第五十九話 南西部 その1
それからしばらく、中央部と北西部とを往復する仕事が続いた。
百人衆(二十八騎)のうち14家が出した兵、およそ700に大まかな指示を出し、フィリア・千早が率いる後方のメル部隊と連絡を取る。
どうしたって馬よりグリフォンの方が速いので、始終その背中に乗せてもらう日々。
ヴァガンも水脈を探してあちこち飛びまわっているので、行動範囲が重なることが多く。
そういうわけで、グリフォンやヴァガンとは、いろいろな話をした。
グリフォンの好物は、肉。寿命は、よく分からないらしい。そりゃそうだ。野生では、そこまで考えていられない。
ただ、「体の大きな動物は、寿命が長いらしいぞ。」ということを教えてやると、「じゃあ『毛無し』(ヴァガン)と一緒に年を取れるな」なんてことを言っていた。
グリフォンにも、やはり幽霊が見えているようだ。しかし人間以外の幽霊を見たことがないので、前々からジロウのことが気になっていたらしい。アランの護衛に出したと言ったら、少し不機嫌になった……ように見えた。
「『陰険』にそこまでしてやる必要は無いだろう。」
「そう言うなよ。俺にとっては、アランさんも仲間なんだ。」
「あいつには腕がある。護衛なんか不要だ。」
「なあヴァガン、アランさんってそんなに強いのか?」
「俺はよく分からん。……何?……『強い』わけじゃなくて『陰険』なんだ、って言ってるけど。」
「『翼』みたいに賢いヤツが言うんだから、間違いないんだろうけどさあ。『陰険』って何なんだよ。」
もう少し詳しく聞きたかったのだが、その時間までは与えられない。お仕事が舞い込んでくる。
「副使殿、運び込んだ資材は、加工いたした。」
「嫌な知恵が回るでござるな。柱や柵などのかたちに作り、番号を振っておく。あとは荷車で運んで組み立てるのみ、とは。」
太閤さんの真似をしただけなんだけどねー。
「組み立ての人手は三芳の家から出すそうでござるぞ。砦作りには慣れているとか。」
「兵も二手に分け、組み立ての手伝いと周辺の警戒とに割り振ってください。」
「承った。」
細かい指示を出さなくとも、回っていくものなのだと知る。
ファンゾの衆が「物慣れている」からなのかもしれないけど。
さすがに一夜城という訳には行かなかったが、一昼夜で、野戦陣地が出来上がった。
次の日になってやっと妨害の兵も出てきたが、飛び道具を惜しみなく用い、合間合間に騎馬突撃。
こういうところにも、指示を出す必要が無い。現場がうまく動いてくれる。
「柵を伸ばし、面で押し出す。ひどい嫌がらせにござるな。」
「我らにはできぬなあ。これが、豊かな家ならではの戦い方にござるか……。」
「いえ、突つかれるのも嫌なものですよ。」
「ふむ。物資集積所を焼いて来いと?」
「集積所は拠点でもある。これを落とせば、すぐにでも前面の川まで押し出せまするな。」
「で、川沿いに柵を伸ばして、三芳家の関所と、この野戦陣地と、西の陣地とを結ぶわけでござるな。」
さすがはベテラン。理解が早い。
「皆さんのおかげで楽をさせてもらっています。」
「何の。楽をさせてもらっているのは我らにて。」
潮時だ。
結果を見る必要は無い。
即座にグリフォンの背に乗り、佐久間家に向かう。
新都を出てから22日目。
フィリアとメル本隊、およそ250人が、三芳家の関所に到着した。
「結論を持ってくるか、あるいはせめて六家の代表が直接私に会いに来るか、選ばせましょう。」
フィリアの言葉を受け、使者に立つのは、俺。
護衛として、塚原先生。館桐乃も、随行した。
それにしても、何だって南西部はこんなに煮え切らないのか。
政治的センスに優れ、フィリアの話相手が務まる桐乃に聞いてみても、どうも納得できる解答が得られないでいる。
通された一室には、9つの顔が揃っていた。
南西部の旗頭と言ってよい、館家の当主とその息子。桐乃の父と兄だ。
北条家と豊津家も、2人が顔を出している。当主と、人質に来ていた二人の跡取り。
宮崎家、神戸家、九重家は、当主のみ。
儀礼的な挨拶が交わされる。
フィリアからの手紙を、俺が読み上げる。
読み終えて、二拍。
館家の当主が、口を開いた。
「書状の趣は、承りました。使者殿はお帰りください。話し合いの後に、追って結論をお届けいたします。」
あ、こりゃダメだ。
こんな話を持って帰ったら、俺がフィリアにどやされる。
新都に帰ってから、ソフィア様にどやされる。いや、見放される。
「宣戦を布告されたものと受け取ります。では、良き戦をいたしましょう。」
立ち上がって「見せる」。
「待たれよ使者殿!」
「ならば、この場で結論をいただきたく。」
「無礼でござろう!」
「無礼と言われますか。聞き捨てなりません。」
朝倉の柄に、手をかけて「見せる」。
一応でもやる気になっているのは、3人。
宮崎家、神戸家、九重家の当主。この三家が、抗戦派だな。
「皆さま方が何をおっしゃりたいのか、メル家に伝わってこないのです。口先の駆け引きは無用。こちらはすでに、兵を集めました。明日にも『交差点』……正式な名は知りませんが、どこのことだかはお分かりのはず。『交差点』を占拠いたします。」
三家が、歯噛みした。
交差点を占拠されることの意味は、分かっている。
「南西部は、何をお求めですか。メル家は、中央部の要求を飲みました。逆らった大山家を、存続させました。無理な要求でなければ、聞き入れる準備はあります。」
「それがまとまらず……。」
「ならば、各家の要求をそれぞれ、お聞かせください。」