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第五十六話 長道 その1


 新都を出て8日目の午後。

 南ファンゾ中央部五家が、メル家の方針に従うことを誓約した。

 

 南西部から来た三家の代表。その顔に焦りが浮かんでいる。

 誓約の儀式の最中だ。取り繕ってはいるようだが、隠せていない。


 武を競うのはファンゾの習いであるし、昼の試合を観戦すること自体は、彼らにとって当然だったのだろう。

 しかし、その試合の結果は、中部~北西部八家の連帯。

 連帯の「かたち」まで明確になり始めた。各地域が代表格を立て、その代表格がゆるやかに佐久間のもとにまとまる。


 すでに枠組み作りには参加できない段階になってしまった。

 あとは加わるか、刃向かうかの選択のみ。


 これは、試合など見ている場合ではなかったのかもしれない。

 早いところ南西部に情報を持ち帰り、対策を協議する必要がある。

 そう考えているに違いない。

 

 人質(あるいは留学生)を迎えに来ていた、南西部の館家・北条家・豊津家の家臣が、辞去を求めた。

 北条家と豊津家は、留学生も帰って行く。「必ず説得してまいります。」との言葉を残して。

 この二家は、親メル派。南西部全体の世論をまとめてくれれば有難いが。

 無論、彼らもそれを以て「手柄」としたいはず。


 ただ、気になるのは。

 南西部の旗頭と目されている館家からの人質が、残ると言い出したこと。

 

 「また、なぜ?」


 「皆さま方としては、某も帰って、館家を説得してくれれば……というところでござろうか?」

 鋭い。


 「あ、いや……。」

 誤魔化しは効かないな、これは。

 「いえ、正直に言うべきですね。ええ、その通りです。館家が、滝田家のようにリーダーシップを取って南西部をまとめてくれれば、とは思います。」

 


 「われらは、リーダーシップを取れぬのでござるよ。館家は推戴されて上に座っておるのみ。他の五家の世論が固まって後、それに乗る。良く言えば調整型、と申すべきか。」


 「それはまた……あまり武家らしくないような。いえ、失礼しました。」


 「構わぬでござるよ、その通りゆえ。館家は、他の百人衆とは異なり、極東各地から逃げてきた家ではござらぬ。もともと土着の豪族でござった。いちおうは武家でござるが……。他の家のような、屈辱感、望郷の思い、闘争心……と言ったものに欠けることもまた、間違いござらぬ。」


 女性でも、人質に出る者は男性の体を取るのが、ファンゾの習い。

 館家から留学に来ていた館桐乃は、ござる言葉を用いていた。


 「港を根拠に、貿易。陸を押さえて、農地を広げる。土地は余っておったゆえ、後から来た五家を迎え入れ、勢力下に取り込んだ。根拠は港の経済力、その分け前の配分にて。経済を回し、家同士の均衡を心掛け。時に仲裁に入る。武家と言うよりは政治家でござるな、館家は。」


 南西部の事情を説明してくれる、桐乃。

 

 「対立するような問題がある時には、家の内にも二人の代表を作っておくのでござる。今回で言えば、親メル派として、某。反メル派……とまでは言わぬでござるが、独立尊重派として、兄。趨勢が決まれば、いずれかを……いや、気持ちの良い話ではござらぬな。某にも兄にも、発言権は無い。上に座るのが仕事でござる。帰ったところで、某の説得など誰も聞かぬ。求められているのは、情報の提供のみ。それならば、家臣が帰れば十分。」


 いちど激し、そしてまた穏やかな表情に戻った桐乃。


 「千早殿、某が親メル派の代表として選ばれた理由、お分かりでござるか?」


 「はて?」


 「フィリア様は気づかれたご様子。」


 「女性で、平次さんの3つ下。今年13歳。そういうことでしょう?」


 「さよう。この話、佐久間家としても悪くはござるまい?」

 

 「あんた、それでいいわけ?」 


 「レイナ殿。伯爵家の令嬢が何を言われるか。婚儀とは家同士のもの。王国でもそれは変わるまい?」


 「そりゃそうだけど。」


 「伯爵家やメル家のように、我を押し通せるほど強き家は、ファンゾにはござらぬ。」

 目を見開いて、レイナに面と向かい合った桐乃。

 「机をひっくり返せぬのであれば、配られた手札で、戦うべきでござろう?」


 「!でもさ……。」


 「だからここに残っておる!平次殿を少しでも見極めるために。ひと目と合わず嫁ぐ者に比べれば、某は恵まれておる。」

 

 「佐久間の家が、俺が。館家から、桐乃殿を。実際に嫁として迎え入れるかは、これまた一つの考え事ではござるがな。」  

 眼鏡の向こうの目を笑み崩しながら、厳しいことを口にする平次。

 「それゆえ、帰ってもいられない。こちらにとどまり、招安使様に食い入らねば……と、そういうこともござろうが、桐乃殿?」


 「小意地の悪いことを。旗頭であれば、下の家には手柄を挙げさせるものぞ。わざわざ言わぬでもよろしかろうに。」

 桐乃も笑顔を返す。

 「とは言え、平次殿の申すとおり。婚儀はともあれ、館家のためにも、早速メル家に取り入らせてもらうでござるよ。」


 そう口にして、桐乃がフィリアに向き直った。


 「招安使さま、次は東北部の攻略でござろう?その前提として、中央部五家には家の守りを固めておくよう申し付けるべきでござる。隙を見て南西部がこちらにちょっかいを出さぬように。」

  

 「家の守りを固めるのは、武家なれば当然の嗜みでござろう。」

 滝田長政が口を挟む。


 「太郎殿、某の話には続きがある。『ただし、メル家や佐久間家への使者は必ず通すように』。このひと言を加えておかぬと、『言われていなかったゆえ』ととぼけるでござるぞ。」

 

 「違いない。」

 千早がため息をつく。


 三芳さくらが苦笑した。

 「お互い手の内を知り尽くしているというのも、厄介でありんすな。」 


 「もうひとつ。折を見て、グリフォンを飛ばすことをお勧めいたす。上空から各家の経済力や動員力を見極めておくとよろしかろう。出し惜しみを見抜くために。」

 

 「桐乃殿!こればかりは相身互いのはず!」


 「自爆してでも、功を稼がねばならぬ身よ。滝田家には先行されてしもうたゆえ。」 


 各家が騒ぎ始める。

 何かアピールしなければ、そういうことを考えて。


 「静まりなさい。」

 フィリアの一喝。

 喧騒がピタリと収まる。


 「次は東北部にかかります。ご意見はその際に。」

 

 はい、このタイミングでございますね、お嬢様。

 「地図をご覧ください。」

 俺の声に、大机に広げられた地図を、皆が覗き込む。


 「南ファンゾ東北部は、東西に走る一本の幹線道路を中心に捉えるべき地域です。」


 「さよう。副使殿はよう分かってござる。」

 「も少し細かく言えば、幹線道路と枝分かれしたもう一本の道、と申すべきか。」  


 「ええ。補足をありがとうございます。この幹線道路が、『長道』。幹線道路から枝分かれして北東に向かう道が、『細道』です。」


 ローカルな地名って、分かりやすくていいんだよなあ。



 「長道に沿って、西から、つまり我々に近い側から順に、西条家、東条家。その東で道が分かれますが、長道に沿っているのは、田原家、大山家、天野家、湊家。分かれた細道沿いには、西に吉尾家、そして大山家。……各家の状況については、地元の皆さんにお願いします。」

  

 「されば。我ら西条家と隣の東条家は、もともと『西寄り』。佐久間家との関係も良く、メル家にも忠誠を誓ってござる。」


 「我ら東条家の東には、長道沿いの南に田原家、細道沿いの北に吉尾家がござる。両家は小さな家ゆえ、脅威を感じたことはござらなんだ。また小さきがゆえに、この両家は大山家に従ってござる。」


 「この地域の旗頭と言うべきは、大山家にござろう。西に吉尾・田原を従え、東に天野家を従えてござる。天野家を通じて、海に面した我ら湊家に圧迫をかけてくるのでござるよ。」

 

 「世代が違うゆえ相手にされず、また家も離れておるゆえ、直接にやり合うたことはござらぬが……。大山家当主の長佐衛門殿は、使い手として知られてござる。」 

 滝田長政の助言。


 「大山宗治。」

 塚原先生がつぶやいた。

 そういえば、以前ファンゾに来たことがあったと言ってたっけ。

 

 「大山殿は、やり手にありんす。北東部をまとめにかかり、次は湊家を配下にし、やがて東条・西条を、とそう考えていたのでありんしょう。」

 と、これは三芳さくらの言葉。 



 「そのタイミングで、我らが来たと。」


 「中央部もまとまろうとしていたところだったし、皆さんそれぞれ、何か考えるところがあったんですね。」

 

 千早と俺の言葉に、百人衆が首を傾げる。



 「はて?考えておったかのう?」

 「そう言えばここ数年、何とはなしに、派手にぶつかり合うよりはほどほどに、という空気になっておったが……。」

 「言われてみればさようにござるなあ。何ゆえか?」



 ヒュームがこちらを見た。

 「これがファンゾにござるよ。」と、そんな顔で。 

 

 そして彼らの感性は、闘争がある時に最も強く働くわけで。


 「明日には、各家に書状を届けます。明後日には軍事活動が始まるので、各自準備を。」 


 フィリアの言葉に、やかましかった彼らが静かになり……。

 かわりに部屋の温度が少し上がったような、そんな気がした。




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