第五十三話 ファンゾ島へ その3
新都を出航してから5日目の朝。
甲板に出ると、船長から声をかけられた。
「副使殿、見えてきたぞ。あれが双月港だ。」
「早いですね。5日とか7日という話を聞いたときには、信じられなかったのですが。」
「何だ?俺の腕を信用してなかったのか?」
塩辛声。大声で指揮を執り続けてきた男の声だ。
「いえ、そういうことではなく。地図を見たところ、カデンから新都までの2倍ぐらいはありましたから。そこに3週間かかったことを考えると、早いなと。」
「陸の観光船や貨客船と一緒にしてもらっちゃ困る。こちとら海を行く快速クリッパーだぞ?」
「まして俺様の腕ならば、でござるか?」
「ハハハハハ。本当のことを言っても何も出ないぞ。そういうことだ……っと、フィリア様。メル家の最新鋭艦だからこそでもあります!」
きれいに整えられたふさふさのヒゲの中から、大きく開かれた口が現われ、そしてまた埋もれる。
「いえ、船長の腕あってこそですよ。感謝いたします。」
「麗しい女性達の近くにいては、最後の一仕事で気が逸れてしまいかねませんな。それでは!」
俺達の側を離れた船長が、大声で指示を出した。
クリッパーは大きく減速することもなく、グイッと方向を変え。
双月港の北側の岬を過ぎたところで、再びグイッと方向を変え。
一気に減速しながら湾内へと入っていった。
仕組みはよく分からないが、熟練の腕であることは間違いない。
「こういうところも、さすがはメル家、でござるなあ。ファンゾの者共、見えておるのだろうか。」
「船長とメル家はどういう関係?」
「陸で言う、寄騎に近いですね。いえ、もう少し独立性が高いでしょうか。領地……というよりも、海域と港での権益をメル家が保障する代わりに、メル家に命じられたときは働く、そういう関係です。」
ラッパというか、何か金管楽器が吹き鳴らされた。
儀仗的なものだろう。
この世界には、火薬はないようだ。少なくとも今のところ、俺は確認できていない。
祝砲が無いということからしても、そういうことなのだと考えておく。
「陸とは違うということだけ分かってくれればいいさ、副使殿。」
近づいてきた船長に、話を聞かれていたようだ。
「海の上では、俺達の指示に従ってくれ。決して裏切らないし、結果も出す。」
「ええ、信頼していますよ、船長。」
「メル家におかれてはご理解があるので、助かっています。ファンゾの諸君もさぞやりやすかろうに……。」
船長が、言葉尻を濁す。今回の遠征の物々しさが気になっているのか。
「さよう、南ファンゾの物分かりの悪い連中に、理解してもらいに来たのでござるよ。」
「海戦は行いません。港で退却戦になることもありませんので、ご安心ください。」
ここは断言しなくてはいけない。
船には、船長には、迷惑をかけないということを。
「そう言われてしまうと、こちらも海の男の意地を見せたくなるな。」
船長が苦笑した。
不安な内心を若僧に読まれたのが少し気に食わず、反発したか。
「信頼しています。約束の日時に来てくれれば十分です。」
「それ以外の時間は自由。自由ならば、南ファンゾに居ても良いわけだ。そうでしょう、フィリア様。」
「ええ、船長の自由です。」
「なに、若い衆の戦ぶりをラム酒片手に観戦させてもらうだけさ。余計なお節介はしない。」
肩をそびやかして俺のほうを見る。
今度は俺が苦笑する番。
少し遅れて二番艦が入港したころには、全員が甲板に整列して儀仗に応えられるぐらいには、船の速度は落ちていた。
船を降り立ったフィリアに、双月港の代官夫妻が近づき……もにょもにょと社交的な挨拶を交わす。
二人に案内されつつ、儀仗兵の前を通って行くフィリア。
営業用の美少女スマイルを振りまいている。
副使の俺は、千早と並び、その後に続く。
やはり美少女には違いないのだが、威圧色の厳つい鎧に身を包み、六尺の棒を手にした千早と、真っ黒な鎧に獣の頭蓋骨の兜を被り、腰に三尺の刀を帯びた俺が。
フィリアの護衛であり、副官である二人。メル家らしい「武」を強く印象付ける。
その後ろには、ゲストの二人。僧衣のようなゆったりとした衣服に身を包んだアランと、正装した伯爵令嬢レイナ。文化の香り、と言えば良いだろうか。
以下、今回の遠征の主要メンバーたちが歩いていく。
一度振り返って手を振り、代官夫妻と、レイナと共に、馬車に乗り込むフィリア。
二人をエスコートした後で、俺と千早は騎乗してその後に続く。
以下、女性陣は主に馬車に、男性は主に馬に乗り。
儀仗兵に守られた大通りを、行列となって、進んで行く。
目的地は、港を一望できる坂の上に立つ代官屋敷。
火砲がない世界ならば、防衛には最適だな。
レイナの言う「塹壕脳」でそんなことを考えながら、坂道をゆったりと登っていく。
沿道の民衆に「華」と「威」を見せ付けつつ代官屋敷にたどりついたのは、昼前のことであった。
ここで再びセレモニー。
列席しているのは、有力者らしき人々……恐らくはファンゾ百人衆の関係者であろう。
彼らを前にして、フィリアと代官の挨拶があり、軍令……いや、メル家内部の命令か。ともかくお堅い話の通達があり。
そのまま俺達と、参列していた有力者達との全員が、代官屋敷へと招じ入れられた。
歓迎の昼食会のお時間である。
ここまでは、儀礼の時間。
ネイトのメル館であれば、ここから本音の談話室、なのだが。
今回は、何せ参加人数が多い。
砕けた話は、立食形式の二次会(?)に場を移して行われた。
フィリアの元に、有力者達が挨拶に来る。
ついでに二言三言、質問をぶつけてくる。ここ数日、必死に考えてきたであろう質問を。
フィリアの側では、穏やかに社交辞令を交えつつ、彼らの質問に答えていくのだが。
時として、やや大きな声を出す。大きいというよりは、よく徹る声を。
この場の全員に知っておいてもらいたいような話か?
その辺の呼吸を理解できる客人は、さらに大声で会話を締めくくる。
「さようにござりまする。我ら中津三十六家、『これまで通り』、メル家にお仕えするでござる!」
もともと全員がフィリアを意識してはいたのだが、このような声が会場に響くと、途端に目が集まり……。
各所に合いの手が上がる。やはり意味を理解した客人により。
「これは良き心掛けにござるな、……殿。さよう、我らみな『これまでと変わらぬ』心をもってお仕えするでござるよ。」
「おお、……殿に抜け駆けされてしもうた。~~家、『これまでと同様に』、忠誠を誓うでござる。」
今回の遠征で、何か自分たちの権益を害されると心配していたのね。
現在の権益を守って欲しいと。これまでと同じ義務を果たすからと。
中には、フィリアの声のトーンに気づかぬ御仁もいらっしゃる。
そういう時は、俺や千早が大声を出す。
「いえ、『今回の南ファンゾ外遊は、私たちだけで行います』。中津三十六家の皆さまには、ここでご挨拶をいたしましたから。帰りに山家五行八横の皆さまにも、ご挨拶をしに伺いますよ。」
「南ファンゾのような田舎、中ファンゾの皆さまにお見せするものなどないでござるよ。『恥ずかしくてとてもお連れすることなどでき申さぬ』。」
要するに、「今回の遠征では、中津三十六家に出兵を要請することはありえない。」という宣言である。
やはり少し鈍い人のために、会場のあちこちからフォローの合いの手が上がる。
「おお、わざわざ北・中・南とおいでいただけるか。それならば、『中の者が南に出張るべきではござらぬな』。それぞれにお出迎えいたさねば。」
「千早殿、ご謙遜。中ファンゾとて、見るべきものなどござらぬ。『南ファンゾの方に出張られては、困惑するばかりにござるよ』。」
それぞれの地域は、それぞれの有力者が。
ええ、最初からそのつもりですから、ご安心を。
二次会が終わると、客人にはお帰り願って、メル家内部の行事。
再び庭に出て、閲兵式?というか何と言うか。
現地の代官と、今回来訪した全員の顔合わせを行っておく。
今回、新都からファンゾ島へやってきたのは、以下の者達。
南ファンゾ招安使、フィリア・S・ド・ラ・メル。
招安副使、ヒロ。招安使補佐、千早。
学園からは。
霞の里の忍者、ヒューム。説法師のマグナム。銃士ノブレス・ノービス。異能者キルト・K・G・キュビ。錬金術師ミーナ。浄霊師カルヴィン・ディートリヒ。整体師のアイリン・チャオ。立花伯爵家後継者、玲奈・ド・ラ・立花。ゴーレムの超時空妖怪・鉄腕ラスカル初号機。
天真会からは。
新都支部代表、アラン。行者、孝・方。ビーストテイマー、ヴァガン。グリフォンの「嘴」と「翼」。
塚原門下として。
塚原先生。百人隊長、樹・西山。浄霊師シンノスケ。
紋章官フリッツ・ヨゼフ・ベッケンバウアー。ナイトのドメニコ・ドゥオモ。レンジャー、李紘(紘・李)。武装侍女、クレア・シャープ。
ここまで、21人と3頭。
南方二十八騎から人質としてメル家に滞在していた者の全員、13人。
メル家からつけられた寄騎・郎党として、ナイト30人。弓兵60人。騎兵10人。
全てあわせて、134人と3頭であった。
「壮観ですね。精兵に異能者、腕利き揃い。頼もしい限りです。われら双月港からは、兵150人を出します。それで、その。」
「ええ、予定通り、出発は明後日です。明日は、打ち合わせを兼ねて、軽く練兵を行います。それでいいですね?」
「は、そうしていただけるとありがたく。」
「中津三十六家の衆に武威を見せると。さようでござりますな。」
「これは千早さん、さすがにご理解いただけておりましたか。」
「練兵の指揮は、副使が行います。」
フィリアのその言葉に、代官の顔が、俺に向いた。
努めて感情を抑えた、穏やかな笑顔だ。
まあ、そういう顔になるよな。不安や不満を見せまいと思えば。
ああ、胃が痛い。