第五十六話 長道 その5
塚原先生が、マグナムとすれ違うようにして駆け出す。
大山宗治と、約5mの距離を開けて、対峙する。
抜刀。
ともに同じ流派、三尺の太刀。
夕陽に、きらめいていた。
互いにするりと踏み出して、一合。
下がって、また一合。
もう一合。
淡々と刃を打ち合わせている。淡々と。
互いに、そこにしか、打ち込みようが無いから。
そこにしか、隙が無いから。
少しずつ、熱が入る。
力が篭り、剣速が上がっていく。
表情が豊かに、みずみずしくなってくる。
二人が20代の若者のように見えてくる。
ひと際大きな金属音を響かせて、互いに間を開けた。
「怠り無いようだな、塚原。」
「大山さんこそ。稽古相手もいなかったでしょうに。」
「山を走り、獣と打ち合い、力を得る。滝に打たれ、己と向き合い、心を研ぐ。戦場で、人と対し、技を磨く。どこにいても、修行はできるものさ。」
「惜しい。家を継がなければ、なお精進できたでしょう。」
「その大口、これを見ても叩けるか?」
言うや、上段から剣風を鳴らして打ち込む大山。
正面から受ける塚原先生。
大刀から火花が散る。
大山が、二度三度と打ち下ろす。
決して体格に優れているというわけではないのに、凄まじい剛力。
山野をめぐって得た力は、本物であった。
が、それを弾き返した塚原先生も、ついに本気を出した。
剣気。秋、俺が受けたのと同じもの。
剣先から、鋭く一点に。暴風のように、荒れ狂いながら。壁のように、面全体で重たく。
矛盾しているのだが、その矛盾を全て飲み込んで渾然一体となった気。
その剣気が、大山を飲み込みにかかる。
大山も、応ずる。こちらは、明確に、剛の性。
おそらく、だが。秋口の俺と、気の「かたち」としては似ている。
その大刀に、気が集まっている。
だけど。
悲しいかな、大山の気は、俺よりも小さかった。
当時の俺の剣気……霊気かもしれないが。それは、朝倉のもの。朝倉に、俺とアリエルとピンクとジロウが、力を合わせたもの。4人と一匹分の気。それよりは、小さかった。
大山が劣っているわけではない。
塚原先生が、規格外なのだ。
「惜しい。」という言葉が、胸を打つ。
大山も、もし家を継がずに修行に明け暮れていれば、こうなれたのか。
それでも、大山は、修羅場をくぐった男だった。戦場に、政治の場に。
この力量差を前にして、まるで怯みを見せない。呆けてしまった俺とは、違う。
「「おおおっ!」」
気合一声、二人が同時に打ち込む。
太刀が、弾き飛ばされた。
退き鉦が聞こえてきた。長男、大山道治が鳴らした合図だ。
矢がひと筋、飛来する。
大山と塚原先生の間に、千早が大盾を投げ込んでいた。
矢が盾に当たり、地に落ちる。
射手が、弓を取り落とす。ノブレスが放ったボウガンの矢が当たったのだ。
美しく彩られた世界が、急に色褪せて見えた。
陽が沈みかかっているからでは、ない。たぶん。
納刀し、盾を掲げた塚原先生が、ゆっくりと帰ってきた。
目が合って、我に返る。
「勝ち鬨を!」
フィリアが、命を下した。
どよめきが起こる。
今日の戦は、ここまで。
優勢の内に終えることができた。
「魅入られすぎですよ、ヒロさん。」
「仕方ござるまい。師匠の一騎討ちぞ。あらかじめ某に声をかけていただけ、上出来。」
確かに、指揮官としては、減点でした。
「ヒロ。」
「塚原先生?」
「退き鉦と、矢を撃ちこんで来たタイミングだがな。絶妙であった。大山さんの長男か?良い目をしている。あれは使い手だぞ。お前はどう見た?」
「あ、そこまでは……先生と大山さんばかり見ていたもので……。」
苦笑が返って来た。
「視野は広く持て。場の全体を捉えるように。この間の千早のごとく、な。」
刀術使いとしても、減点でした。
遺棄された資材をかき集めて、大山家のバリケードに向かい合うように、簡易なバリケードを築く。
さらに荷車を並べ、第二の防御線を引く。
道沿いにあった民家に、フィリアほか女性たちを泊まらせる。
警護のナイトも立ててはいるけれど。
千早にクレア、樹がいるのだから、心配は要らない。
そもそもフィリアが一番「鋭い」のだし。
先陣・後詰めのメンバーは、テント泊。
怪我人は後送したし、当座心配は無い。明日は第五バリケードから……。
そんなことを考えながら、眠りにつく。
してやられた。
大山家は、夜のうちに第五バリケードを引き払っていたのだ。
「何ゆえ放棄したのでござるか?」
「放棄するなら、あそこで一騎討ちなんか申し込まなくてもいいだろうに。」
フィリアは、唇を噛んでいた。
「勢いを止める為のバリケードだったのでしょう。」
「つまり、ここで我らが夜を迎えるように仕向けたということにござるか?勝利の勢いのまま次にかかられてはたまらぬ、と。」
「大山家の動員力は限られている。次のバリケード群にあらかじめ十分な頭数を貼り付けておく余裕は無い。再配置の時間を稼いだ、と。」
「してやられましたね。」
「で、ござるか。」
「これは、俺が考えておかなきゃいけなかったことだよなあ。なるほど、一騎討ちの余勢を駆って、夜も追撃すべきだったか……。」
声が聞こえてきた。
「いや、そうでもあるまい。」
モリー老?
「慣れぬ土地で、疲れを覚えたままの夜襲は危険。まして勝ちが決まっておるならば、『手堅い』進め方が一番。」
アリエルが相槌を打つ。
「なるほど。大山家の目論見どおりには違いないけど、あたしたちの予定通りでもあるってことね。」
「さよう。」
二人の助言を伝える。
「千早さんのお祖父さまですか。」
そういえば、フィリアにはまだ言っていなかったっけ。
「なるほど、そのようにも捉えられるでござるなあ。」
老練の武将が言うのだから、俺達の判断は間違ってはいなかったのかもしれない。
しかし。「してやられた感」に、ケチがついたせいもあったのか。
この日、新都を発って12日目の戦闘は、苦しいものとなった。
いや、縁起だの嫌な予感だの、そういうあいまいな理由のせいではない。
登り坂だったのだ。相手が高い位置を取っている。
たかが坂道、されど坂道。
突破できることは分かっている。
だが、何か無いか。何か。
攻撃を開始する前に、軍議を開く。
「それでも、力押しのほかありません。」
ナイト隊、弓兵隊、このような地形で出番がない騎兵隊に、双月港守備隊の、各隊長が異口同音に断言する。
「我らにこそ。このような折に血を流してこその、寄騎ではござらぬか。」
百人衆が、申し出る。
「ヒロ君、幽霊を使っちゃだめなの?あたしは頼りにならないけど、アリエルとかモリーとか、戦えるじゃん?」
そのピンクの提案を、モリー老が遮った。
「ならぬ。それでは寄騎郎党の立場が無い。侍大将として立つつもりであるならば、ヒロ殿のためにもよろしからぬ。」
「そういうものか。分かるような気もするけどさ。でも、つらいよね。」
結末は、誰にも、分かっていた。
ナイト1人、兵7人の死者と、ナイト2人、兵9人の重傷者を出して、一日がかり。
やっとの思いで坂道を抜いた。
昨日に比べて、なお力強く、より大きな、歓声が上がった。
これこそが、勝利。
坂の頂点に立ち、夕陽を背に受けて、東へ続く「長道」を眺める。
丁字路が目に入った。左折して、北へ向えば、大山屋敷。
今度は下り坂。
それを知悉しているのは、むしろ大山家の側。
バリケードは、地に根を張ったように、どっしりとした構えを見せていた。
だから、何で!?
結末は分かっているのに!
こちらは犠牲者を出し、大山家は、より数多くの犠牲者を出し。
最後は、俺達が勝利する。
今日の戦いは、昨日よりも激烈だった。
兵の怒りは強く、敵兵の死体はますます痛々しいものとなっている。
何とかならないのか。
こういう俺の考え方は、やっぱりまだまだ甘さから来ているものだとは思う。
だが構うものか。何が悪い。
それにあれだ、少ない犠牲で効率良く勝利を得るのが名将ってヤツなんだし。
俺が考えている間にも、夜営の準備が進む。
坂道の頂上から敵側に少し下ったところに、資材を並べ立てる。
俺が立っている頂上は、第二防御線。昨日と同様、荷車が並ぶ。いざというときは壁になれるよう、頑丈に作られた荷車が。
荷車。トラックのご先祖か。クソッ、俺はコイツに殺されたようなもんだ。
八つ当たりだということは分かっているが、戦況にイライラがたまっていたもので、思わず蹴りを入れる。
痛え!やっぱり俺はコイツと相性が悪い!
怯えた顔を見せて、兵が逃げ出した。
そりゃあそうだ。情緒不安定なお年頃の少年が、困ったことに偉いさんなのだ。とばっちりを受けたくはない。
まさに転がるように、自陣側の坂道を駆け下っていく。
そうだよ!それだ!
怖い思いをさせて、あっさり退却させれば、犠牲は少なくて済む。
楽勝できれば、こっちの兵のヘイトもたまらない。
「ミーナ!平次さん!」
新都を出て13日目の朝空は、スッキリと晴れていた。
ファンゾ島の2月は低温・乾燥の時期なのだそうだ。それでも十分に暖かく、湿度もあるけれど。
「千早、マグナム。手筈どおり、頼む。」
「承った。では皆の衆、行くでござるぞ!」
後ろに山車のような梶棒をつけられた荷車に、力自慢の兵達が取り付く。
ボブスレーの要領で、ダッシュ。
千早が、兵達が、手を離す。
いけ、荷車!忌まわしき記憶と共に!
できの悪いパロディを叫びたくなるほどには、トラックと昨日の戦闘は、俺にとって嫌な記憶であった。
大盾を前面に貼り付けられた荷車が、轟音を上げて敵バリケードに激突した。
お、驚いてる驚いてる。
そうそう、逃げてくれていいのよ。それがこっちの狙いなんだ。
兵が、快哉を叫ぶ。
ヘイトを下げてくれると良いが。
「火矢を打ち込め!」
重量物だけではなく、あらかじめ枯れ草だの油だの、いろいろ細工もしておいた。
面白いぐらいに燃え上がる。
頑張って残っていた敵兵も、どんどん逃げていく。よしよし。
「千早、マグナム、二台目!」
二台目が、第二バリケードに激突。炎上。兵が逃走。
「三台目!」
佐久間家は、経済力はある。メル家から持ち込まれた物資も集積されている。
こういうのを惜しんではいけない。長引く方が、消費は大きい。
三台目はうまく当たらず……途中で崩壊して部品を撒き散らしながら、一番奥にある第五バリケードに激突した。
しめた!
「火矢を放て!」
俺に言われなくとも、こういう機会を見逃すメル家の兵はいないけれど、まあ一応。
計画通り、第五バリケードが炎上した。
大将株らしき者に率いられた兵達が、いっせいに退いていく。
おそらくは大山宗治。
後ろのほうで、槍を振るって統率を取り、隊列を整えている男がいた。
怪我人と思しき兵を馬に乗せ、先行させ……。こちらが逆落としをかけてくるつもりがないことを確認した上で、ゆったりと退却していく。
男が、振り返った。
確証はないが、確信がある。あれは長男の、大山道治だ。
目が合った。
見えたわけではない。
だが、俺と大山道治の視線は、この時確かに交わった。