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第五十六話 長道 その2


 各家に、動員令を発する。

 百人衆がそれぞれ、家に使いを飛ばし、あるいは自ら馬を飛ばしている間に、新都メンバーでの話し合い。


 「書面の内容ですが。」

 フィリアが切り出す。

 「佐久間家を旗頭にすべきこと。東北部の代表は大山家とし、大山家が佐久間家に『合力』すべきこと。各家の権益を佐久間家・メル家が害することはないこと。逆に各家も互いを圧迫しないこと。……この条件で各家はメル家の寄騎として働き、メル家は各家を寄騎として保護する、ということでいいでしょうか?」

 

 「条件面はそれでいいんじゃないかな。実力に応じて大山家のメンツも立ててるし。ただ、『現状の勢力を固定、これ以上の拡張は許さない』という部分をどう思うか。」

 

 「佐久間の下風に立てと命じている部分も問題になりそうでござるなあ。大山家はプライドが高いゆえ。」


 大山家以外の心配は、不要。

 残りの六家は、こちらに協力的か、大山家次第か、だから。


 さいわい、情報源がある。


 「塚原先生、大山家の当主、長左衛門さんとはお知り合いですか?」


 「ん。……だいぶ前、それこそ20年は前になるがな。大山さんは、道場の先輩だった。兄上の早世に伴って、家を継ぐためにファンゾに帰ったのだ。その後、私がファンゾに来た時には、歓迎してもらったよ。」

 

 「お人柄は。この文書を受け入れてくれるでしょうか?」

 フィリアも質問する。


 「新都にいた頃は、暢気な人だった。気楽な金持ちの次男坊。だがそれゆえに、歪んだところのない人だった。後輩で若僧だった私からしても、なんとも純真な子供のように見えたものだ。」 


 「我らから見た、真壁先生のようなものにござるか。」

 千早も突っ込むなあ。


 「ははは。真壁のヤツ、今ごろクシャミでもしてるかな。だが、真壁と言えば、違いがある。大山さんは、いかにもな次男坊だった。それに、今にして思えば、やはり名家でもあったからか……。とにかく押さえつけられるのが大嫌い、という人だったよ。権高なヤツを見ればケンカを売る。若い私たちから見ても冷や冷やものだった。普段は暢気で陽気なのだが。」


 「すると、文書の書き方が大切に?」


 「そうなるな。注意が必要だぞ、副使殿。」


 「塚原先生、やめてください!」 



 「とは言え、メル家としても、寄騎に対しあまり下手に出るわけにもいきませんし。これは難しいですね。」

 

 「そうか、お前達は家の当主、メル家の寄騎として大山さんを見ているんだったな。……分かってはいるつもりなのだが、私にはどうしても、道場の先輩、刀術家としか思えなくて。」

 

 「使い手だそうにござるな。」


 「千早はやはり気になるか。20年前、私は10代半ば。大山さんは20歳過ぎ。当時は勝てなかった。前にファンゾに来た時は、帰りにもう一度寄って、ひと手合わせする予定であったが、……そうも行かなくなって。」


 「ひとつ、気になることがあります。」

 やや言いにくそうに、フィリアが口を開いた。

 「権高な者を憎み、押さえつけられるのを嫌う大山さんが今やっていることは、田原・吉尾・天野の三家を押さえつけ、湊家に対して権高に振舞うこと。家の当主としては普通のことかもしれませんが、少し引っ掛かります。」

 

 「そう言えば、そうだな。……大山さんは変わったのか?」

 首をかしげた塚原先生だが、すぐに姿勢を正した。

 「招安使様、私を使者に立ててください。大山宗治を見極めてまいります。」


 「それは心強くはありますが、懸念があります。」


 塚原先生から「副使殿」と呼ばれて困った俺とは違う。

 フィリアは、招安使の呼称を照れることなく真っ直ぐに受け入れていた。


 「ひとつは、塚原先生の身の安全。」

 

 「どれほど変わっていたとしても、そこまで汚い真似はしない。大山宗治は、そういう男です。」

 塚原先生の答えは、確信に満ちていた。 

 

 「分かりました。では、もう一つ。ヒロさんか千早さんを、連れて行ってください。刀術家……失礼を承知で申し上げれば、兵卒である塚原先生の目だけではなく、士官から見た評価も必要です。」


 招安使の立場から物を言う。失礼だなんて、気にしない。

 フィリアは、強い。


 「分かりました。では、私は護衛という名目で。……で、ヒロと千早と、どちらを?」


 塚原先生が、フィリアの左右にいた俺と千早を見比べる。


 「ヒロ殿が適任でござろう。家を捨てたとは言え、某ではやはり、佐久間の色が強すぎまする。副使という立場も、出せる中では最高の地位。大山の家に敬意を示す、という意味も持たせられるのでは?」 



 翌日のこと。

 グリフォンを借りた。

 いや、グリフォンに乗せてもらった。



 大山家を使者として訪問したのは、新都を発って9日目の朝。

 よく晴れた日のことであった。



 今の俺と同年輩の、屈託のない顔をした少年が現れ、奥に取り次ぐ。

 ややあって、2人の青年と共に戻ってきた。


 年長の、穏やかそうな顔をした方が、口を開いた。

 「父が、会うと申しておりまする。」 


 やや年下の方は、塚原先生をじろじろと眺めている。

 「勝負を申し込みたくて仕方ないが、禁じられているから我慢する」という気持ちがありあり。


 3人兄弟。これほど分かりやすく典型的だと、逆に希少かもしれない。



 建物の入り口まで、中年男性が出迎えに来ていた。

 使者の旗を持っている俺に、無表情でしかつめらしく礼を施す。

 礼を返すと、「営業用」の笑顔を返してきた。少年の俺に対して。

 こりゃ、なかなかタヌキだな。


 塚原先生とはガッチリ握手し、肩を叩き合っている。

 先生の肩を抱いたまま、主自ら奥の間に俺達を案内する。



 「こちらがメル家からの書状ですか。まずは拝見します。」


 新都生活が長かった大山宗治は、王国の共通語を使いこなせるようだ。

 ……千早はどうして「ござる語」なのだろう。


 「……。我らの立場への配慮。寄親でありながら、これほどの心遣い、まずは感謝いたします。」

 大山宗治が、頭を下げた。


 「が、受け入れられません。」


 頭を上げた宗治が、俺の顔を見た。

 その顔は、先ほど見せた、政治家のそれではなかった。

 それこそ真壁先生のような、純真な顔。

 

 胸に痛みが走った。何か、不吉な予感がした。


 「ファンゾでは、拳で語れ。副使殿は、すでにご存知かと。」


 なぜだろう。その言葉は、これまで全く問題なく受け入れられたのに。


 「快く、一戦いたしましょう。」


 そう言われても、説得しなければ。

 「大山さん、条件に不満があるのですか?」


 おそらく、俺の説得が聞き入れられることはない。

 分かってて言うのは、未練だ。かっこわるい。

 だけど、交渉ごとって、そういうもんだ。粘って粘って、結果を持ち帰らないと。

 


 「大山家こそ旗頭たらん。そう思って私達は動いてきました。それはメル家も佐久間家も受け入れられないでしょう?雌雄を決するほかはない。」


 「旗頭となって、どのような南ファンゾを作るつもりですか?そのかたちによっては、妥協もできるかもしれない。」


 大山家の、宗治の真意が聞きたい。

 そう思ったら、こんな言葉が出てきた。自分でも驚くぐらいに、的確な問いだと思う。

 女神のギフト、知力20%アップのおかげだろうか。


 畳み掛ける。

 「メル家は、現状維持を良しとしています。皆さんの、百人衆の自治で良いと思っています。ただ、動員の際に、あまりバラバラでは困る。寄騎の義務を果たす時だけは、まとまっていてほしい。それだけが望みです。」

 そう、メル家の真意は、ここにあるんだ。 


 「正直な使者殿だ。駆け引きをしなくて良いのですか?」


 「寄り親と寄騎。寄り子とも言うそうですね。大切なのは駆け引きよりも信頼関係だと考えています。」


 ソフィア様、アレックス様、フィリア。

 ドメニコ・ドゥオモにクレア・シャープ。亡くなったテオドル・ファン・ボッセ。

 皆、この理屈で動いていた。


 大山宗治が、笑顔を見せる。

 「百人衆は、一家ごとの独立性が強く、家ごとに戦の決め事も異なる。バラバラに運用する方が強力です。」

 

 そういう誤魔化しが聞きたいんじゃない。

 「それならば、大山家が旗頭になる必要も無いはずです。」



 不安の原因が分かり始めた。

 なんで宗治がこんなにスッキリした顔をしているのか。

 20年も家を切り回していれば、もっと政治家の顔になっていなければおかしいのに。

 これは、武人の顔だ。覚悟が決まってる。


 「大山さん、メル家の寄騎から脱したいのですね?」


 「何をおっしゃいますか。」


 「駆け引きをしていないのは、あなただ。」


 「……。」


 「大山さん、今のことを言っているのではありません。しばらくはメル家の下にいるとしても、いつかは。何代か先になっても。そういうお気持ちですね?」


 勢いで口にした内容。

 だが、間違いない。大山家の、宗治の望みは、これだ。

 

 「ならば、今は駆け引きをすべきでしょう。自重してもらえませんか。この条件を受け入れ、他日、力関係が逆転したときに旗頭となる。やがて南ファンゾを統一する。焦るべきではありません。佐久間家とて、統一を考えていないとは言いきれない。」


 かりにも家を切り回してきた、それどころか地域でも一番と目されている政治家に、言うべき話じゃない。

 分かっているはずなんだ、宗治だって。


 「そちらの都合だけでなく、こちらにとっても耳に心地よいお話だ。その意図があっても構わないとおっしゃる。」


 だからなんで、そんな純真な笑顔なんだ。

 もう少し、その、何と言うか、すべき表情が……。もう少し、他に、あるだろ!


 「ファンゾの中の問題は、百人衆の自治に任せる。それがメル家の方針です。」

 何度でも言うぞ。

 これが、寄り親メル家の誠意だ。


 「やはり、外の問題、北賊との関係ですか。大戦が近づいているのですね?」

 

 「……。」


 大山宗治、極東生活が長かっただけあって、見えているのだ。

 だが俺は、それを口にするわけにはいかない。


 「副使殿。メル家にはメル家の事情があり、目的がある。百人衆にも家ごとの事情があり、目的がある。それはお分かりかと。」


 「ええ、細かいところまで理解できているわけではありませんが。」

 

 「佐久間家は、メル家の方針に乗ることを利益と見た。我ら大山家は、そうは見ていないのですよ。」


 「しかし、家の繁栄を図るのが当主の仕事なのでしょう?」


 「ええ。家の末永き繁栄のために、この道を選びました。」


 「大山家は勝てません。戦になれば、繁栄はありえない。」

 これだけは、確かだ。

 

 「勝敗は、やってみなければ分かりません。」


 だからなんでそんな白々しいことを。あんたなら見えているはずだ。

 かりにここで勝っても、メンツを潰されたメル家は、次には本気を出してくる。

 そもそも、ここで勝たせるつもりもない。


 「従う方が賢いのでしょう。だが、賢いやり方が正しいとは限らない。正しいやり方だったとしても、それに従えないこともある。」


 ?

 分かるような、分からないような。

 って天真会の教義問答をしている場合じゃなくて……。


 言葉に詰まった俺に、大山宗治が、晴れやかな笑顔を見せた。

 「お帰りください。次は戦場で。」


 帰り際は、門まで見送ってくれた。

 「塚原、勝負の約束を果たせそうだな。」




 帰り道。グリフォンから降りて、佐久間屋敷へと帰る俺の足取りは、重かった。


 「ヒロ、ああいう顔になった刀術家は手強いぞ。……いや、分かっているか。」 


 「ええ。ああいう顔をした指揮官に率いられる部隊も、手強いです。」


 たった四人でフィリアに突撃してきたあいつらと同じ顔だ。

 無表情と笑顔と、表情は違っていても、同じ顔だ。

 「何考えてるんだ……。兵じゃなく、将なのに……。全滅する気かよ……。」

 

 「そうさせたくない、そう思えるような男だったろう?」


 「あ、は、はい。」 


 「大山さんは、変わっていなかったなあ。」



 佐久間屋敷の中で待っていた、フィリアと千早の顔は、渋かった。

 

 「変わっていなかったとするならば、なぜ周囲に圧力をかけているのですか?」


 「あ、聞き忘れた……。」


 「全滅させたくないなど、死ぬ気でかかってくる相手に、そんなことで大丈夫でござるか?」


 「う、それは……。」


 フィリアと千早が、ため息をつく。


 「千早、それは大丈夫だ。」 

 塚原先生?


 「あの顔を目の前にしたら、こちらも全力が出てしまう。それが私達だ。ヒロだって私の弟子、いやむしろ地の性格から見て、嫌でもそうなってしまうさ。……むしろ、手綱を引くことを心掛けておいてくれ。これはフィリアに言っておくべきかな。」


 切れたら怖い日本人、ですか……。


 

 「死兵を相手にすると、犠牲が多く出ます。勝っても兵の怒りが収まらず、略奪・暴行の問題が生じかねません。」


 「気分のいいものじゃない。百人衆の間にしこりを残すのも、問題だな。」


 「軍法を厳しくすべきでござる。あわせて、恩賞をたっぷりばら撒くことで、略奪を防ぐ。ここは予算の使いどころ、でござるな。使った分は、何がしか大山家から賠償として補填いたすとして。」


 「3人とも、勝った後のことばかり考えているようだが……。」


 「勝てます。」

 「勝つのでござる。」


 2人に先を越されて、俺は苦笑するしかなかった。


 「采配を取る、ヒロさんの見解は?」 

 フィリアの容赦ない追及。確かに、曖昧にしちゃあいけないところだ。

 

 「俺達の勝ちだ。」

 確信に近い。

 

 フィリアが笑顔を見せた。

 「その根拠は?」


 「潔すぎる。将がああいう顔をしてちゃ、勝てるはずがない。」


 そんな言葉が、口を突いて出る。

 胸が痛かったのは、このせいか。


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