第五十四話 南ファンゾ その2
小ぶりに見えた加知湊。
実は「外からはそう見える」ように作られていたに過ぎなかった。
入り口部分はやや狭く、中は広く。さらに横への広がりがある。
外からは「お椀」のように見えていたのだが、実際は、「ひょうたん」のようなかたち。
あるいは……何と言うべきか、L字型にくっついた3つのまんじゅうのようなかたち。
天然の良港である双月港とは異なり、数百年単位で手を入れられてきたからこその、人工の良港。
それが加知湊。
太鼓が鳴り響く。
入港の合図なのか、祝砲代わりなのか。
港湾の構造に気を取られていたため、出迎えの人数に気づくのに、やや、遅れた。
出迎えに来ているのは、当主か、先代か、後継者か、であるはずだ。
双月港でも代官が直接迎えに来ていたし、寄親の直系が来訪するとなれば、そうでなくてはならない。
来ているのは、千早の父か、祖父か、次兄か。
ざっと眺めてみたところ、厳つい、いかにもファンゾという男性達の中に、見覚えのある老人がいた。
間違いない、千早の祖父だ。
見覚えがあるといっても、直接の面識があるわけではない。
ファンゾ行きの話が出た後で、家族の肖像画を見せてもらったことがあるのだ。
幼い千早は、母と手を繋いでいた。千早は愛らしく、母親は……もちろん美人なのだが、むしろ「慈母」と表現すべき穏やかな微笑を浮かべている。
千早の右隣、肖像画の中心下方には、少年が。長兄だ。悪辣なことを考える子供には見えなかったが、美化されていたのか。それとも絵が描かれたころは無邪気な子供だったのか、性格を内につつんでいたのか。
その右隣に、次兄。眼鏡をかけた子供。「知性派」と言われるのも頷ける、賢そうな顔をしている。
次兄の後ろに立っているのが、千早の父親。どっしりとした逞しい男性。憎めない笑顔を浮かべている。
そして、肖像画の中央で、長兄の両肩に手を置いて立っていたのが、いま目の前にいる老人。
やや小柄だが、見るからに敏捷そうだ。
カンヌ州にメル家がやってきたという話を真っ先に聞きつけ、真っ先に駆けつけたというが、見れば見るほどその逸話が当然のことのように思えてくる。
千早も、顔に輝きを取り戻した。
「兄上!」
お、次兄も来ていたのか。
どの青年、いや少年だろう。今年16歳のはずだ。
肖像画から見て……いまや、インテリ眼鏡なんだろうなあ。
「千早、わきまえなさい。」
落ち着いた声の主……。彼か。
ああうん、まあそうだよね。ここはファンゾだ。
名家の後継者にはピッタリじゃあないかな。だいぶ大きくなられて。
声の主は、大柄な少年。細く見えるが、それはゆったりとした衣服に隠れているからで、実際は、おそらく、イカツイ。その割りにあどけない笑顔。
体格としては、マグナムとジャックの間ぐらいか。
それにしても……どうして千早は一発で見抜いたわけ!?
ずっと会っていなかったんでしょ?
あんな可愛らしい子供が、細マッチョ眼鏡だよ?
そんな俺の疑問は全く問題にされることなく、挨拶が始まっていた。
「お初にお目にかかります。当主、佐久間篤政に代わりお出迎えにあがりました、嫡子の佐久間信政です。」
「お出迎え、大儀でありました。招安使のフィリア・S・ド・ラ・メルです。こちらは副使のヒロ。」
「初めまして。ヒロと申します。」
「それでは。早速に館へご案内いたします。」
馬車は無かった。その代わりに、幹部クラス全員分の馬が用意されていた。
フィリアにしてもレイナにしても、みな馬には乗れるから、まあいいか。
マグナムとノブレスは……まあ仕方無い、歩いてもらうとして。
それよりも、である。
もしかして……。
「そういうことみたいね。」
アリエルの声が聞こえてきた。
「失礼ながら、先代さまは、幽霊でいらっしゃいますか?」
言葉遣いがどこかおかしいような気もするが、いま大事なのはそこじゃない。
「あんだ、おっだがこと見えるだか、おみゃあ。」
「すみません、ファンゾ訛りは、その……。」
「こいつぁおいねえ。オホン。某のことが見えている……いや、まさか聞こえてもいるでござるか?」
「はい、見えても聞こえてもいます。佐久間家の先代さまですよね?」
「こいつぁあいがてぇよう!セザール様んちはおがほとはいらいちげぇ……いや、もとい。さすがはメル家、貴重な人材をお持ちでござる。」
「いきなりで不躾かもしれませんが、現世に残っている理由を伺えるならば。まさかとは思いますが、暗殺等が行われたということは……。」
「いや、特にそのようなことはござらぬ。ポックリと逝ってしもうたのみ。数年前のことにて。」
「千早はそのことを?」
「無論、知ってござるよ。なれど当時、千早は王都におり、フィリア様の側仕えでもあり、呼び戻せば火種にもなるということで、佐久間家のほうから帰らぬように伝えたのでござる。……今日は、千早にひと目会いたくてなあ。それで出迎えに来たというわけにござるよ。」
「千早も、それ以上にフィリアが、先代様の存在には気づいているはずです。浄化が行われることになると思いますが……。」
「あじょにもかじょにも……いや、どうあっても、家の引継ぎが行われるまでは、還るつもりはござらぬ。それゆえに、幽霊として留まっていたのでござるよ。千早は何と言うてござる?」
「継ぐ気は無いと。お兄さんにお任せするそうです。」
「さようでござるか。もったいない。千早に継がせてみたくもあった。それにしても……我が孫ながら、千早は驚くほど美しくなったでござるなあ。これは嫁に行くのを見るまでは、死ねぬでござるのう。いや、還れぬのう。」
幽霊になっても、こういうところは変わらないものか。
「申し遅れた。某は佐久間盛政。佐久間家の先代にござる。」
「ヒロと申します。今の立場は、招安副使。フィリア様の側近です。」
先代の目が、ちらりと俺の背後に向けられた。
紹介しろということね。
「大柄な男性が詩人アリエル。少女がシスターピンク、犬がジロウです。刀にも幽霊が憑いていて、朝倉と言います。」
「死霊術師にござったか。」
「ええ、そうです。」
「某もついていって良うござるか?少なくともファンゾではお役に立てるでござるぞ。」
「喜んで、と申し上げたいところですが……。少なくとも千早の許可を得てから、ということにしてもらえますか?」
「む、まあ致し方あるまい。まあ、当座は隣にいさせてもらうでござるよ。」
ついてきた佐久間盛政に、さっそくピンクが話しかける。
「モリーは、死霊術師が怖くないの?」
「モリーにござるか……。確かに某の名は盛政なれど。」
「おいピンク!何を……。」
「年上だから、偉い人だからって特別扱いしたら、お互いにやりにくいじゃん。」
「ハハハ、いや、なるほど。確かに、死んでまで身分など引きずりたくはござらぬわな。」
「そういうこと。で、どうなの、モリー。」
「ファンゾの男は、怖くとも、軽々しく怖いとは言えぬものなのでござるよ。」
「じゃあ怖いんだ。」
「だから怖くないと申しておろうに。大体、お主らの様子をひと目見ただけでも分かることであろうが。」
「一家の長を張ってきたひとですものね。それぐらいの鑑識眼はあるわよねえ。」
「おいヒロ、また舐められているぞ。いいのか、そんなことで。」
「朝倉殿でござったか。そのようなつもりはござらぬよ。」
背中がだいぶ騒がしい。
こちらは放っておいて、現地の様子を見、現地の話を聞かなければ。
佐久間家の居城は、湊を見下ろす岩山の上に建っていると、千早の兄・信政が説明してくれた。後で案内すると言う。
実際に導かれた先は、その岩山の麓にある、いわゆる館。
加知湊からは、馬に乗るほどでもない距離にあった。
佐久間知政(平次)のイメージを、変えました。
当初は、ゴツゴツというイメージにしていたのですが、書いているうちに印象が変わってきました。
長身はそのままに、もう少し細身で、毒のないあどけない笑顔、それでいて大胆というイメージになってきました。それにあわせて、『第五十四話 南ファンゾ その2』でも表現を変えました。
よろしくお願いいたします。
(2016年1月8日付け)




