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第五十二話 始動 その6


 「やはり、私は構想が小さいですね。」

 フィリアがため息をついた。

 「関係ありそうな者全員を締め上げれば、全容は解明される。……合理的です。武のメル家、そうでなければなりません。少なくとも、それを最初に思いつかなければ。」


 「フィリア殿、ソフィア様は『最初に思いついた手段』と言うてござる。怒りのあまり思いついただけで、それが必ずしも得策ではないことに気づかれてござるよ。……天真会は、メル家の如き、上に繁りて木陰の憩いに人を集める大樹ではござらぬ。地を這い根を張ってゆく集団にて。その我らから見ると、商人を締め上げるのは悪手にござるよ。そっぽをむかれては、物資調達にも事欠くようになる。北賊とのパイプ、情報入手の手段も細ってしまうでござる。」


 「それでもなお、今回はあえて強硬姿勢を見せるという選択肢もあるのです。姉は若年、女性である上に、少々間抜けな社交夫人を演じています。義兄も『優男の入り婿』扱い。姉夫婦はともすれば弱腰と見られがちなのです。大戦がある前に、『威』を見せる。商会にも、周囲の貴族に対しても。十分な合理性があります。」


 この話は平行線になりそうだな。

 「いずれにせよ、まずは内偵、だろ?」


 「そうですね、ヒロ隊長。」

 「さようにござる、ヒロ隊長。」

 

 「からかうなって。さっきは思いつけなかったんだけどさ、これもスヌークに知恵を借りられないかな。船長や船員からたぐる、幕府内部からたぐる。その他にも、外の組織を直接捜す、ってやり方はあるだろ?穀物の取引とか、そっち方面で何かあるんじゃないかと思うんだよね。」


 「先ほど言っていた折衷案にござるか。全部やってみる、と。」


 「あまり手を広げすぎますと、動きを察知されやすくもなりますよ?」


 「そうだね。ヒュームにも話を聞こう。情報集めについてはプロだ。俺の『方針』自体の可否を知る必要がある。」

 

 早く動いていかないと。

 証拠を消されたりしても困る。ファンゾ島遠征は、2月の頭には始まるし。


 「それじゃあ。」

 寮の前で、二人と別れた。


 

 ヒュームを、ジャックとスヌークの部屋に呼び、話を振る。

 

 「と、いうわけだ。水夫・船長については、港湾関係や労働者を仕切っている天真会が適任。千早に任せる。幕府内部の問題については、メル家以外には調べようがない。フィリアに任せる。その上で、穀物取引の方から何かたぐれないか、調べる。スヌーク、これから君に聞こうと思ってる。この方針はどうだろう、ヒューム。スピードと、勘付かれる危険と、その兼ね合いから見て。」

   


 「これほどの大事。某を噛ませても良いのでござるか?」


 「メル家の機嫌を取っておいて損はないだろう?極東に領地を持つからにはそうならざるを得ないことは、俺にも分かってきた。計算の上で信用しているつもりなんだけどな。」


 メル家と霞の里の提携のことは、ジャックとスヌークには秘密のはずだ。

 誰とどこまで情報を共有しているのか、その管理も複雑になってきた。


 「ヒロ殿も『しびあ』になってきたでござるな。」

 当然その辺の配慮には気づいているヒュームが、苦笑を見せた。


 「早期解決を目指す必要があるゆえ、悪くないと心得る。勘付かれる危険については、一手に絞ろうとも三手に広げようとも、同じにござる。下手を打つ者が出るか否か。それだけのこと。幕府内部の監察、メル家の諜報網の利用については、申すべきことはござらぬ。手強い組織にござるゆえ、下手を打つことなど考え難い。天真会には、『踏み込み過ぎないように』と忠告をすべきにござる。浅い情報を、その代わりに数多く、かき集めることが肝要。それを組み立てる事によって真相に迫るべきにて。いんてりじぇんすの醍醐味にござるな。穀物取引に目をつけるとは、なかなか。物証はまさに『動かぬ証拠』にござるゆえ、な。ヒロ殿、こちらは某にお任せいただけぬか?」



 「ああ、頼むよ、ヒューム。方向性についても間違っていないみたいで、安心した。」


 「さて、スヌーク。穀物が横流しされているとして、どういうルートに乗るものなのかな?」


 「愚痴に過ぎないとは思うけど、事あるごとに言わせてもらうぞ。父は準男爵だが、もともと貴族の次男だ。そして僕は爵子。商人の息子じゃない!」


 「分かっている。今はスヌークの見識が必要なんだ。」

 

 「横流しされている穀物の量を見た。莫大とまでは言えないが、小さな量じゃあない。横流しの日付も不定期とは言えないが、定期的でもない。当たり前のことだけど、普通の取引に比べると、なにもかもちぐはぐ、中途半端なんだよ。中途半端だから、市場に出せば目立つ。その商社がどこから仕入れているのか、同業他社は目を光らせているはずさ。横流し品は仕入先が無いわけだから、怪しまれる。偽装しても無理だ。見破られる。」


 ……だから、市場には出せない。これがまず一つ。

 ……それと、恐らく売り捌きは新都で行っているはずだ。これが二つ目。


 「北方三領は、遠い。川を遡ってそこまで行くメリットが薄い。ミーディエは下流だから分からないけど……。」


 「ミーディエはあり得ぬ。そのようなことが行われていたならば、我ら霞の里の情報網にかからぬはずがござらぬ。」


 「なるほど。じゃあ除外しよう。」

 あっさりと認めたスヌーク。

 さらに推理を述べていく。


 「サクティ・メルも考えにくい。大穀倉地帯で穀物価格が安いから、売り捌いても旨味が少ないんだよ。取引も、遠距離輸送を前提とした大口ばかり。小口は地産地消されてしまうしね。中途半端はやっぱり目立つんだ。……小口でもなく、遠距離輸送を前提とした大口でもないとなれば、例えば食品製造業への納入が考えられる。食品だから、消費地に近くないといけない。消費地ならば、政策的に穀物価格が安定させられている。それに、ティーヌ航路で船から穀物を積み変えれば、あとは流れに乗って下るだけ。輸送も楽だし、目立たない。やっぱり新都だろうと思うんだ。」



 「されば、新都であり、市場以外であると。数値は……。ふむ、この規模にござるか。なれば、倉庫に目をつけるべきやも知れぬな。食品製造業等の可能性、と。」


 「さすがはヒュームだね。倉庫に目をつけるのも大事なことだと思うよ。」


 「なに、スヌーク殿の推察に基づいたまで。それにしてもスヌーク殿、お見事にござる。」


 「なあ、ヒロ。俺の出番は……。」


 「まだだ、ジャック。スヌークもそうだが、現場に出るのはもう少し後だ。」


 「しょうがねえなあ。」

 


 男子寮での話し合いの成果を、今度はフィリアと千早のところに、持って行く。

 行ったり来たり、仕方無いことだけど、少し面倒だ。


 

 「なるほど。そのように某を、天真会を使われるか。」


 「ああ。決して踏み込むようなことはしないでくれ。リストにあった船の船長を中心に、どんな生活をしているか。港湾で、中途半端な量の荷物を運んでいる船が停泊したことはないか。そういった方向で頼む。」


 「承知。」

  

 「フィリア、アレックス様ご夫妻を通じて、この場合は監察か、メル家の諜報部か、そういうところもよく分からないけれど、怪しい者を内偵してくれるよう、頼めるか?いきなり締め上げる前に、絞り込めるところは絞り込んでおきたい。」 


 「分かりました。ヒュームさんを使ったことも含めて、概要は報告しておきます。」

 


 「その間に俺は、ブルグミュラー商会に寄っておこうと思う。」 


 「まさか、商会を疑っておるのでござるか?」


 「いや、会長は、軍隊や政府とは関わらないって言ってたから大丈夫だと思うけど……。こういうことが起きる背景というか、動機というか。そこのところが、いま一つ分からないから。普通の商売とはどう違うのか。」


 「ヒロさん、今回の件は横流し。軍隊や政府との取引ではありません。悪気がなくとも、知らずに一枚噛んでいないとは限りません。……姉夫婦への報告を先に済ませましょう。出先で消息が途絶えては困ります。」


 この世界のホウレンソウは、仕事の円滑のために行われるとは限らないらしい。

 


 結局、ブルグミュラー商会には、いつもの3人で向かうこととなった。

 「その方が安全確実でござろう?」

 「私も、横流しが起こる理由を聞いてみたいですし。」

 と、そんな理由。


 

 「私を疑っておいでですか?」


 「いえ、そういうわけではありません、ブルグミュラー会長。しかし……。」 


 「『信じたい。シロであれば気持ち良く話が聞ける。』ですか。クロであったらどうするおつもりだったのですか?ここで害されてしまうかもしれませんよ?」


 「こちらに伺うことは、メル家に報告してあります。」  


 「フィリアさん、そうは言っても、私が逆上したら?少々無用心では。」


 「会長、私たちが商業に素人であるのと同様に、会長は武に素人でいらっしゃるようです。千早さんは、ブルグミュラー商会の建物を粉砕できます。私は、店員さんが全員でかかってきても制圧できます。ヒロさんは、すでに建物の構造をチェックし、私兵が隠れていないことを確認済みです。」


 「護衛の数、腕ともに明らかに不足。商会の規模を考えるならば、会長こそもう少し用心深くなってもらいたいところにござる。クララ殿と、生まれてくるお子のためにも。」


 「事前に、またこちらに来てチェックした段階で、シロであることは確認済みです。すみません、会長。このような話を……。ただ、最近、『裏話』のようなものを聞くことが多かったもので。」



 「いえ、ヒロさん。勉強になりました。『武のメル家』に対して武で脅すようなことを言った私が悪かった。皆さんお若いし、ヒロさんの人が良いから、つい軽口を。お詫びいたします。」


 「さよう。会長でなければ、実際に壁に大穴を開けることで答えておるところにござる。」


 「やはりここ数年のメル家は、『威』が足りないようです。会長、私たちも勉強になりました。」 

 

 「お怒りを収めてはいただけないようですね。」

 深刻な口調の割りに、会長の声は軽やかだった。


 「では、私の話が、お詫び代わりになりますかどうか。……横流しが起こる理由でしたね。何があったかは存じませんが、他言はいたしませんから、ご安心を。」


 そう前置きして、会長が語り始めた。


 「商人は、利益がなければ動きません。利益があるならば動きます。これが行動原理です。分からなくなった場合には、ここに立ち返ることが一番のお勧めです。」


 いきなり、結論。

 そうしてもらう方が、ありがたいけれど。

 

 「さて。横流しの場合、一番大きな利益は、仕入れの元手がかからないというところにありますね。逆に出費は、関係者に対する口止め料。あるいは利益の分配です。ことが露見するリスクもあります。そう考えると、露見しないように細々と、長くやるか。あるいは大きな量を扱って、大きな利を得たいところです。しかし大掛かりにすると、またリスクが高まる。大きな量を扱う横流しであれば、一度二度ならともかく、どこかで切り上げるべきやり口でしょう。特に、治安が良くて組織や取締りがしっかりしている地域であれば。」



 「あの、もし、何十回もやっているとするならば。」

 恥を曝すようなものだが、仕方無い。

 質問した。



 「自信がある、あるいは調子に乗っているか。治安組織が弱い、もしくは舐められているか。あるいは、取り仕切っている者が商人ではない、でしょうか?売る段階で商人を『使っている』だけなのでは?」


  ……もちろん、想像が及ばない世界のこと。私が思いつかないような理由で行われているのかもしれません。 


 「ただ、ともかく。商人が関係しているのであれば、根底には『利益』があるはずです。それだけは自信をもって断言できます。」



 いちおうのプロファイリングにはなった……のかな?

 


 「『調子に乗っている。舐められている。商人主導ではない。』ですか。」

 フィリアの声は、氷のように冷たくて。 

 

 「やはり会長殿には言い返されてしまったでござるなあ。『外を疑う前に、身内を正されては?』でござるか。」

 千早が吐き捨てた言葉が、その理由を教えてくれた。



 そう聞こえてたのね……。

 会長の表現には、そういう意図もあったのか。まだまだ俺は甘いみたいだ。



 憤怒に燃える二人と、馬車の空間を共有する羽目になったのは、その甘さの代償。

 やっぱりこの件は、気を引き締めていかないといけないみたいだ(泣)

 

 

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