第五十七話 百人衆 その2 (R15)
「離れ」という名の出丸の前は、広場になっていた。
大山屋敷に限らず、城砦というものは、そういう造りになっているのが一般的なのだろう。
当主・大山宗治は、その出丸に、側近の兵と共に篭っていた。
やはり、打って出るつもりか。
三兄弟が率いる、大山家の残存兵力が、出丸を取り囲む。
さらに彼らを、メル家の部隊が取り囲み……。
後ろには、南ファンゾにおけるファンゾ百人衆、南方二十八騎の手勢が控えていた。正確に言えば、そのうちの半分、十四家の手勢が。
そう、南ファンゾの半分は、メル家の提案に従ったのだ。
二重・三重の包囲だが……。
「気を抜いてはいけません。相手は死兵です。」
俺が言うまでもなく、フィリアが締めていた。
戦闘隊形を取る。
部隊の移動、包囲が完了し、喧騒が収まったところで。
大山宗治が、おもむろに、出丸の櫓に姿を見せた。
「百人衆よ!二十八騎よ!」
宗治が、呼びかける。
最後の言葉だ。言わせてやれ。
いや、俺が、聞きたい。
「おめほら、それでええだかよ?」
(お前達、それでいいのか?)
「おらがは、おらたちは、おかさいただ。いへじょさ……」
(我が家は、我等は、極東に住んでいたはずだ。本貫を……)
何を言っているんだか分からない。
モリー老からのテレパシーを受け、フィリアに伝える。
我らは、もともと極東道にいた。それが負けて逃げ延びて、こんなちいちゃっけえ島に来て。それでも本貫の地に帰ろう、北の連中を倒そうと、ずっとしがみついてきたんじゃなかったのか?
いまや、極東はメル家のものだ。メル家が北の連中を追い払ってくれたことは確かだ。だがメル家が極東にいるかぎり、我らは帰れないんだぞ?
寄騎になるのは仕方無い。力無き者の習いだ。求められれば兵も出す。だがなぜ、小さな利益のために、それ以上に媚を売るのだ?くいかしにたるへえみてに。
(いやその、食べかしにハエがたかるみたいに。)
極東を己の手で取り戻したくはないのか?我が大山家は、大山家のやり方で、いつか必ず極東に返り咲いてみせる。
そのためにも。せめてファンゾだけは。嘆きと苦しみに苛まれて祖先が拓いた、このファンゾだけは、守らねばおんね。余所者に手を突っ込ませてはいけないはずだ。
……こんおびくそが。……ふうがわり。……なさけなあておいねよ。
(……臆病者が。……かっこ悪い。……情けなくてしかたない。)
同朋の百人衆を、散々にこき下ろす、大山宗治。
百人衆が、下を向いてしまった。
黙って聞いていたフィリアだが、宗治の言葉が切れたところで、掲げた杖を振り下ろした。
巨大な霊弾が、櫓の屋根を直撃し、大穴を開ける。
大山宗治の演説に意気阻喪していた百人衆が、我に返る。
「あなた達がいつ媚を売りましたか!厄介に立ち回り、こちらに後始末をさせ!手を焼きながらも、その手腕には感心しているのです!百人衆は独立した家、メル家はそれを認めている!極東に返り咲きたければ南ファンゾを、いえファンゾ島を統一し、極東に打って出れば良い!それができぬなら、今は力を蓄えなさい!」
フィリアの声が、朗々と響き渡る。
「佐久間家だって、将来どうするつもりか分かりません!逆らうならば逆らえばよい。受けて立ちます。それが私たち武家でしょう!今は頭を下げなさい!それが分からぬ大山宗治ではないはず!」
それでも、大山宗治が、言い返した。
「戦わずに頭を垂れれば、二度と頭を上げられなくなる!メル家は強く大きい!北の連中を極東から追い出したのがメル家だという事実は認める!感謝している!だが!ファンゾに!このファンゾにまで!余所者に手を入れられたくはない!ここは、先祖が一から開拓した我らの土地だ!ファンゾのことは我らが、百人衆が決める!」
言い終えるや、宗治が、櫓から飛び降りた。
「飛び道具を捨てよ!突貫する!」
出丸の扉を押し開き、主従が徒歩で突撃してきた。
道治、どうする!?
お前達に止められるのか?
「父上!」
立ち塞がる三兄弟。
道治が槍を振り回し……。
思い切り、次男・康治の後頭部に叩き込んだ!
気絶は免れたようだが、脳震盪を起こしたか、次郎康治はまともに立てずにいる。
「兄上!?」
「三郎!次郎を連れて下がれ!」
折れた槍を捨てた太郎道治が、こちらを振り向いた。
「父上!お供いたします!」
言葉以上に、その背中が、父に語りかけていた。
「馬鹿者!お前が!お前まで!」
「弟二人がいれば十分!……副使殿!父ひとりでは不足と見た!当主と跡継ぎの首を以て、償いといたす!」
ようやく、康治が口をきけるようになった。
「兄貴!なぜ!俺も!いや、俺こそが!」
「父一人に汚名を着せて、それで大山の家風が立つか!三郎一人に重責を負わせ、それで大山の家が続くか!お前は生きろ!私は死ぬ!」
「道治!貴様、何を!」
俺も、思わず飛び出していた。
「やっと副使殿の素顔を見ることができたな。ここは私の勝ちだ!このまま勝ち逃げさせてもらう!」
「うるさい!勝負だ道治!それで俺が勝つ!」
「思ったより早く手合わせすることになったなあ!」
槍を捨てた道治の武器は、三尺の刀だった。
父親譲りか。
生かして捕らえる!協力を頼む!
テレパシーを送ったのだが、アリエルにストップをかけられた。
「ダメよヒロ、無理!あの刀、浄化の力が付与されてる。」
朝倉が冷えた声を放つ。
「行けるのは俺だけか。」
「死霊術師ということは聞いている!」
本当に百人衆は。
戦闘となると煮ても焼いても食えやしない!
「ふ、副使殿!?指揮は?」
「ともかく、副使殿を守らなければ……。出るぞ!」
「静まりなさい!指揮は私が取ります!」
後ろからフィリアの声が聞こえた。
「ナイトは隊列を組み、本隊を固めよ。弓兵・騎兵は待機。」
よく冷静でいられるものだ。正直感心する。
「マグナムさん、非殺傷の霊弾を、ありったけ叩き込んでください。」
「おおっ!」
「千早さんはナイト隊の前に。霊弾を抜けてきた者を叩きのめしてください。」
「承知!」
「本当に、誰も彼も……いいかげん頭に来ました!」
いや、冷静ではなかったのか?
背後の頭上から、流星群のように霊弾が降り注いでいるのを感じる。
いや、実際に俺の眼前で、大山親子の周囲で、人が倒れていく。フィリアとマグナムに、次々と無力化されていく。
親子に先行した者、霊弾をかいくぐった身軽な者を待ち受けていたのは、千早。
俺の背後で、まとめて棒の一撃を受けているようだ。
あちこちから苦悶のうめき声が聞こえてくる。声を出せる、生きているんだな?
助かる、フィリア。
こんなかたちで死なせてたまるか!
「おい、ヒロ。忘れたとは言わせないぞ。俺を抜くからには……。」
「わかってる、朝倉!殺す気で生かすんだ!」
「無茶を言いやがる!」
朝倉が、霊気を一部放出した。
塚原先生の時よりは、だいぶ少ない。
これならば、俺一人でも扱える!
しかし……やっぱり太郎道治、悔しいが格上だ。
受けるのに精一杯。
「いや、ヒロ君。それでいい。しばらくは受けて。ヒロ君が馴染んできたところで、攻撃の指示を出す!」
「頼むぞピンク!」
左手から剣戟の音が聞こえる。
大山宗治と塚原先生がやりあっているのだ。
長巻相手に太刀で応酬とは。塚原先生はやっぱり規格外だ。
受ける刀の威力が、減ってきた。
疲れているわけじゃないだろうに、何だ?
「力が入らないように受けることができているな。適応が早くなってきた。」
朝倉?
「同じところで打ち合わせられるようになってきたね。攻撃に回るまでもないか。」
ピンク?
「なかなかの名刀だったな。惜しいが、刀の運命というものか。」
朝倉がため息をついた。
それから、二合。
道治の刀が、折れた。
と言うか、斬り飛ばされた。
俺が!?
俺に、こんなことができたの!?
「そうだ。お前が斬り飛ばしたんだぜ、ヒロ。俺様のおかげであることも確かだがな。」
感情が伝わってしまうのが、死霊術の恥ずかしいところ。
よしっ。これで生け捕りに!
と、踏み込むところで、間を外された。
道治、やはり、使う!
……勝負は、まだ続くと思っていた。
刀術家としては、間違った判断ではなかったはず。
相手の闘志が、衰えを見せていなかったのだから。
それでも、俺の判断は、間違っていた。
「お前の主張と大山さんの主張は、相容れない。」
塚原先生のその言葉を、俺は受け入れたくなかったんだ。
自分の見たいものしか見ようとしていなかった。
力強い声が、出丸の前に響いた。若々しく、生命力に溢れた声だった。
それなのに。
「百人衆!見覚えたか!これが大山家だ!」
半ばも残っていない太刀。
道治が、それを頸に当て、引いた。
「道治!」
悲痛な叫び声が、左から聞こえてきた。
「おおっ!おお、おおっ!」
その叫び声が、立て直される。徐々に力を増す。
「見事なり!大山の跡取りにふさわしき最期!」
宗治が、力を取り戻す。
ああ、そうだ。
あなたは、自分の闘死をもって、大山家の拠って立つ家風を示そうとしていたのだった。
嘆く姿で、それを折るわけにはいけないのか。
父の意図をより強く、万全に表現しようとした道治のためにも。
塚原先生が、下から長巻を断ち落とした。
斬り上げられた太刀が、そのまま振り下ろされ……。
太刀の柄頭に手をかけていた宗治が、崩れ落ちた。
「殿!」
うめき声が、嘆き声に変わった。
「太郎君まで!」
「そこまでするか!お前達!」
「静まれ!」
「次郎君!?」
「静まれと言った!跡継ぎの命が聞けぬか!?」
次郎康治が、俺の前に進み出た。
道治の体を抱き上げていた、俺の前に。
「我らの不始末にて、お手数をおかけいたしました。」
片膝ついて、頭を下げてきた。土下座は、しない。
「寄騎でありながら、これまで反抗してきたこと、深くお詫びいたします。」
頭を上げた康治。
穏やかで、しかし無表情な顔をしていた。
直情が、押し殺されている。
道治の顔だ……。
大山家を継ぐんだな、康治。
力が抜けていた俺も、その顔で正気に戻れた。
「ご当主と太郎君が、お命により責めを贖われました。メル家は大山家に含むところはありません。」
抱き上げていた道治の体を、再び横たえる。康治に、告げる。
「お立ちください。」
親子から、霊が現れ、こちらに笑顔を見せた。
そう思う間もないほどの素早さで、霧散した。
康治も、感じ取ったようだ。再び俺と目が合う。
「未練なく逝ったか。さもあらん。次郎の態度、殊勝なり。これならば安心して任せられよう。」
力強いモリー老の声。
数多くの郎党に、当主と長男。大きな犠牲を出したはずの大山家だが、これからますます強盛になるような気がした。上っ面の勢いではなく、芯のところで力を増している。
これが、宗治の言っていた、道治が体で示した、「生き死により大事なもの」か。
分かるような、分からないような。
「それに引き換え平次は。いつまでも気を揉ませおって。」
「モリーも人のこと言えないじゃん。未練がましい。」
「ピンク、それ、あたし達全員にとってブーメランよ?」
「違いない。」
新都を出てから十五日目の昼下がり。
正式な誓約が、北東部七家との間で交わされた。
今回の件の責めにより、大山家は北東部七家のまとめ役から外された。全ての家が、直接佐久間家に合力する運びとなった。
だがそれは、宗治・道治親子の意図通りでもあったはずだ。メル家と、佐久間家と、距離を近づけずに済むのだから。
妥協なく戦い抜く姿を見せたことで、百人衆、二十八騎からの評価も上がった。北東部の他の六家は、後ろめたさを覚えているようだ。
「家の末永き繁栄のために、この道を選びました」か。
納得はしきれないが。
大山長左衛門宗治、太郎道治、見事なり。
「含むところはありませんが、戦費賠償はお願いしたい。」
無表情の、俺。
「当然のお沙汰かと。とは言え、我らも物入り。郎党への手当てを出す必要がありまして。」
ますます穏やかな顔を見せる、次郎康治。
「細かいところは、こちらのフリッツ・ヨゼフ・ベッケンバウアーと詰めてください。」
「私どもの方では、三郎善治が担当します。」
フリッツは、お金の計算については、心もとないところがあるが。
「上限これこれ、下限あれそれの間で」という指示さえ出しておけば済む話。
後は外交交渉だ。得意とする分野のはず。同年輩の三郎善治相手なら、引けを取らないだろう。
……以上、冷静なお澄まし顔で仕事を済ませる。
メル家の郎党や百人衆の前で見せてしまった、激情によるひとり劇場を誤魔化すため。
「いや、あれは大山家を納得させるために、一人で突出したんだし!見てただろ、俺の腕!危なげなく勝ったじゃん!予定通りの行動だから!」
最後まで、そういう体を装うため。
そもそもあの行為、百人衆には受けが良かった。
「うむ、太郎殿に恥ずかしからぬ最期を遂げさせんとは、心利きたる行いでござった。」
「さすが副使の名に恥じぬ腕前。あれは名刀でござったが……。斬り飛ばすとは、なかなか。」
とか何とか、そんな調子。
佐久間館への引率も、お澄まし顔で、どこまでも手際よく。
「各隊、隊長に任せる。」
そうそう、さっきの行動も、予定通り。皆に任せただけなんだからね!
どうやら誤魔化しきれたようだ。
で、宿舎である佐久間の城に帰りつき。ほっとした俺を待っていたのは……。
氷山のごときフィリアの笑顔。
はい、誤魔化しきれませんでした。
杖の頭で、殴られた。
武術の訓練はいざ知らず、これまでは杖の先で突つかれるだけだったのだが……。
殴られて、頭を抱えたところで、平手打ち。
「その後の態度を見ました。分かっているみたいですから、言いません!」
「なあ、でも他にどうしろと……。」
「ええ、ああする他、なかったでしょう。それも分かっているから、言わないのです!」
「道治がああ出てくるとは、思わなかったんだよ。」
「私も予想外でした!またしてやられた!」
ちょっと待て、俺への叱責だけじゃなくて、八つ当たり……?
その表情を見たフィリアが、さらに目を尖らせた。
「何か!?」
いえ、おやすみなさいませ!
ほうほうの体で、寝所である控えの間に入る。
布団にもぐりこみ、今日のことを思い返す。
道治……。
分からなくはない。だけど、どうしてお前まで……。
隣の布団から、声が聞こえてきた。
「ヒロ、刀を斬り飛ばしたのがまずかった。弾き飛ばせていれば、防げた。刀の斬れ味に頼りすぎたな。」
「はい。」
「弾き飛ばしても、脇差があるから、難しいところだが。まあともかく、実力差があれば、選択肢が増える。」
「ありがとうございます。」
分かっている。これが、塚原先生なりの、励ましだ。
そういえば、塚原先生も「大山さん」を斬ったんだよな。
「寝ることだ。明日もまた忙しいのだろう?」
寝れば、今の気持ちは収まるのだろうか。
そんなことを考える余裕もなく、俺は眠りに落ちた。