第六話 説法師《モンク》 その2
鳩尾の痛みから立ち直ったところで。
とりあえず、今後の方針を決めたいわけだが、その前に。
大規模な崩落で、亡くなった人がいたようだ。
数人の霊がそこにいた。
「ヒロ殿は、説法を見たことがおありでござるか?」
千早が、こちらに向かって言う。かぶりを振ると、
「それならば、ここは某にお任せを。理法を説いて、あちらの御霊を輪廻の輪に還して差し上げましょう。」
理法を説く。
神官の浄霊術に比べると、随分おとなしく、理性的な方法であるようだ。
そう言えば、千早の服装は巫女さんに近いようにも見える。
いや、袴が黒いし、弓術や合気道の人みたいだ、という方が近いか。
おもむろに霊に近づいていく千早。
そこには、家族がいた。
小さな子供は、何が起きたか分からず泣き喚き。
若いお父さんとお母さんは、それをなだめようと苦労し。また、子供だけでもどうにかならないかと嘆いている。
正直、いたたまれない光景であった。
彼らの前に立った千早が、ゆっくりと一礼を施した。
さて。どうするのか。
構えを取り……しっかりと重心を下げ……
っておい!
お父さんも、不穏なものを感じたのだろう。両手をひろげて仁王立ちになり、妻子をかばう姿勢を取る。
「往生せいや!!」
裂帛の気勢とともに、繰り出されたのは正拳突き。
待て待て待て待て!
それのどこが説法だ!理法を説くんじゃなかったのか!
フィリアがぼそっと呟く。
「『人は死して輪廻の輪に還る』というのが天真会の教え。迷える魂に『往生しなさい』と声をかけるのは、その教え・理法を説くものであって、立派に説法というわけです。」
思わずフィリアの顔を見たが、霊の様子が気になる。
再び彼らに目を向けると。
お父さん、吹っ飛ばされていた。
「あなた!」
俺にしか聞こえない、お母さんの悲鳴が響き渡る。
100%の心配と、もう100%の敬慕を、その顔に浮かべている。やるじゃん、お父さん。生きていたなら、晩酌が一本増えるところだ。
吹っ飛ばされたお父さん、砕け散り……。
その中から、にこやかな顔をして再び浮かび上がってきた。ああ、この辺は浄霊術と同じなんだな。
その満ち足りた顔、「法悦」というのはこういうものなのだろうか。
やや緩みすぎのようにも見えるが。
若い美人に殴られた男の顔、と言えなくもない。
「あなた!」
やはり俺にしか聞こえない、お母さんの怒号が響き渡る。
200%の怒りと200%の悋気を、その顔に浮かべている。これはまずい。悪霊化しかねない。
千早が、お母さんと子供に向き直る。
気づいたお母さん、今度は必死に子供を抱きかかえた。
まずい、千早には二人がどんな人物なのかが見えていない。
あのやり方は二人の霊にはあまりにも過酷だ。
それに、フィリアと同じく、千早だってまだ子供だ。「あんまりなこと」はさせたくない。
二人の霊に必死に声をかけた。
「二人とも、お父さんについて行って!お父さん、二人を連れて行って!」
二人と千早が、ハッとした顔で俺を見る。
気づいた二人は、お父さんに合流し……。
家族は、輪廻の輪へと還っていった。
その様子を見ていた千早、「死霊術師も、説法ができるのでござるか!これは初めて聞き申した!」と、やや興奮気味である。
ふと見ると、まだ霊が一体、そこに残っていた。若い男である。
さきほどの家族とは別の旅人であろう。
「あなたも、輪廻の輪に還っては?」
俺から呼びかけてみた。
「ぜひ、そちらの説法師さまに、お願いします!」
おいおいおい、なんだコイツ。アレを見て、よくそんなことが言えるもんだ。
困惑しながらも、その旨を千早に伝える。
興奮から冷め、「死霊術師にも説法ができるのであれば、説法師とは何でござろう?」と、ややへこみ加減の千早であったが、ご指名を受けたと聞くや、こぼれんばかりの笑顔を向けて彼に近づいて行く。
彼のほうは、すでに法悦をその顔に浮かべ……ではないな、この表情は。
正面で一礼した千早、再び正拳突きを繰り出す。
「逝っけえー!!」
よく透る声であった。
「迷わず逝けよ、逝けば分かるさ」ということであろうか。
これも「理法を説いている」、ということなのだろう。
拳が顔面にヒットする瞬間、若い男の霊は「ありがとうございます!!」と叫んでいた。
ますますどこかで見た光景に似ているような気がしてきた。
砕けてふわりと浮かんできた若い男の霊、さきほどよりもさらにだらしない顔で……、
いや、もとい。死者の霊には敬意を払おう。
さきほどよりもさらに満足げな法悦を顔に浮かべながら、消えていった。
「幽霊の業界では、ご褒美です!」って、こういうことか。
満ち足りて輪廻の輪に還っていけるのだ。説法師にも、間違いなく存在意義がある。




