第五話 行商人 その2
幽霊は、行商人であった。
名前はハンス、18歳。
「は~、ついてないなあ。」
とにかくぼやいている。
今回が、独り立ちしての初仕事。お金を前借りして仕入れをして、ここに来るまでに少しずつ荷を捌き、順調に来ていたのだが……落石に遭ってしまったというわけ。頭部にクリーンヒットしたので、売荷は無事。それがまた、ツキの無さを象徴しているようだ。
きれいに残っている売荷にも未練があり、前借りしたお金を返さなきゃという心残りもあり。
「死んでしまったんだから、お金を貸した人もうるさくは言わないでしょう。その危険も込みで利息を設定しているんでしょうし。」
そう言ってみるものの、やはり納得できないようだ。
「恩のある人だしなあ……。」
聞けば、幼い頃に両親を失い、付き合いのあった商家に引き取られたそうだ。そこでいわゆる丁稚奉公をし、いわゆる手代になって。最初の元手を商家の主人が出資してくれて、どうにか独り立ちした矢先にこれ。
「売り荷を、無駄にしたくなかった。誰かが使ってくれればまだしも。一通り売り払って、大旦那にお金をお返ししたかった……。」
会話の相手ができたせいか、止まらなくなってきた。話し上手ではある。子供相手でも、乱暴な口をきかない。顔もイケメンではないが、愛嬌がある。ここまでは順調だったということだし、商才というものがあるのかもしれない。
「分かりましたよ。それなら売り荷をあずかって、新都へ持ち帰ります。それでいいですか?」
そう言うと、顔を輝かせたが、すぐに曇らせた。
「こちらにいるのは神官ですから、そのへんは信用していただきたいのですが。」
「教団の方ねえ……。」
新都出身のハンスは、信用しきれないようだ。田舎の司祭は信用されていても、都市部にいる「偉い」神官には、「どうもねえ……」という人もいる。どの宗教でもありがちな話なのだろう。
「そういうあなたは?」
「死霊術師です。」
「げっ」と言って、3mほど逃げる。この身軽さが、なぜ落石の時に発揮されなかったのか。売り荷が重かったということにしておこう。
おそるおそる近づいて来る。
「本当ですか?」
「幽霊であるあなたと会話しているわけですし。」
「本当にいるんですねえ……。幽霊を使役できると聞きますけど、連れてきていないんですね?私には見えないのかな?」
「今はいませんよ。一度契約したことはありますが、契約を果たしたら、天に帰って行きました。」
「永遠に使役されるわけではないんですか!」
「私の場合は、契約内容しだいということになるようです。」
契約という言葉に、明らかに反応している。
やはり商家の人、そういう話になるとイキイキしてくるようだ。気のせいか、オーラ的なものが大きくなったようにも感じられる。
ハンスはすぐに口を開いた。
ポーカーフェイスをする余裕もなさそうだ。考えてみれば当然か。ここが生死の分かれ目なのだから。死んでるけど。
「売り荷を捌いて、新都にいる大旦那にお金を届けてくれませんか?私から提供できる対価は……。二人は若いし、旅にはあまり慣れていないのでは?いろいろとお手伝いできます!」
どうやら、「未練の解消」から風向きが変わってきた。さすがは商人、ハンス氏は契約をまとめること自体に熱心になってきている。亡魂の商魂に、押し切られそうになる。
聞こえなくとも感づいたのだろう。
フィリアが、浄化してさしあげましょう、と言い出した。
「どうも未練が強く、悪霊化の危険も大きい。ご本人のためです。きっとご理解いただけます。」
期せずして、こちらにも駆け引きの切り札が手に入った。
「分かりました。もうけも差し上げます。どうかお願いします。」
お金がどうこう、とは少し違うんだけどなあ。契約できる、未練が解消できる、という希望がハンス氏を捉えてしまったようだ。これはこちらに非があったかもしれない。
「分かりました。じゃあついてきてください。旅の手伝いや、売り捌きの交渉はお願いしますよ。」
そう言うと、「ああ、また商売ができるのか!」と大喜びである。
経緯を伝えると、フィリアはため息をつき、それでも、「それではお願いします、ハンスさん」と挨拶をしてきた。
ハンス氏は、「こちらこそ。かわいらしいお嬢さん。」
と、他にもさらに何か言おうとして……。
「問題を起こした場合には、強制的に浄化します。これは契約ではなく、私からの通達です。」というフィリアの言葉に青くなって震え出した。
聞こえていないはずなのに、このタイミング!
トムじいさんもそうだったが、霊にとっては浄霊師としてのフィリアは、よほど恐ろしい存在であるようだ。そう言えば、ヨハン司祭もやや気圧されていたような……。
契約が済んでしまえば、霊と死霊術師との間には、テレパシー的な何かが働くようである。
おおまかな事情が分かり、年も近いということで、ハンスとはため口で気楽に話ができるようになった。
ハンスの売り荷を背に負った。重いことは重いが、それほどには感じない。
「荷のまとめ方にコツがあるのさ。」
ハンスが教えてくれた。
残されたハンスの身体の方だが…。
これは今の俺には、まさに「荷が重い」。
道の端に寝かせ、手を胸の上で組んでおいた。ティーヌ河の渡しで連絡を入れておこう。
なお、フィリアが上質の紙に一筆をしたため、ハンスの手に握らせていた。
「落石により瀕死の状態であったハンス氏の依頼により、荷を預かりました。お金に変え、新都のブルグミュラー商会会長、ベルンハルト・ブルグミュラー氏にお届けいたします。 教団所属神官 フィリア・S・……」
ハンスからの依頼文も作り、死体から拇印を取る。
「瀕死」というのは、霊がこの世に存在している以上、完全に死を迎えているわけではないということか、あるいは方便か。
「トラブルは可能な限り未然に防ぐべきです。」とのお言葉。
そつが無い。遺体の扱いにも慣れている。本当に子供なのだろうか。
我が身を省みるに、まさか中身は大人ではないはずだ、とは言い切れないのも恐ろしいところである。