表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

241/1237

第五十九話 南西部 その3


 フィリアの元へは、俺一人が先に帰っても良かったのだが。

 貞家の提案もあり、六家の代表(貞家のみが世継ぎで、残りの五家は皆、当主であった)と共に、馬を進めることとした。

 

 それぞれにみな、どこか不満を抱えながらの道行き。

 必要ない、いや、それどころか言質を与えることになりかねない……などと思いつつも、宥めずにはいられなかった。


 「お三方、ご不満であれば、試合形式での一騎討ちはいかがでしょう?」


 「それで我らが勝ったならば、要求を引っ込めていただけるので?」


 「いえ、負けませんよ。絶対に。」


 「これはこれは。そう言われてしまうと、収まっていた叛骨が、むくむくと盛り上がってまいります。……腕が立つのは、どなたでござるか?」


 「先ほど護衛に来ていた塚原が、まずは第一人者です。次ぐ者として、千早はご存知でしょう。招安使のフィリアも、千早に準じます。」


 「メル家の姫君も使い手であられたか。わざわざのご来駕でもある。これは納得して従わずばなるまい。」


 「中央部は、滝田家を旗頭にまとまり、その滝田家が佐久間家に『合力』する、という枠組みを取っています。南西部も、それでご納得いただけませんか?」


 「先にも申しましたが、館家のお下知に従うことには、我ら皆、何の否やもありませぬよ。ただ、館のお家が佐久間家の下風に立つということが、どうにも納得いかず……。」

 「館のお家が、若君がそれで良いと申したのだ。従うべきでござろう。」

 「某は、納得できぬ。ことは南西部全体にかかわる。若君の一存で決められては、な。」


 抗戦派であった三家は、どうにか飲み込んでくれそうだ。

 

 問題は、むしろ恭順派であった二家。

 メル家への忠勤を励んでいたはずが、梯子を外されてしまったような状態にある。


 「説得の労を取っていただいたこと、感謝しております。」


 「その言葉だけで、報われたでござるよ。」


 北条家からの言葉。……それは、ウソだ。

 さて、フィリアにどう伝えるか。彼らに全く報いないというわけにもいかないだろうし。

 そもそも、俺はここでどう言えば良いのか。


 「……メル家は事情を存じておりますから。」

 まあ、これぐらいか。今言っても差し支えないのは。


 「しかし、館家はどうするつもりでござろうか。」

 馬を寄せてきた豊津家当主が、声を潜めながら話しかけてくる。

  

 「はい?」


 「いえ、恭順する場合はお(ひい)さま、桐乃さまを立てる。独自路線を行くならば若君を立てる。そのために桐乃さまを人質に出したのに、これでは。」


 「桐乃さんは、他家に嫁がれるのではないのですか?」


 「その含みも持たせてはござるが、このような流れになったからには。」


 桐乃が後を継ぐべきだと。そう言いたいのか。

 今度はお家騒動かよ。

 狭い世界が全ての天地、とは言っていたけど……。 



 南西部はいましばらくの間、安定しないかもしれない。

 メル家としては、それは困る……のか、一応でも枠組みを遵守してくれるなら、それで良いのか。

 

 全ての経緯から、そういった情報までを、フィリアに伝える。

 それにしても。ご機嫌ですね、フィリアさん。


 「一気に話がまとまりましたし、戦争も回避できました。最高の結果です。」


 「ヒロ殿、お見事にござった。塚原先生から伺ってござるぞ。怒ってみせたとか。」


 「千早、半ば以上は貞家さんの働きだよ。ちょっと怖いぐらいだった。」


 「……で、次に予想されるのは、恭順派二家の不満とお家騒動、ですか。」


 「本人達の仲は悪くなさそうだったけどね。」


 「それは関係ないのがお家騒動、でござる。」


 「今から心配しても仕方ありません。ひとつひとつ片付けましょう。まずは、六家に会うところから。」


 

 六家の代表が、フィリアにお目通りする。

 実質は恭順宣言の確認だが、建前としては表敬訪問。

 

 話は和やかに進んで行く……時折、彼らが気にしていそうなことに触れながらも。

 

 「ええ、皆さんの関係は、これまで通りということで。……館家の立場は尊重します。佐久間家の采配に『協力』さえしてくだされば。」

 

 彼らも彼らで、ぼちぼち踏み込んでくる。

 やはり、恭順派だった北条家と豊津家は、その分の「見返り」が欲しいようだ。


 抗戦派のうち、宮崎家も不満が強い。

 「少しの変化も許せない。今までは衆議に乗るだけであった館家がリーダーシップを取ることも、慣例に反する。」と、そういうことをやんわりと言い募る。

 

 それでも、今回は顔合わせ。

 誓約の日取りは決めるにしても、特に大きな問題はない。


 はずだった。

 にこにこしていた館太郎貞家が口を開くまでは。


 「せっかく皆が集まったのです。この場で誓約してしまいましょう。」


 何事も無いように、大事をぶっこんで来る。

 思わず面を伏せた。驚いた顔、見られずに……済んだわけは、ないよなあ。

 

 「善は急げと申しますし。」


 このとぼけっぷり。

 こいつ、やっぱり本物だ!

 

 さすがフィリアは格が違った。

 気を呑まれた俺とは異なり、貞家と呼吸を合わせにかかる。


 「南西部の皆さまがそうおっしゃるならば、喜んで。」


 にこやかな表情を一切崩していない。

 しかもマウントを取りにかかる。

 「お前らの願いに答えるんだからな」って、あのさあ。

 フィリアさん、本当に、頼りになります……。



 「では、書類を取って参ります。」


 そんなことを口にしつつ、立ち上がる。

 立った分だけ少し上から眺めるかたちになると、一目瞭然。


 不満があった三家は、下を向いている。

 不満の無かった二家は、少し慌てているが、それだけと言えばそれだけ。

 フィリアと館貞家は、にこにこと、「正対」。


 まったく、心臓に悪い。

 

 隣室への扉を開けた途端、人と鉢合わせた。

 だから、心臓に悪いんだって!

 

 塚原先生?

 うやうやしく、紙筆を捧げている。とぼけ顔して。


 レイナ?

 正装して進み出てくる。ニヤッと笑って、すぐにお澄まし顔。立会人か!


 2人は読み切っていたのね……。


 必死で顔を作り直して、振り返る。

 館貞家の目が、少し、細められていた。

 フィリア、あるいは、メル家側の、優勢勝ちと言ったところか、これは。

 

 

 誓約は、無事に終了した。

 メル家としては、大満足の結果。

 

 北条家と豊津家には、後でフォローを入れるとして。

 あとは、桐乃と貞家と、その処遇をどうするか……。

 

 なんてことを考えながら、眠りについた。

 新都を発って、23日目の夜であった。


 

 翌早朝。


 館家から早馬が来たという連絡に、叩き起こされた。


 「フィリア様に、急ぎお伝えしたき儀が!」

 そう言っていると伝えられた。

 千早と俺も出る必要がある。

 

 「館家の嫡男、太郎貞家が、北条・豊津・宮崎三家の当主を、無礼討ちにいたしました!」


 貞家!どこまでも……。

 フィリアの目が細くなる。一本返されたか、これは。

 

 「なお、『誓約は家の名を以て結んだものゆえ、当主が代わっても揺ぎ無く遵守いたします』と申しております。」


 早い。先手先手を取ってくる。


 「詳細はこの書状にて!なお、本日中に、直接伺いますと申しておりました!」


 息も絶え絶えの使者から、手紙を受け取る。

 

 「無礼討ちの体を取りましたが、内情はさにあらず。北条・豊津両家は『旗頭』としてお認めいただいた(・・・・・・・・)館家に対し、明確な叛意を抱いておりました。族滅すべきところではありますが、メル家に憚りあるかと存じ、控えました。ご指示を仰ぎます。」


 「家を存続させるよう口添えすれば、北条・豊津への義理を果たせるでしょう?」と来たか。

 あいつ!


 「妹の桐乃には叛意が無い。そのことはこちらで確認が取れていますが、家にあっては火種となります。今しばらく、人質としてメル家に留め置いていただきたく。」

 ソツがない!

 

 使者を帰らせてからが、大変だった。

 

 こういう手法を好まない千早が、大荒れに荒れる。

 「下を斬って話をまとめるとは!大山家とは天地の差ぞ!」


 北条・豊津両家への義理の返し方について、無理やりに恩を売られたフィリアも、鬱憤を募らせる。

 「お家騒動を回避し、武家らしいトップダウンの体制に改革した。ええ、お見事です!」

 内容と口調が一致していない。



 でも。送られてきた手紙の最後のところ。桐乃を預けるというひと言。

 最後だけには、人間くさいところを見せていた。

 初めて俺が見た、あの表情。妹に見せた穏やかな微笑。それだけは、本物だったんだな。

 ほっとしたよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ