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第五十二話 始動 その8


 「ヒロ、君は今回の件の責任者だ。突入の指揮をお願いする。」


 「突入ですか!?商会の重役を逮捕するだけではないのですか、アレックス様?」


 「その重役だがな。商会の敷地内に居住している。……で、だ。『身柄を引き渡せ』と我々が言ったとして。」


 「そこで素直に……とはいかないわけですか。」



 「ええ、ヒロさん。商会は、これも一つの組織です。学園や教会と同じ。これに対して幕府監察は、王家のお墨付きを受けてはいても、メル家の私兵団に過ぎないのです。ですから、商社としても、勝てる勝てないは別として、幕府に何の抵抗もしないというわけにはいかないのです。あまりな無様をさらしてしまっては、支社の責任者が、王都の本社から切られます。」


 殺伐としてるなあ。

 フィリアからこういう話を聞くと、確かにブルグミュラー商会は無防備すぎると思う。

 もとが小さな個人商店だったということもあるだろうし、敵の少ない商売をしているということもあるのだろうけど。

 

 「実際のところは、押し問答をしている間に証拠を隠滅。踏み込んだところで、『証拠もないのに』と言って優位を取ろうとする、という流れを目論むのでしょうね。」

  

 「それを防ぐためには……。速攻?」


 「そういうことだ、ヒロ。」


 「作戦の幅を自ら狭める必要はありませんよ。身柄を押さえさえすれば、後は『自白』してもらえば良いのですから。」


 「ソフィア、それをしたら商会と手打ちをしにくくなる。できれば相手に口実を与えたくはないのだがな。」


 ソフィア様の態度のほうが、武家としては「正しい」。そういうことなのだろう。

 武門の棟梁、その後継者としてエリート教育を受けてきた人なんだから。

 それにしても、恐ろしい。寒い国のプーさんみたい……。

 これが「威」というものなのか。

 

 おっと。ソフィア様を恐れるばかりではいけない。

 聞くことがあった。


 「幕府内での地位も何もない私が、指揮をとって良いものなのですか?」


 「ん?ああ、そうか。幕府の組織については知らなくても当然だな。詳細な説明は省くが、監察は実働部隊を持っていない。『一定の証拠をもとに、疑惑の有無を判断する』。彼らの仕事はそこまでだ。証拠を集めきれない場合でも、実働については、彼らは上に『お願い』するのさ。で、上が実働部隊を派遣する。そういう仕組みになっている。」


 「アレックスの説明どおりです。そうしなければ、監察が権限を持ちすぎますから。」

 

 そういうもんか。


 「それにしても、私ですか?やはり地位が低すぎるのでは?メル家との関係もあいまいですし。」


 「名目上は、フィリアを指揮官にすればいい。」


 アレックス様?


 「私がいつも使っている手さ。ソフィア様の委任により―というわけだ。」

 

 「ヒロさん、今回はあえて、面識がないであろうメル家の郎党を率いてもらいます。」


 「了解だ、フィリア。でも、千早は参加してくれるんだろう?」


 「もちろんでござるよ。フィリア殿が参加するならば当然にて。それとも何か?某を仲間はずれにするつもりでござったのか?」


 「仲間はずれになんかしないよ。突入となると、千早の力は絶対に必要だから、確認しただけさ。ただ、メル家で固めるとなると……。千早はフィリアの護衛ってことでいいとしても、ジャックとスヌーク、ヒュームをどう組み込むかが問題になるなあ。」


 「某のことは気に病む必要はないでござるよ。手柄は要らぬ身にござるゆえ。」


 と、ヒュームはあっさりしたものだったが。

 ジャック&スヌークは、そうもいかないわけで。


 「おいヒロ!」

 「頼むよ!」


 縋りつかんばかりの勢いであった。


 「編成は、こういうところが難しい。寄騎・郎党と他家の協力者、その配置とバランス。手柄の立て易さに見せ場、いろいろと考えなければならぬ。」


 「実際の指揮よりも難しいこともありますよ?お手並み拝見です。」


 楽しそうですね、お二人とも。

 ここは要領よくささっと纏めて、ご機嫌を維持しなくては。


 「まず、商会の敷地を調べないことには、配置も決めようがありません。敷地の見取り図をお願いします。」

  

 早速出されてきたのは、並木街の一等地にある、広い敷地。武家屋敷のような造り。


 「逃がさないようにするためには、周囲を取り囲むのは当然として。突入部隊は、表の正門からだね。一応は、『開けなさい、引き渡しなさい』と宣言する必要があるわけだろ?商会の正門だけあって、頑丈だけどそれ以上の備えはないし、目に見えた罠もない。」


 「そこまでは異論ござらぬ。裏門は破らなくても良いのでござるか?」


 「取り囲んでいるなら、必要ないと思うよ、千早。みんなの意見は?」


 「ええ。逃がさないようにするとなると、開けた後、閉める必要が出てきます。門という拠点を確保するために、人数を割く必要が出てきますね。」


 「さようにござるな、フィリア殿。開けるよりは、壁をよじ登りて高所を確保する方が良いと存ずる。」


 「じゃあ、ヒュームの言うやり方で。身軽な人何人かを入れてもらうよう、お願いしよう。……突入後は、散開。仕事場である本館と、居住スペースである別館と、二手に分かれる必要があるね。本命はどっちだ?」


 「別館でござろう。」

 「別館でしょうね。」


 ヒュームとフィリアが、即答した。


 「押さえるべきは身柄と書類。うち少なくとも書類は、私室にひっそりとしまいこみたくなるものでござるよ。」 


 「他の重役に握られたくない弱みですしね。身柄についても、本館にいるならば簡単です。仕事場を荒らされたくはないはずですから、言えば比較的素直に引渡してくれるでしょう。抵抗が強いのは別館になると思います。」


 「よし、分かった。見たところ別館の方が小さいね。これは少数精鋭で臨むべきだな。千早、ヒュームはこちらを頼む。本館にはフィリアを。しっかりした口上を伝える必要もあるし、安全だ。」


 「郎党の配置はどうします?ヒロさん。」


 「メル家の郎党のうち、手柄等をあまり配慮しなくてもいいメンバーは、敷地の包囲に。もう少しいいところを割り当てる必要があるメンバーは、敷地内部に散開させる。で、実績が必要だったり、『格』的に立場が必要な者は、フィリアと一緒に本館に。実力者は千早の指揮の下、別館に。……ここまで、何か問題は?」

 

 「ありません。」

 「それで問題ない、ヒロ。」

 「合格点です。」


 フィリア、アレックス様、ソフィア様のご機嫌を保つことには、成功した模様。

 ほっとする。



 「あとは、ジャックとスヌークだけど……。」


 「ヒロ殿、その前に申し上げるべきことがござる。」

 

 「ヒューム?」

 

 「アレックス様とソフィア様は、いや、フィリア殿も口にするわけには参らぬでござろう。それゆえ某も遠慮いたしたが、やはり言わねばならぬ。」


 「見落としがあると?」


 「見落としというほどではござらぬ。速攻するならば千早殿どころか、某の足でも追いつけるゆえ。なれど、一応。」


 もったいぶるなあ。

 それほどの問題が?


 「こうした屋敷には、必ず地下に隠し通路があるものと相場が決まってござる。」


 なるほど、確かに。

 それはヘタに口にするわけにはいかないか。


 言葉を受けたアレックス様が、ニヤリと笑う。


 「この館にあるかどうかは、言わないでおく。逆に侵入路になりかねない危険もあるということも、併せて覚えておいて損は無い。」

  


 「承ってござる。……さて、見取り図をご覧あれ。ここは並木街の一等地。周辺には、名の通った商会の広い敷地が並んでおる。なれどぽつぽつと、小さな敷地に瀟洒な建物。あるいは庭園。中途半端な広さの雑木林。これらが、逃げ道の出口にござるよ。この商会からの退き口もあらかじめ調べておき、いちおう人を張りつけておく必要がござるやも知れぬ。」


 「そういうことか。ジャック、スヌーク。そっちに張りついてくれるか?」

 

 「メル家の郎党の中には居づらいからな。そっちの方がいい。」

 「お手柄になる可能性もあるね。」

 「おいスヌーク、期待しすぎるなよ。」

 「分かってるよ、ジャック。だけどさ、せめてそういう夢を見るぐらいいいじゃん。」 

 「俺達は、そういう夢見ても悲しくなるだけだろうが!」

  

 隣で地図を眺めていたヒュームが、俺の足を踏む。

 頷き返す。


 「保証はできぬでござるが、な。」

 口を動かさず、小声でそう伝えてくる。

 もう一度頷く。


 コネとか学閥って、つまるところ、こういう気持ちから生まれるものなのかもしれないな。 


 そしてヒュームは、目に見える功績よりも目に見えない信頼を積み上げていく。



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