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第五十二話 始動 その4


 「事件・事故と言うと?」


 ジャックが帰ってくるのももどかしく、切り口上で問いただす。

 興奮気味だったスヌークだったが、そんな俺の切羽詰った様子を見て、かえって落ち着きを取り戻したようだ。

 シニカルな笑顔を頬に浮かべて、話し出す。


 「物資を輸送する際には、どうしたって事件・事故が起こりうるだろ?」

 「そりゃそうだろうな。」


 「でも、規定の量が届かないと、現地部隊や集積基地としては、困る。」

 「それもそうだ。」


 「じゃあどうする?」

 「おいスヌーク、勿体つけるなよ!」

 ジャックが先を促す。


 「少し余計に輸送しておくんだろうな。別ルートを通じて。」

 「その通りさ、ヒロ。」


 「余った分は、備蓄に回すか、払い下げるか……そんなところか?」

 「それもそのとおり。」

 

 「この間は、帳尻が合っていると言ったけど、それは最終的には、ってことだ。この帳簿の、ここを見てくれよ。帳尻が合っていないだろ?」

 単位は省くよ、めんどうだから。

 そう、スヌークが告げる。

 「必要量が100だ。到着した量も100。そうじゃなきゃ困る。でもこれに対して、輸送量は110ある。帳尻が合っていない。輸送量から到着量を差し引いた分。10が、損耗ということになる。もちろん、自然に目減りする分もあるだろうし、輸送する牛馬が食べる分もある。しかしそれは、折り込み済み。損耗と言えば、事件・事故だ。」

 

 ……で、だよ。


 「毎月の推移を見てくれ。輸送量と到着量とについて、帳尻が合っている月と、合っていない月がある。」


 ……1月から3月は、帳尻が合っていない。

 「この間は、損耗が存在した、つまりは輸送中に事件・事故が起こったということだ。」


 ……4月から6月、帳尻の差が小さくなった。

 「この間は、輸送中の事件・事故が少なくなったというわけさ。」


 ……7月以降、帳尻が合うようになった。

 「輸送中の事件・事故がなくなったということになるだろ?小さいのはあるみたいだけど、まあ省くよ。」

 

 ……ところが、秋からまた帳尻が合わなくなり始めた。

 「どういうことだと思う?」



 「そのまんまの意味じゃねえのか?最近事件・事故が少なくなったと思ったら、また増えた。」

 「ジャック、もう少し頭を使おうよ。」

 「何だと?」

 「事故なんてものは、そんなにしょっちゅう起こるものじゃない。一度起きたら、状況が改善される。改善しきれない事故は、一定の割合で起こり続ける。」

 「なるほど。増えたり減ったりするもんじゃねえなあ。」


 「そういうことさ。じゃあ事件はどうだ?これはヒロの方がイメージしやすいかもね。」


 「極東道で、メル家相手に事件を起こすバカが、そうたくさんいるとは思えない。あ、いや、想像のはるか斜め下を行くバカはいるか……。ただ、一度事件が起これば、メル家のほうでガッチリ対策するはずだ。と、なると……。」


 7・8月の資料に目が行く。


 「そうさ、ヒロ。7・8月のデータが、正しい姿だということだよ。」

 

 ……本来ならね。

 そう、スヌークがつけたす。


 「どういう意味だ?もったいつけるなって言ってるだろ、スヌーク!」

 ジャックの声が大きくなる。


 「声を抑えてくれ。『大音』を発動されたら、大変なことになる。」

 「おっと、すまん。」



 「この資料を作成した部署が関わってくる。」


 「どこだよ?」

 俺も少し気が急いてきた。


 「分からないか?ヒロ。君も関係してるんだぜ。」

 ドヤ顔をするスヌーク。ああもう。

 「焦らすなって!」



 「……輸送部北方水運課。」


 それって……。


 「ああ、そうさ。ティーヌ航路担当だ。そう言えば、原因が分かるか?」


 ティーヌ河の悪霊……。


 「僕も、そう思ったんだ。」


 「どういうことだよ、スヌーク、ヒロ!」

 

 「3月までは、ティーヌ河の悪霊に襲われるというケースがあったんだと思う。5月に、極東道政府、いや、征北大将軍府だったっけ?ともかく、悪霊の消滅が確認され、6月に公式発表されただろ?」

 

 「なるほど!だからその後は損耗がなくなったのか!あれ?待てよ、スヌーク。じゃあなんで秋にまた損耗が増え始めるんだよ?」


 「ジャックの疑問はもっともだ。それと、4月から6月はどう考えればいいんだ、スヌーク?悪霊がいないなら、事故は起きないはずだ。だが、減ってはいるが、この期間の損耗は0じゃない。」 

  


 「ここで、数字以外の資料を再確認する。」

 スヌークの得意顔。

 今のお前にはそれをする資格がある。冴えまくってるぞ、スヌーク。


 ……報告書を見てくれ。3月までの分だ。


 「『悪霊の姿が見えた。こちらに迫ってくる。積み荷を投棄して船足を速め、逃げ切った。』要約すると、そういう内容だ。輸送船の船長が作成したものだ。」

 貨客船ではなく、輸送船。それもやや小さな……と言っても、それなりに大きい船だが。

 「このこと自体は許されている。物資も重要だが、船乗りの安全の方が重要だ。一種の特殊技能者で、育成には時間もコストもかかるからね。」


 

 「『人命軽視』という風潮だと、なり手もいなくなるだろうしなあ。」

 その俺の言葉に、スヌークが頷いた。

 が、出てきた言葉は。

 「そこが貴族と違うところさ。」

 反発を覚えないでもないが、今はそういうことで言い合いをしている場合ではない。


 「4月から6月までの間は、『悪霊は消滅したけれど、それが知られていない』状態。悪霊の影に怯えた船乗りの誤解ってことか!」

 納得したぜ、ジャックが大きく頷く。



 「そうであってほしいところだな。」


 「察したみたいだね、ヒロ。」


 「船乗りは、そんなにヤワな連中じゃない。いや、結構信心深いからジャックの言うことはありえなくもないが、少なくとも船長は落ち着いて対応できるはずだ。」

 庶民を、船長を軽視するスヌークの言葉に、やんわりと釘を刺す。

 その上で、俺なりの判断理由を述べる。

 「だいたい、悪霊は霊能がないと見えないはずだ。霊能がない船長なら、悪霊がいてもいなくても対応は変わらない。霊能がある船長なら、見間違うということがない。そのはずだろ?」 

 


 「あ、そういう考え方もあるか。それは霊能者ならではの視点だね。」

 スヌーク?


 「いや、僕は報告書の作成者名を見ていたから。」 

 そっちの方が本来のやり方だ。

 隙が無いなあ、スヌークも。


 「4月から6月は、数人の船長の手になるものだ。複数いるが、固定メンバーだ。で、9月以降。事件・事故の報告書が再び上がるようになった。その報告書を書いているのが……。」

 

 「スヌーク、もういい。俺でも分かる。同じ船長なんだな?そいつらが、物資の横流しをしているんだな?」

 ジャックの声は、低かった。


 「9月以降に増えたのは、物資の横流しを我慢できなくなったってことか。」


 「そう思うよ。損耗の量を見てくれ。船長一人なら、一回で十分のはずだろ?」 


 「船長一人の仕業じゃない。組織ぐるみ。外部に売り捌くとなると、また別組織が必要か……。」

 

 「そうさ、ヒロ。内訳も見てみなよ。どういうわけだか、食糧ばかり……。分かる?」


 「物資でも、兵器なんかを横流しすれば、足がつく。食糧なら、見た目で区別がつけられない。……クロ、か。」


 「大事件だよ、ジャック。」

 


 「完璧だな、スヌーク。帳簿からここまで読み取れるのか!」


 単純に、感嘆したから言葉をかけのだが。

 誇らしげに輝いていたスヌークの顔に、苦味が差した。

 誇っていい。誇るべきだ。

 だが、今それを口にしては、いけなかったのか。



 「よし、とっつかまえて白状させてやろうぜ!俺だって手柄が欲しいからな。」


 その正直さは美徳だと思う。口に出すと出さないとでは、湿度が変わってくるもんな。

 だけど。


 「ジャック、待ってくれ。この件は上にあげる必要がある。」 

 

 「ヒロ。」


 「なんだい、スヌーク。」


 「とっつかまえる件には、僕も参加させてくれるよう、口ぞえを。頼む!」 


 手柄(物理)が欲しいのか。

 正直、現場では足手まといになりそうだけど。それでも。

 スヌーク。今のお前には、それを口にする資格がある。

 

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