表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

221/1237

第五十三話 ファンゾ島へ その3


 新都を出航してから5日目の朝。

 甲板に出ると、船長から声をかけられた。


 「副使殿、見えてきたぞ。あれが双月港だ。」

  

 「早いですね。5日とか7日という話を聞いたときには、信じられなかったのですが。」


 「何だ?俺の腕を信用してなかったのか?」

 塩辛声。大声で指揮を執り続けてきた男の声だ。


 「いえ、そういうことではなく。地図を見たところ、カデンから新都までの2倍ぐらいはありましたから。そこに3週間かかったことを考えると、早いなと。」


 「(おか)の観光船や貨客船と一緒にしてもらっちゃ困る。こちとら海を行く快速クリッパーだぞ?」


 「まして俺様の腕ならば、でござるか?」


 「ハハハハハ。本当のことを言っても何も出ないぞ。そういうことだ……っと、フィリア様。メル家の最新鋭艦だからこそでもあります!」

 きれいに整えられたふさふさのヒゲの中から、大きく開かれた口が現われ、そしてまた埋もれる。


 「いえ、船長の腕あってこそですよ。感謝いたします。」


 「麗しい女性達の近くにいては、最後の一仕事で気が逸れてしまいかねませんな。それでは!」


 俺達の側を離れた船長が、大声で指示を出した。

 クリッパーは大きく減速することもなく、グイッと方向を変え。

 双月港の北側の岬を過ぎたところで、再びグイッと方向を変え。

 一気に減速しながら湾内へと入っていった。


 仕組みはよく分からないが、熟練の腕であることは間違いない。


 「こういうところも、さすがはメル家、でござるなあ。ファンゾの者共、見えておるのだろうか。」


 「船長とメル家はどういう関係?」


 「(おか)で言う、寄騎に近いですね。いえ、もう少し独立性が高いでしょうか。領地……というよりも、海域と港での権益をメル家が保障する代わりに、メル家に命じられたときは働く、そういう関係です。」


 ラッパというか、何か金管楽器が吹き鳴らされた。

 儀仗的なものだろう。

 この世界には、火薬はないようだ。少なくとも今のところ、俺は確認できていない。

 祝砲が無いということからしても、そういうことなのだと考えておく。


 「(おか)とは違うということだけ分かってくれればいいさ、副使殿。」

 近づいてきた船長に、話を聞かれていたようだ。 

 「海の上では、俺達の指示に従ってくれ。決して裏切らないし、結果も出す。」

 

 「ええ、信頼していますよ、船長。」


 「メル家におかれてはご理解があるので、助かっています。ファンゾの諸君もさぞやりやすかろうに……。」

 船長が、言葉尻を濁す。今回の遠征の物々しさが気になっているのか。


 「さよう、南ファンゾの物分かりの悪い連中に、理解してもらいに来たのでござるよ。」


 「海戦は行いません。港で退却戦になることもありませんので、ご安心ください。」

 ここは断言しなくてはいけない。

 船には、船長には、迷惑をかけないということを。

 

 「そう言われてしまうと、こちらも海の男の意地を見せたくなるな。」

 船長が苦笑した。

 不安な内心を若僧に読まれたのが少し気に食わず、反発したか。



 「信頼しています。約束の日時に来てくれれば十分です。」


 「それ以外の時間は自由。自由ならば、南ファンゾに居ても良いわけだ。そうでしょう、フィリア様。」


 「ええ、船長の自由です。」


 「なに、若い衆の戦ぶりをラム酒片手に観戦させてもらうだけさ。余計なお節介はしない。」


 肩をそびやかして俺のほうを見る。

 今度は俺が苦笑する番。


 少し遅れて二番艦が入港したころには、全員が甲板に整列して儀仗に応えられるぐらいには、船の速度は落ちていた。


 船を降り立ったフィリアに、双月港の代官夫妻が近づき……もにょもにょと社交的な挨拶を交わす。

 二人に案内されつつ、儀仗兵の前を通って行くフィリア。

 営業用の美少女スマイルを振りまいている。


 副使の俺は、千早と並び、その後に続く。

 やはり美少女には違いないのだが、威圧色の厳つい鎧に身を包み、六尺の棒を手にした千早と、真っ黒な鎧に獣の頭蓋骨の兜を被り、腰に三尺の刀を帯びた俺が。

 フィリアの護衛であり、副官である二人。メル家らしい「武」を強く印象付ける。


 その後ろには、ゲストの二人。僧衣のようなゆったりとした衣服に身を包んだアランと、正装した伯爵令嬢レイナ。文化の香り、と言えば良いだろうか。

 以下、今回の遠征の主要メンバーたちが歩いていく。

 

 一度振り返って手を振り、代官夫妻と、レイナと共に、馬車に乗り込むフィリア。

 二人をエスコートした後で、俺と千早は騎乗してその後に続く。

 以下、女性陣は主に馬車に、男性は主に馬に乗り。

 儀仗兵に守られた大通りを、行列となって、進んで行く。

 

 目的地は、港を一望できる坂の上に立つ代官屋敷。

 火砲がない世界ならば、防衛には最適だな。

 レイナの言う「塹壕脳」でそんなことを考えながら、坂道をゆったりと登っていく。


 沿道の民衆に「華」と「威」を見せ付けつつ代官屋敷にたどりついたのは、昼前のことであった。


 ここで再びセレモニー。

 列席しているのは、有力者らしき人々……恐らくはファンゾ百人衆の関係者であろう。

 彼らを前にして、フィリアと代官の挨拶があり、軍令……いや、メル家内部の命令か。ともかくお堅い話の通達があり。

 そのまま俺達と、参列していた有力者達との全員が、代官屋敷へと招じ入れられた。

 歓迎の昼食会のお時間である。


 ここまでは、儀礼の時間。


 ネイトのメル館であれば、ここから本音の談話室、なのだが。

 今回は、何せ参加人数が多い。

 砕けた話は、立食形式の二次会(?)に場を移して行われた。


 フィリアの元に、有力者達が挨拶に来る。

 ついでに二言三言、質問をぶつけてくる。ここ数日、必死に考えてきたであろう質問を。

 

 フィリアの側では、穏やかに社交辞令を交えつつ、彼らの質問に答えていくのだが。

 時として、やや大きな声を出す。大きいというよりは、よく徹る声を。

 この場の全員に知っておいてもらいたいような話か?


 その辺の呼吸を理解できる客人は、さらに大声で会話を締めくくる。

 「さようにござりまする。我ら中津三十六家、『これまで通り』、メル家にお仕えするでござる!」


 もともと全員がフィリアを意識してはいたのだが、このような声が会場に響くと、途端に目が集まり……。

 各所に合いの手が上がる。やはり意味を理解した客人により。


 「これは良き心掛けにござるな、……殿。さよう、我らみな『これまでと変わらぬ』心をもってお仕えするでござるよ。」


 「おお、……殿に抜け駆けされてしもうた。~~家、『これまでと同様に』、忠誠を誓うでござる。」

 

 今回の遠征で、何か自分たちの権益を害されると心配していたのね。

 現在の権益を守って欲しいと。これまでと同じ義務を果たすからと。

 

 中には、フィリアの声のトーンに気づかぬ御仁もいらっしゃる。

 そういう時は、俺や千早が大声を出す。


 「いえ、『今回の南ファンゾ外遊は、私たちだけで行います』。中津三十六家の皆さまには、ここでご挨拶をいたしましたから。帰りに山家五行八横の皆さまにも、ご挨拶をしに伺いますよ。」


 「南ファンゾのような田舎、中ファンゾの皆さまにお見せするものなどないでござるよ。『恥ずかしくてとてもお連れすることなどでき申さぬ』。」


 要するに、「今回の遠征では、中津三十六家に出兵を要請することはありえない。」という宣言である。

 

 やはり少し鈍い人のために、会場のあちこちからフォローの合いの手が上がる。

 

 「おお、わざわざ北・中・南とおいでいただけるか。それならば、『中の者が南に出張るべきではござらぬな』。それぞれにお出迎えいたさねば。」


 「千早殿、ご謙遜。中ファンゾとて、見るべきものなどござらぬ。『南ファンゾの方に出張られては、困惑するばかりにござるよ』。」


 それぞれの地域は、それぞれの有力者が。

 ええ、最初からそのつもりですから、ご安心を。



 二次会が終わると、客人にはお帰り願って、メル家内部の行事。

 再び庭に出て、閲兵式?というか何と言うか。

 現地の代官と、今回来訪した全員の顔合わせを行っておく。

 


 今回、新都からファンゾ島へやってきたのは、以下の者達。


 南ファンゾ招安使、フィリア・S・ド・ラ・メル。

 招安副使、ヒロ。招安使補佐、千早。


 学園からは。

 霞の里の忍者、ヒューム。説法師(モンク)のマグナム。銃士(ガンナー)ノブレス・ノービス。異能者キルト・K・G・キュビ。錬金術師ミーナ。浄霊師(エクソシスト)カルヴィン・ディートリヒ。整体師のアイリン・チャオ。立花伯爵家後継者、玲奈・ド・ラ・立花。ゴーレムの超時空妖怪・鉄腕ラスカル初号機。


 天真会からは。

 新都支部代表、アラン。行者、(シァオ)(ファン)。ビーストテイマー、ヴァガン。グリフォンの「嘴」と「翼」。


 塚原門下として。

 塚原先生。百人隊長、(いつき)・西山。浄霊師(エクソシスト)シンノスケ。


 紋章官フリッツ・ヨゼフ・ベッケンバウアー。ナイトのドメニコ・ドゥオモ。レンジャー、李紘(紘・李)。武装侍女、クレア・シャープ。


 ここまで、21人と3頭。


 南方二十八騎から人質としてメル家に滞在していた者の全員、13人。


 メル家からつけられた寄騎・郎党として、ナイト30人。弓兵60人。騎兵10人。


 全てあわせて、134人と3頭であった。



 「壮観ですね。精兵に異能者、腕利き揃い。頼もしい限りです。われら双月港からは、兵150人を出します。それで、その。」

 

 「ええ、予定通り、出発は明後日です。明日は、打ち合わせを兼ねて、軽く練兵を行います。それでいいですね?」


 「は、そうしていただけるとありがたく。」


 「中津三十六家の衆に武威を見せると。さようでござりますな。」


 「これは千早さん、さすがにご理解いただけておりましたか。」

 

 「練兵の指揮は、副使が行います。」


 フィリアのその言葉に、代官の顔が、俺に向いた。

 努めて感情を抑えた、穏やかな笑顔だ。

 まあ、そういう顔になるよな。不安や不満を見せまいと思えば。

 

 ああ、胃が痛い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ