第五話 行商人 その3
少し時間を食ったが、大したことはない。ハンスを仲間に加えて、さらに南下した。
しかし、ティーヌ河までもう少し、というところで、足を止めざるを得なくなった。
目の前にあったのは、大規模な崩落。
サッカーボール大の落石に過ぎなかった、ハンスの件とは規模が違う。とてもこの先に進めそうに無い。
不幸を呪うよりも、この崩落に巻き込まれずに済んだ幸運に感謝したくなる。
茫然としてフィリアと顔を見合わせたその瞬間、目の前を何かが横切った。森の中へと消えていく。
「待て!」
その「何か」に続いて飛び出してきた人間に、俺は撥ね飛ばされた。
え?え?
人間に撥ねられて、こんなに飛び上がるものだったっけ?
どこかに頭をぶつけたのか、視界がブラックアウトした。
目が覚めた。
およそひと月ぶりの邂逅が、そこにはあった。
トラック事故の時の少年(?)だ。
「調子はどう?」
さすがに悟った。この少年は神様か何かで、コイツのせいでここに飛ばされたのだ、ということに。
「調整、うまく行ってるでしょう?言葉も通じるし、生活習慣もほぼ同じ。ロリコンみたいだったから、性癖に合わせて、問題ないように少年の姿にしたし。」
だから、俺はロリコンじゃない。ましてやあんたに魅かれるようなショタコンではない。そこまで業は深くない。
そう言うと、少年(?)はふくれっ面をした。
「私は女です!」
殴られて、また吹っ飛ばされて……。
目が覚めた。
フィリアと、ハンスと…俺を膝枕している誰かが、そこにいた。
「おお、気づかれたか。」
すごい言葉遣いだ。
「はて、この御仁は?……」などと言い返せるのだから、どうやら俺は無事らしい。ハンスが噴き出した。
「先ほどは卒爾いたした。」
どうやら、大真面目である。
「ご無事にござるや?」
「無事にござる。」と答えたところで、フィリアに突っ込まれる。
「やはり頭を打ったのでは?」
「いやいや、大丈夫だって。」
そう答えて起き上がる。実際、何とも無い。
「フィリア殿、申し上げたでござろう。某が確かに胸元にて受け止めたと。」
チッ、とハンスが舌打ちする。
なんだこのヤロー、浄化すんぞ、できないけど、と一瞬は思ったが、すぐに舌打ちの理由に気づいた。
「重ね重ね失礼をお詫びいたす。某は千早と申します。」
言葉遣いはまるっきり男だが、女性であった。
「天真会所属の、説法師にて候。」