第五十三話 ファンゾ島へ その4
練兵については、船中であらかじめ打ち合わせをしてあった。
「あなた方については、私は全く心配をしておりません。」
まずはその旨を、メル家から預かった精兵……すなわち、騎兵・弓兵・ナイト隊の各隊長に伝えた。
「その場の指示で、動いてくださるものと確信しております。」
「副使殿、根拠なき妄信は、軍人としてはいささか……。」
その声に、俺はあえてかぶせた。
「メル家の郎党が、ソフィア様・アレクサンドル様の負託を裏切ることはあり得ない。それが根拠です。また、そのゆえにこそ、軍令違反があれば容赦するつもりもありません。」
「む。承った。……では、こちらから、ひとつだけお願いを申し上げる。」
「どうぞ。」
「敬語をやめていただきたい。副使殿がソフィア様・アレクサンドル様の負託に応えんとするならば、それは必須です。」
「む。承り……いや、承知した。今後、よろしくお願いする。」
「はっ。」
精兵は良いのだ。
問題は、メル家以外の勢力。
……学園であり、天真会であり、塚原門下の人々。南ファンゾの人質(留学生)。
めんどくさいところを、先にするか。
「フィリア、同席してくれるか?千早にもお願いしたい。」
「練兵の件でしたね。」
「人質の扱いにござるな?」
南ファンゾに蟠踞する……この表現は不適切だな。君臨……されても困る。ともかく。
南ファンゾの有力者である、二十八家の豪族。それが、南方二十八騎。
南方二十八騎のうち、およそ半分の十三家は、程度の濃淡はあれ、正式にメル家の寄騎となっている。人質を出しているのが、その証。
今回の遠征では、その人質の扱いが難しいのだ。
「ヒロさんはどうすべきだと?」
「俺は、『帯同するけれど、軍事活動には参加させない』という方向性がいいんじゃないかと。十三家との外交窓口になってもらうべきじゃないかと思うんだ。……彼らの家が、メル家の方針に従うなら、改めてこちらについてきてもらう。従うことが明確になった段階ならば、軍事活動に参加してもらってもいい。……逆にもし、彼らの家がメル家の方針に逆らうならば、解放する。『人質を盾に取るつもりはない。親子兄弟一つになったそちらと、心置きなく殴り合おうではござらぬか。』ってわけ。」
戦国時代の真田家と上杉家だっけ?そんな美談があったような気がするんだよね。
「なるほど。ファンゾ好みぞ。その姿勢を示すだけでも、従う家が出てくる。間違いござらん!」
「メル家の威徳を示すこともできますね。ただ、純軍事的には、どうでしょう。従わない時のための人質でしょう?手にかけることが嫌だとか、そのような甘い理由ではないのですね?」
「人質を手にかけた上で、あるいは人質を抑えた状態で戦ったとしても、二十八騎が怯むとは思えないんだ。それは彼らも織り込み済みだろう?敵愾心を増すかもしれない。」
それと。
「正直に言えば、甘い理由もある。だけど、フィリア。織り込み済みだと言ったって、誰しも一族の若者を死なせたくは無いはずだ。人質を死なせず、解放する。その甘さを見せておくことが、『徳』になるんじゃないのかな。その代わり、戦闘では一切容赦しない。コテンパンにする。『威』はそちらで示す。」
「副使殿は、この戦に自信がおありなのですね?」
「頼もしいことでござる。」
「で、目下の問題としては。『そういうわけだから、練兵にも参加させられない』と。その旨、彼らに伝えようと思っているわけで。」
「では、入ってきてもらいましょう。」
13人の人質達が入ってきた。
緊張した面持ちの者、リラックスした者、フィリアと会話する機会を得て喜んでいる者……。
家の立場を反映しているのだろう、表情や態度もいろいろであった。
「早速だが。あなた方は、練兵には参加させない。中津三十六家の皆さんと共に、客人として眺めていて欲しい。」
「なんと。副使殿、何を言われる。槍・刀を振り回す機会を我らから奪うおつもりか?」
「中ファンゾの連中を前に、恥を曝せと?」
途端に激昂し始める。
「まずは話を聞いて欲しい。」
「聞かせたければ、拳にて……。」
「許しません。ここは海上。万一の事故が全員の生死に直結します。まずは話を聞いてください。副使の話す内容は、私の意思を示すものです。」
「はっ、フィリア様の仰せとあれば。」
先ほどの、3人の合意を伝える。
「各人の家が恭順を誓うならば、軍事活動に参加しても良い。敵対するならば、人質から解放する。」という話を。
みな、涙を流し始めた。
嗚咽が始まり、中には大声で喚き叫ぶ者まで出る始末。
「納得していただけたか?だから練兵にも参加させられないのだ。」
「分かりましてござる。」
「南ファンゾに着きましたならば、刺し違えてでも家を説得してまいる所存。」
そんなことまで口にするのか。
彼らの扱いには、改めて、よほど気をつけておかないと。
人質達を部屋から追い出すのが、またひと苦労だった。
で、その他のメンバーだが……。
特殊能力者が多いことだし、隊列を組んでどうこうというよりは、演武的な動きで、やってもらうとしよう。
と、ここまでは、事前に決めていた。
今から話し合う必要があるのは、現地兵の指揮官。
「諸君の動き方を私は知らないので、こちらが指示をするよりは動きを見ておきたいと思う。明日は、行進をした後に、フィリアの前に陣を敷くようにお願いする。そこで、こちらの動きを見ておいてくれ。最後に陣形を保ったまま押し出すから、その指示だけ聞いてくれれば良い。細かい擦り合わせは、追い追い。」
話し合いにもならないよな、ぶっつけ本番だもん。
6日目。双月港に着いた翌日。
俺達は、港湾施設の外に出た。
代官屋敷前の中庭から見下ろすことのできる、外の広場に集合。
ここで代官と百人衆に練兵を見せる。
なお、アランと孝・方、レイナには、客席に行ってもらった。もともとゲストなんだし。
アイリンとミーナ、フリッツは、本人達が戦闘にも参加するつもりだったから、クレアと一緒に本陣付きだ。
号令をかける。
現地兵が行進を見せ、駆け足、突撃、その他を行い、陣を敷く。
まずまずだ。問題はない。
続いて、メル家の精兵。
「ナイト陣、フィリアの本陣を防御!」
ナイト達がフィリアの周りを固めていく。
「騎兵!周囲の索敵を!」
俺の号令を騎兵の隊長が受け、騎兵達が八方に散っていく。
代官屋敷からも見えているはずだ。どういう意図で何をやっているか、よくわかるだろう。
「弓兵、城門前部隊に対し、斉射!」
そこには案山子が立ててある。城門前に部隊がいる「体」。訓練だから。
「千早、学園生徒を率いて、突撃!」
案山子の群れの真ん中を切り裂いて、千早が城門前へと進む。
マグナムが、霊弾をばらまきながら続く。霊能がない者には、マグナムの腕の振りに合わせて広範囲の案山子が倒れていくのが見えるだけ。上から見ていても結構怖いはずだ。
大通りの端の方に残っているのは、塚原門下とカルヴィンに任せる。
塚原先生と樹・西山の手練を存分に見せつける。
キルトには、あえて中央突破を、案山子の多いところを走り抜けてもらうよう、頼んである。
曲芸のように体を躍らせながら前に進む姿は、どうしようもなくユーモラスだから。
そうだ、笑ってくれ。
千早が城門前に立った。
案山子が全て倒れた。
このタイミングだ。
「本陣前進!」
現地部隊が行進していく。城門前の、矢弾の射程圏外まで。
その後ろにフィリアと本陣付きメンバーを囲ったナイト陣が続く。
本陣が止まったところで、代官屋敷から拍手が起きた。
きれいにまとまったもんな。
大将がフィリアお嬢様だし、これで終わり。
そう思ったか?
「キルト!」
「おうよ!」
身軽な……ただし高所恐怖症のキルトが、おっかなびっくり悪戦苦闘しながら城壁を登る。
その姿に、代官屋敷から笑いが起こる。
登れるところを見せておこうと、レンジャーを飼っているんだぞと。そんなもの見せなくても……。
そう思ったか?
キルトが城壁に辿り着いたところで、また拍手。喝采。
はいはい、頑張りましたね……
という「体」で。
レイナがキルトを迎えているはずだ。扇を高く差し上げて。
扇が見えた!
「ノブレス!」
ボウガンが、扇の中心に描かれた、円を射抜く。
喝采がぱたりと止んだ。
その腕前を見誤る者など、いないのだ。
「もう一射!」
「了解。」
次の矢の行方を、代官屋敷の一同が、一斉に追いかけていることだろう。
今ごろは、振り向いて上を見上げているはず。
金属音。
代官屋敷の旗を掲げるポールに、ノブレスの矢が命中した音だ。
だが、今彼らが見ているのは、旗やポールではないはず。
「ギャギャギャギャ!」
合図の鳴き声。
グリフォンとヴァガン。物陰から代官屋敷の屋根の上に、移動させておいた。
度肝を抜かれているだろうが、余裕は与えない。
鳴き声がしたら!
太鼓の音。手筈どおり。
代官屋敷に置かれている、軍令通達のための太鼓を、三通。
ヒュームの仕事だ。
後ろの上空。屋敷の本丸、軍令通達所。
その二箇所を「落とされた」代官屋敷からざわめきが聞こえてくる。
それだけではない。聞こえてきたのは、太鼓が三通。
すなわち。
メル家では、突撃の合図。
「千早!」
「応!」
金属棒が、城門を殴りつける。
今回は、蝶番ではなく、正面を叩かせる。
太鼓に劣らぬ大音が、三通。
「隙間が開いてござる!」
先方の千早と、本陣の間にいた俺が、突撃をかける。
隙間から顔を出した、閂を両断する。
芝居がかっているけど、とにかく今はカッコつけなきゃ。
「城門を破ったぞ!勝ち鬨!」
出せるだけの大声を上げた。
メル家の精兵が、即座に応える。
現地兵が、続く。
代官殿、百人衆、そして現地部隊の諸君。
これが、俺からのご挨拶だ。