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第五十二話 始動 その3

 


 「皆さん、あけましておめでとうございます。定例の生徒総会です。」

 生徒会長ローシェの挨拶は、あっさりしたものだった。


 「1月の生徒総会の主要議題は、予算の承認です。早速ですが、こちらから説明を。」

 会計のセレーナが淡々と議事を進行していく。 


 「文化祭に大金貨~枚、部活棟維持・整備費に~枚、3年に一度の定例行事が来年ありますから、その積立金が~枚。……。本来、最後に説明すべきですが、議事進行の都合上先に言いますと、予備費が~枚。」


 「内訳も含め、ここまではほぼ例年通りです。異議がある方はいらっしゃいますか?」


 異議は無かった。昨年末、結構頑張って作ったんだし、それなりにきちんとしているはずだ。

 と、言うか。フィリアとイーサンのチェックを通ったんだから、粗などあろうはずもない。


 そう、粗はないはずなのだ。この後の議案に関しても。

 「それでは、各部の予算について。」


 「テニス部は……サッカー部は……ゴルフ部……射撃部……ボート部……馬術部……」


 この世界にテニスやサッカーがあるのかって?

 名前は違うけど、ほぼ同じスポーツは存在していた。面倒なので、テニスにサッカーなどと表現させてもらう。


 サッカーか、懐かしいなあ。

 実はこの間、少し練習風景を覗いてみたことがある。

 やっていたのは、いわゆる「昔のサッカー」だった。FWはずっと前線に貼りつき、DFはいつも後ろで待っていて、MFはつなぎ役。あまり走り回らない。

 のんきだけど、何と言うか、優雅でもあった。こういうスタイルも悪くないな。

 技術が重要になりそうだから、俺向きじゃないけど。



 「吹奏楽部……ガーデニング部……チェス部……天文部……化学部……」

 文化部、いろいろあるんだな。ちょっと気になるのもいくつかあるし。


 「信仰活動部……」

 カルヴィンが所属している部だ。

 あの野郎、当然のように増額を要求しやがった。「絶対に正しいことだから。」って、そんな理由があるかよ!

 まあ、きちんと活動しているし、部員も増えているから、そういう意味で増額が認められた。 


 「霊能研究部……黒魔術部……兵器研究部……」

 そう言えば、異世界だったんだよなあ、ここ。

 予算案を作っている時は忙しくて聞けなかったけど、黒魔術なんてあるのか?

 

 「ありもせぬものを。異端の徒め!なぜ部費をつけるのだ!」

 カルヴィンがぶつくさ言っている。

 なるほど、日本で言うオカルト研究会ね。実在はしないんだろう、たぶん。

 いやでも、神様と幽霊、それにグリフォンは実在しているからなあ。何があっても不思議ではない。

 

 兵器研究部ってのも、初めて聞いたときは驚いたけど、この世界ならさほど不思議は無い。

 実際の活動内容は、ガンマニアの同好会のようなものだったし。


 「歴史部……文学部……紅茶研究会……談話部……」

 この辺は、ほとんど部費が下りていない部。

 お金が要らない部活動。あるいは貴族の嗜みだから、お金など「もらうもんじゃない」部活動。

 形式・名目的な金額を受け取る。

 本来なら馬術部やボート部なんかもこの分類だけど、そちらはお金が莫大にかかるから、生徒会からも多少の援助をしているというわけ。

 

 「以上です。異議がなければ、採決に移りますが。」


 「異議あり!」

 ゴルフ部から声があがった。


 ゴルフ部は、昨年不祥事を起こした。

 ボールを拾いに行っている部員がいるのにも関わらずドライバーをかっ飛ばすという、日本ではあり得ないような練習慣行があったのだ。

 理の当然として怪我人を出した。腕に当たり、骨折。頭じゃなくて本当に良かった。


 「これはあり得ないだろう。」

 武骨なヨランダでさえ絶句していたのだから、この世界でもあり得ない事態だったのだろう。

 懲戒の意を込めて、部費削減。残念ながら当然である。

 

 だが、彼らは反論してきた。

 「兵器研究部の部費は削減されていないのに、なぜ俺達だけ!」



 兵器研究部も、昨年事件を起こした。

 ここ数年、彼らは「復元してみる」シリーズと呼ばれる企画を、文化祭に展示している。

 昨年は、「古代大弩を復元してみたった」とか、そのような試み。

 

 文献を調べ、まずは1/10サイズ(約50cm)の雛形を作成。

 で、威力を調べようと。 

 1/10となると、ボウガンサイズ。素人が作ったものだし、まあ大したことはなかろうと思ったのだそうだ。

 

 部室に的を設置し、ミニチュア大弩を発射したところ……

 矢は的を貫通し、部室の壁まで飛んで行き、大穴を開けた。

 隣は文学部。幸いにして怪我人が出なかったのと、この騒ぎに怒るよりは笑い出すノリの持ち主が集まる集団だったために、大事にはならずに済んだ。


 なお、ミニチュア大弩はバラバラになった。弦が切れてしまうらしい。

 「威力は大きいが、作る手間と費用がそれに比してあまりにも大きい。一発で壊れてしまうのではコストパフォーマンスが悪すぎる。廃れた原因はそこにあると思われる。」

 と、うまいことまとめはしたものの、不祥事には違いない。


 「兵器研究部からは反省文として、詳細なレポートが提出されています。怪我人も出ていません。全うな部活動の結果として引き起こされた事故です。何よりも、彼らは結果を出しました。古代大弩に光を当て、現代での活用法の道筋を見出したのです。彼らの失敗には、大きな社会的意義がありました。」


 アイン南の工房主達が文化祭を見に来て、関心を示したらしい。学園長に、彼らと交流させて欲しいという依頼が舞い込んだ。

 「今の金属加工技術なら、弦が切れずに済むのではないか?大弩本体の強度を確保できれば、連発も可能ではないか?」と、そういうことらしい。 

 「突き抜けたおバカ」をことのほか愛する学園長が、雀躍りして喜んだ。表彰状も出した。


 と、そういう背景があるわけで、ゴルフ部の反論は、やや無理筋。

 


 他に、ガーデニング部が異議の声をあげた。

 俺達が準備してきた反論、というか理由は、「ガーデニング部は、部費を消化しきっていなかったから、削減した。」というもの。

 ごくごく全うなはずだ。予算を消化し切れなければ、削減されて当然。

 日本だって同じだ。それが嫌だから、年度末にあちこちで道路工事が行われるわけで。

 

 彼らの言い分は、少し違っていた。

 「ガーデニングは植物相手。毎年の天候に大きな影響を受けます。一昨年が天候不順で、いろいろと困ってしまったから、昨年は少し余裕を持っておこうとしたのです。」

 

 なるほど。そういう理由もあるのか。

 実際の現場担当に聞かないと分からないことってのもあるんだねえ。


 この反論には、俺達が何か言う前に、会場から声があがった。

 「それぐらいは自腹を切りなよ。ガーデニングって、基本的には貴族の趣味なんだから。」

 あ、そうか。そういう理屈があるのね。

 やいのやいの言われて、ガーデニング部は要求を取り下げた。


 ゴルフ部はまだ粘っていたが、周囲の、増額された部活によって散々に反論され、結局は沈黙せざるを得ない展開に。



 「これがコツ……。少数を大きく引き下げ、多数を現状維持、あるいは微増……。」

 アイリンさん、怖いって!


 予算案は、無事に承認された。ひと安心だ。

 「次の大きな仕事は、春休みの終わり頃になるね。卒業式と新入生関係だよ。」


 そこまで説明したローシェが、張りのある声を出した。

 「みんな大丈夫だよね?用事がある人も、それまでには済ませて、必ず帰ってくるように!」


 フィリアが内々に知らせたらしい。

 ローシェが俺達数人を、励ますような目つきで見ていた。


 

 気分良く寮に帰りつく。

 1月はまだまだ日が短い。人影はどうしても暗くなる。

 そのせいか、俺の部屋の前に立っていたスヌークの小柄な姿に、少しだけ寒さを感じた。

 

 「ヒロ。分かった。」


 「例の件?じゃあスヌークの部屋で。ジャックもすぐ来るだろうし。」

 

 「今日の生徒総会を聞いて分かったんだよ。」

 部屋に着き、周囲を確認したスヌークが切り出した。


 「事件・事故。そういうことだ。」



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