の提案もあり、六家の代表(貞家のみが世継ぎで、残りの五家は皆、当主であった)と共に、馬を進めることとした。
それぞれにみな、どこか不満を抱えながらの道行き。
必要ない、いや、それどころか言質を与えることになりかねない……などと思いつつも、宥めずにはいられなかった。
「お三方、ご不満であれば、試合形式での一騎討ちはいかがでしょう?」
「それで我らが勝ったならば、要求を引っ込めていただけるので?」
「いえ、負けませんよ。絶対に。」
「これはこれは。そう言われてしまうと、収まっていた叛骨が、むくむくと盛り上がってまいります。……腕が立つのは、どなたでござるか?」
「先ほど護衛に来ていた塚原が、まずは第一人者です。次ぐ者として、千早はご存知でしょう。招安使のフィリアも、千早に準じます。」
「メル家の姫君も使い手であられたか。わざわざのご来駕でもある。これは納得して従わずばなるまい。」
「中央部は、滝田家を旗頭にまとまり、その滝田家が佐久間家に『合力』する、という枠組みを取っています。南西部も、それでご納得いただけませんか?」
「先にも申しましたが、館家のお下知に従うことには、我ら皆、何の否やもありませぬよ。ただ、館のお家が佐久間家の下風に立つということが、どうにも納得いかず……。」
「館のお家が、若君がそれで良いと申したのだ。従うべきでござろう。」
「某は、納得できぬ。ことは南西部全体にかかわる。若君の一存で決められては、な。」
抗戦派であった三家は、どうにか飲み込んでくれそうだ。
問題は、むしろ恭順派であった二家。
メル家への忠勤を励んでいたはずが、梯子を外されてしまったような状態にある。
「説得の労を取っていただいたこと、感謝しております。」
「その言葉だけで、報われたでござるよ。」
北条家からの言葉。……それは、ウソだ。
さて、フィリアにどう伝えるか。彼らに全く報いないというわけにもいかないだろうし。
そもそも、俺はここでどう言えば良いのか。
「……メル家は事情を存じておりますから。」
まあ、これぐらいか。今言っても差し支えないのは。
「しかし、館家はどうするつもりでござろうか。」
馬を寄せてきた豊津家当主が、声を潜めながら話しかけてくる。
「はい?」
「いえ、恭順する場合はお姫さま、桐乃さまを立てる。独自路線を行くならば若君を立てる。そのために桐乃さまを人質に出したのに、これでは。」
「桐乃さんは、他家に嫁がれるのではないのですか?」
「その含みも持たせてはござるが、このような流れになったからには。」
桐乃が後を継ぐべきだと。そう言いたいのか。
今度はお家騒動かよ。
狭い世界が全ての天地、とは言っていたけど……。
南西部はいましばらくの間、安定しないかもしれない。
メル家としては、それは困る……のか、一応でも枠組みを遵守してくれるなら、それで良いのか。
全ての経緯から、そういった情報までを、フィリアに伝える。
それにしても。ご機嫌ですね、フィリアさん。
「一気に話がまとまりましたし、戦争も回避できました。最高の結果です。」
「ヒロ殿、お見事にござった。塚原先生から伺ってござるぞ。怒ってみせたとか。」
「千早、半ば以上は貞家さんの働きだよ。ちょっと怖いぐらいだった。」
「……で、次に予想されるのは、恭順派二家の不満とお家騒動、ですか。」
「本人達の仲は悪くなさそうだったけどね。」
「それは関係ないのがお家騒動、でござる。」
「今から心配しても仕方ありません。ひとつひとつ片付けましょう。まずは、六家に会うところから。」
六家の代表が、フィリアにお目通りする。
実質は恭順宣言の確認だが、建前としては表敬訪問。
話は和やかに進んで行く……時折、彼らが気にしていそうなことに触れながらも。
「ええ、皆さんの関係は、これまで通りということで。……館家の立場は尊重します。佐久間家の采配に『協力』さえしてくだされば。」
彼らも彼らで、ぼちぼち踏み込んでくる。
やはり、恭順派だった北条家と豊津家は、その分の「見返り」が欲しいようだ。
抗戦派のうち、宮崎家も不満が強い。
「少しの変化も許せない。今までは衆議に乗るだけであった館家がリーダーシップを取ることも、慣例に反する。」と、そういうことをやんわりと言い募る。
それでも、今回は顔合わせ。
誓約の日取りは決めるにしても、特に大きな問題はない。
はずだった。
にこにこしていた館太郎貞家が口を開くまでは。
「せっかく皆が集まったのです。この場で誓約してしまいましょう。」
何事も無いように、大事をぶっこんで来る。
思わず面を伏せた。驚いた顔、見られずに……済んだわけは、ないよなあ。
「善は急げと申しますし。」
このとぼけっぷり。
こいつ、やっぱり本物だ!
さすがフィリアは格が違った。
気を呑まれた俺とは異なり、貞家と呼吸を合わせにかかる。
「南西部の皆さまがそうおっしゃるならば、喜んで。」
にこやかな表情を一切崩していない。
しかもマウントを取りにかかる。
「お前らの願いに答えるんだからな」って、あのさあ。
フィリアさん、本当に、頼りになります……。
「では、書類を取って参ります。」
そんなことを口にしつつ、立ち上がる。
立った分だけ少し上から眺めるかたちになると、一目瞭然。
不満があった三家は、下を向いている。
不満の無かった二家は、少し慌てているが、それだけと言えばそれだけ。
フィリアと館貞家は、にこにこと、「正対」。
まったく、心臓に悪い。
隣室への扉を開けた途端、人と鉢合わせた。
だから、心臓に悪いんだって!
塚原先生?
うやうやしく、紙筆を捧げている。とぼけ顔して。
レイナ?
正装して進み出てくる。ニヤッと笑って、すぐにお澄まし顔。立会人か!
2人は読み切っていたのね……。
必死で顔を作り直して、振り返る。
館貞家の目が、少し、細められていた。
フィリア、あるいは、メル家側の、優勢勝ちと言ったところか、これは。
誓約は、無事に終了した。
メル家としては、大満足の結果。
北条家と豊津家には、後でフォローを入れるとして。
あとは、桐乃と貞家と、その処遇をどうするか……。
なんてことを考えながら、眠りについた。
新都を発って、23日目の夜であった。
翌早朝。
館家から早馬が来たという連絡に、叩き起こされた。
「フィリア様に、急ぎお伝えしたき儀が!」
そう言っていると伝えられた。
千早と俺も出る必要がある。
「館家の嫡男、太郎貞家が、北条・豊津・宮崎三家の当主を、無礼討ちにいたしました!」
貞家!どこまでも……。
フィリアの目が細くなる。一本返されたか、これは。
「なお、『誓約は家の名を以て結んだものゆえ、当主が代わっても揺ぎ無く遵守いたします』と申しております。」
早い。先手先手を取ってくる。
「詳細はこの書状にて!なお、本日中に、直接伺いますと申しておりました!」
息も絶え絶えの使者から、手紙を受け取る。
「無礼討ちの体を取りましたが、内情はさにあらず。北条・豊津両家は『旗頭』としてお認めいただいた館家に対し、明確な叛意を抱いておりました。族滅すべきところではありますが、メル家に憚りあるかと存じ、控えました。ご指示を仰ぎます。」
「家を存続させるよう口添えすれば、北条・豊津への義理を果たせるでしょう?」と来たか。
あいつ!
「妹の桐乃には叛意が無い。そのことはこちらで確認が取れていますが、家にあっては火種となります。今しばらく、人質としてメル家に留め置いていただきたく。」
ソツがない!
使者を帰らせてからが、大変だった。
こういう手法を好まない千早が、大荒れに荒れる。
「下を斬って話をまとめるとは!大山家とは天地の差ぞ!」
北条・豊津両家への義理の返し方について、無理やりに恩を売られたフィリアも、鬱憤を募らせる。
「お家騒動を回避し、武家らしいトップダウンの体制に改革した。ええ、お見事です!」
内容と口調が一致していない。
でも。送られてきた手紙の最後のところ。桐乃を預けるというひと言。
最後だけには、人間くさいところを見せていた。
初めて俺が見た、あの表情。妹に見せた穏やかな微笑。それだけは、本物だったんだな。
ほっとしたよ。